【第27話】 XRとR(四)
そういえばということが今はできない。
わたしの中に、そういえばと言うための、元になる記憶がまったくないからだ。
とはいえ、おそらくわたしはいつも〈耳学問〉ばかりで生きてきたのではないか。いつか、もし、記憶が元通りになったらきっと「そういえばいつも〈耳学問〉で切り抜けてきた」と言いそうだ。
「耳学問、大事ですよ?」
と飛び級して十六歳でわたしの大学の後輩になった社長が言う。今は舞浜にある会社のラボの地上階にいて、このXRにはホログラムで描写されている。
「素敵なところで本が読みたいかな」
とつぶやいてわたしの思考を読み取った後輩社長お手製AI〈A-PRISM〉が作り出したのは図書館みたいなところだった。
「ここって……?」
「あ、ほら、宇部高校の図書室ですよ!あそこに校内誌があります」とチーフ。
「高校の記憶はわたしに残ってるってこと?自分では全然思い出せないけど」
「曖昧な記憶がXRで強調描画されたのかもしれません」
わたしが高校で楽しくやっていたという記憶が──そういう〈記憶のにおい〉が──わたしの中にまったく感じられない。
とはいえ、小説家かどうかは置いておいて、記憶喪失前のわたしが図書室や図書館がすきだったというのはありえることのように思われる。
「宇部高校の制服は『エヴァ』の第三中学校の制服に似ています」
「はあ。エバの監督がわたしの先輩なんだっけ。わたしってエバ見てたのかな?」
「先生はなんでもくわしくて、特に小説と映像はすっごく摂取されてますので、きっと見てたと思います。制服出してみましょう」
チーフがそういうと制服をまとったマネキンが二体現れた。
「似てる?宇部高はセーラー服で、第三中学校はジャンパースカートだよ」
「形はそうですけど、問題は色です」
「また青だね。セーラー服の襟全部とかジャンパースカートの全部が青いっていうのは珍しいか」
厳密には青みもちょっと違うのだけれど、今わたしたちが探している〈青〉がどのような色なのかわからない以上、確かにこの青には着目せざるを得ない。
「チーフ、宇部高の制服、着てみる?わたし第三中学校の着るから」
「え!マジですか」
拒否されるかと思っていたら、むしろ超ノリノリで、次の瞬間にはわたしたちは制服に着替えていた。描画データを変えるだけだから簡単だ。
「先生、かわです」かわとはかわいいということだろう。
「かわかね」
「ちょっとふたりとも、なに遊んでるんです?」
ホログラムの後輩社長はいつのまにか両手にひとつずつ箱を持っている。
「遊んでないよ!青い制服なんだから。それよりそっちの箱は……もしかしてこの部屋?」
「です。宇部高の生徒がフォトグラメトリした校内のデータを公開してくれてて」
後輩社長によると、〈フォトグラメトリ〉とは被写体を撮影して3Dデータを作ることで、物体のみならず室内も立体的にXR内に構築できるという。
「この右手のが宇部高の図書室で、左手のが今先輩たちがいるXR図書室です」
「ああ、全然違うね」
実際のRの宇部高校図書室は普通に長方形である一方で、わたしの記憶ないし思考から作り出されているXR図書室はL字型になっている。
「L字型の図書室なんて、さすが先生、想像力豊かです」
とまたまたチーフがお世辞めいたことを言う。
わたしはちっちっちっと舌打ちしてしまう。
「L字の図書室なんて、あるかもしれないけど、なんか使いにくそうだし、そもそも今のわたしって小説家でもなんでもないし!」
「……すみません、調子に乗ってしまいました」
「ごめんごめん、チーフがわたしを盛り上げて、記憶を取り戻す手伝いをしてくれているのは、超わかってる」
わたしとチーフはこのままヒシっと抱き合うところだったのに、さっと後輩社長があいだに入ってきた。
「ちょちょちょ!今はそっちに脳波を使わないでください、先輩!それよりこのL字の部屋、わかったかもです!」
「わかったって何が?」
後輩社長はぐいぐいとふたつの箱を押しつけるように見せてくる。
「Lのこっちは、本棚とかカウンターとか、この部屋と同じなんです!」
「はあ。ってことはこっちも元ネタがある?」
「そうなんです!」
「中学校の図書室?小学校?」
「いいえ」
「知らない図書室?でも知らないなんてありえないか」
「そう、絶対に知ってるんです!」
このXRはすべてわたしの脳内情報から作られている。
だけど、少なくとも今のわたしが自分のものとして思い出せる記憶のなかに、こんな図書室は存在しない。
今のわたしにあるのはロジックだけで、小中高の図書室は知っているであろうという推測しかないのだ。
「ここはですね──」
と言いかけた後輩社長を、慌ててチーフが止めた。
「社長!答えはしばらく先生に教えないでください!」
「え、なんで?」と社長。
「え、なんで?」とわたしも。
「先生の記憶が戻ってくるきっかけになるかもしれない……」
チーフは医師であり、脳科学の研究者でもある。
わたしとしても社長としても、チーフに異論はない。
そして実はわたしは記憶が戻っても戻らなくてもどっちでも良くなってきていたのだけれど、
「早く全部思い出さないとね。誘拐されているんだよね、四人も」
「四人のことも犯人のことも〈青〉のことも、これまでのことも全部、たったひとつのどこかにいけば、先生は思い出すはずです」
チーフは静かに、しかし力強く言った。
「たったひとつのどこか……」
「はい。大切な記憶は遠い遠いところで結びついています。とても深く。たとえば今の先生は社長や今日の実験のことは覚えていて、ワタシだけを忘れたりはできません」
「なるほど。きっとそうだね」
「……ワタシのこと、忘れないでください」
「忘れないよ!って今のわたしが言っても説得力ないか」
「いいえ、うれしいです!」
ついにわたしとチーフがXRで抱き合った──R(現実)的にはふたりは別のシートに座ったままではあるけれど──その瞬間、わたしたちのまわりに新しいXRが生成され始めた。
〔第27話:全2,415字=高島執筆545字+AI執筆1,870字/第28話に続く〕
高島雄哉(たかしま・ゆうや)
小説家+SF考証。1977年山口県宇部市生まれ。東京都杉並区在住。東京大学理学部物理学科卒、東京藝術大学美術学部芸術学科卒。2014年、ハードSF「ランドスケープと夏の定理」で創元SF短編賞受賞。同年、数学短編「わたしをかぞえる」で星新一賞入選。著書は『21.5世紀僕たちはどう生きるか』『青い砂漠のエチカ』他多数。2016年からSF考証として『ゼーガペインADP』『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』やVRゲーム『アルトデウスBC』『ディスクロニアCA』など多くの作品を担当。
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