【第32話】 囚われた小説家(二)
予期せぬタイミングで記憶の欠片を手に入れたわたしは、グレタにちょっと待っててくださいと断って席を立って、ホテルのトイレの個室に駆け込み、後輩社長に連絡をとった。
──はいはい、先輩おひさしぶりです。ストックホルムはどうですか?先輩の記憶があれば、チーフとのハネムーンみたいになったかもですけど。
「それどころじゃなくて!チーフとはぐれちゃって、探してたらグレタさんに会っちゃって、今ホテルのカフェだかレストランだかでグレタと話してるの!」
──いきなり情報多すぎですが、チーフはあたしが連絡してみます。さすがに大人なんで警察は早いでしょう。グレタさんはマジですか?
「マジだよ!──そうだ、それでびっくりしたんだと思うけど、突然卒論の事を思い出したんだった。〈小説執筆AI〉を研究していたってこと。これってホント?捏造記憶?」
──それはホントの記憶です。だってあたし手伝わされたので。
「記憶ないけどごめん。わたしって横暴な先輩だったんだよね?」
──いやいや、あたしも先輩のデータもらったのでウィンウィンでしたよ。学食おごってもらったし。後輩の弁護士も先輩のこと慕ってますし、横暴ってことはないのでは。
「ほう。そんな弁護士が」
──いや、あの、〈マリッジブルー〉に誘拐されてるひとりですけどね。
そういえばそんな話を聞いた気がする。記憶喪失直後で意識が朦朧としていたからなんて後輩社長はなぐさめてくれるものの、どうやらこのわたしは記憶があってもなくても問題があるみたいだ。〈マリッジブルー〉に殺されるほどかどうかはさておき。
──先輩、そろそろ戻ったほうがいいんじゃないですか?
「確かに。ていうかグレタさんと話してて良いのかな?」
──記憶回復のトリガーになってるぽいですし、あとでネタになるかもだし、ごはんは食べなきゃですから良いと思いますよ。食事代はメガネで払えますから、おすきなものをどうぞ。もちろんグレタさんの分も」
ちゃきちゃきと仕切られるわたし。ああ、優秀で太っ腹な後輩がいてよかった。わたしはこの時、一抹の違和感を抱きながら、ただそれがなんなのかは追及できないまま、ぼんやりと重い頭で席に戻ることになる。
グレタさんは水だけで大丈夫と言うのだけれど、わたしのほうはすっかりおなかがすいていて、いろいろ頼んでみることにした。グレタさんも並んでいればシェアということで食べてくれるかもしれない。
グレタは初対面とは思えない丁寧さ、そして厳格さをもって、わたしの話に聞き入ってくれた。
「あなたのおっしゃった嘘の正体ですが……、あなたは誰かを騙し、貶める意図をもっていたわけではない。偶然の発言が嘘になってしまったのは、大衆のせいでしょう。わたしも悪意をもって間接的な攻撃を受けた事は何度もありますから、想像ができますよ」
「でも、日本では火のない所に煙は立たぬという諺もありますが……、わたしがそもそも不快感を抱かなければ、それを発信しなければ、起こりえなかった事態です」
「いけません。意図の原泉を見間違えると、真実にはたどり着けませんよ」
そんな風に諭してくるさまは、テレビで観るよりも、だいぶ大人びて見える。眉根を寄せているからだろうか。画面の中と実物とでは違うものかもしれない。実際よりも背を高く見せようとしている芸能人がいるように。
ここでオーダーしていた小料理が運ばれてきた。
伝統的なミートボール、ザリガニとパンを添えたサラダ、パスタ、コーヒー……。くたくたになっていたわたしは、ついついあれもこれもと頼んでしまった。
しかしグレタさんはあいかわらず水ばかり飲んでいる。
「遠慮しないでください。ジュースでもこの料理でも──なんだろうこれ」
「これは〈ヤンソンの誘惑〉というスウェーデン料理です。アンチョビと玉ねぎが入ったポテトグラタンですね」
「おいしそう。どうぞです!」
「いえ、そういったものは、環境に悪いものですから」
グレタさんは苦笑いを見せた。
わたしは注文してしまったことを遅まきながら悔いた。そうだった、たしかグレタは環境を考慮したヴィーガンでもあったはずだ。ようやく色々思い出してきた。
こういう話題のときにどういう態度を取ればいいのか忘れてしまった。そもそも何らかの思想上の姿勢をわたしが持っていたかどうかもあやしいのだけれど。
迷っているとグレタさんのほうから別の話題を振ってきた。
「ところで、AIのことを思い出したと?」
「そうです。そんなことだけ思い出しても、何の役にも立ちませんけど」
「でも、興味深いです。AIは今、環境問題の分野でも注目されているんですよ」
「それってどういう……」
「AIによる、新たなテクノロジーの発展は著しい。たとえば金融市場。人間の取引のミスをなくしてより公正な取引を可能にするという研究が進められています。株式の売買でも人間なら間違いを起こしてしまうことがある。医療もしかりです。しかし、AIがあればそうした過ちは少なくなるので、人はみな使いたがる。そうすれば、電力も消費されていく……」
「なるほどです」
そこでわたしは、グレタさんとわたしのあいだに置かれたサラダに奇妙な違和感をおぼえた。
さっきと、少しだけ違うのだ。
「え?グレタさん、サラダのエビ、食べました?」
〔第32話:全2,137字=高島執筆103字+AI執筆2,034字/第33話に続く〕
高島雄哉(たかしま・ゆうや)
小説家+SF考証。1977年山口県宇部市生まれ。東京都杉並区在住。東京大学理学部物理学科卒、東京藝術大学美術学部芸術学科卒。2014年、ハードSF「ランドスケープと夏の定理」で創元SF短編賞受賞。同年、数学短編「わたしをかぞえる」で星新一賞入選。著書は『21.5世紀僕たちはどう生きるか』『青い砂漠のエチカ』他多数。2016年からSF考証として『ゼーガペインADP』『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』やVRゲーム『アルトデウスBC』『ディスクロニアCA』など多くの作品を担当。
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