【第33話】 囚われた小説家(三)
「えっ?」
グレタさんの表情が一瞬硬くなる。が、すぐに笑顔を作り、
「食べるわけないでしょう」
いつか見たテレビでは、グレタは確かヴィーガンで、水とパスタしか採らないという話だったはずだ。しかし──エビは消えてしまった。サラダの上には、確かにエビが乗っていた。スタッフに聞けばエビの個数まですぐわかるだろう。そのエビが……ない。
エビでも何でもどうぞどうぞと勧めたのはわたしだし、エビを食べてくれていいのだけれど、不意に思い出したヴィーガンという情報がわたしに違和感を生じさせている。もちろんそれはエビよりも小さな違和感なのだけれど。
それに記憶喪失のわたしは、グレタさんの最新情報を知らない。そもそもわたしはグレタさんのことをどれくらい知っていただろう。もしも記憶喪失前のわたしと、今のわたしに大差がないのであれば、グレタさんには多少の興味とわずかばかりの共感をもっていた気はする。
後輩社長がくれたこのメガネは視線だけで文字入力できるし、またトイレに行って後輩社長に話してもいいのだけれど、とはいえ後輩社長に調べられるのは過去のグレタさんだけで、今のグレタさんがエビを食べるかなんてわかるはずがない。
そしてわたしが知る限り、強情を誇りとすらしているようなグレタさんが主張をそうやすやすと変えるだろうか?いや、こんな風に考えること自体おかしい。ストックホルムという見知らぬ土地でチーフが行方不明になり、疑心暗鬼になっている。グレタさんは忙しい中、せっかく時間を割いてくれているのに何てことを……。
わたしが黙っていると、グレタは少しはにかんだ。
「私の顔に何かついていますか?」
「いや、ごめんなさい。ちょっと考えごとしちゃって」
「少し疲れているみたいですね。エビはさっきあなた自身が食べていました」
「は?」
ああ……そうだったろうか?たしかに、私は少しうつろだ。
その時だった。私は窓の外を見て愕然とした。環境破壊に抗議するパレード。グレタ氏を筆頭とする街の巡回。カフェの窓越しの席からは、パレードの先頭で声をあげるグレタ氏の姿があった。
「えっ!?」
わたしはすぐさま隣を見た。隣のグレタさんを。
「グレタさんが……二人!?」
私と話していたグレタさんが立ち上がり、小さな丸テーブルがひっくり返った。カフェにちらほらいた客がこちらを振り返る。エントランスに駆け出したグレタさんはキッとわたしをにらんで――そのするどさはまさにグレタそのもので――そのまま身をひるがえしてホテルの外に出てしまった。
倒れてきたテーブルと、料理を乗せたまま雪崩れた皿やコップがわたしの進路をふさぐ。
「ええい!」
わたしは大学時代に習っていた合気道の受け身を必死に思い出し、カフェの外に飛び出して、くるっと着地をした。周囲から拍手が聞こえてきたが、応える余裕はない。
ぎりぎり見えたグレタさんは、今度こそ本物だろうグレタ氏が率いるパレードに混じってしまう。あまつさえ、グレタさんと本物のグレタ氏がすれちがう始末だ。間違いない。グレタさんはグレタ氏の偽物なのだ。後輩社長から通信が入る。
──会話は録音しました。時間はかかるかもしれませんが、声紋を解析してみましょう。あれだけグレタそっくりなら、注目の眼は逃れられないはずです。
「わかった。パレードを追うよ」
──具体的に何もしかけてこなかったことを考えると、足止めかもしれません。つまり……」
「チーフ捜索の足止め?」
──その可能性はあります。
ということはグレタさんは〈マリッジブルー〉の味方?それとも〈マリッジブルー〉本人?
チーフの身が危ない。どこから見ても絵になると名高い美しい街並みを駆け抜けながら、わたしはひたすら冷や汗をかいていた。
〔第33話:全1,516字=高島執筆150字+AI執筆1,366字/第34話に続く〕
高島雄哉(たかしま・ゆうや)
小説家+SF考証。1977年山口県宇部市生まれ。東京都杉並区在住。東京大学理学部物理学科卒、東京藝術大学美術学部芸術学科卒。2014年、ハードSF「ランドスケープと夏の定理」で創元SF短編賞受賞。同年、数学短編「わたしをかぞえる」で星新一賞入選。著書は『21.5世紀僕たちはどう生きるか』『青い砂漠のエチカ』他多数。2016年からSF考証として『ゼーガペインADP』『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』やVRゲーム『アルトデウスBC』『ディスクロニアCA』など多くの作品を担当。
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