【第34話】 囚われた小説家(四)
赤い屋根、黄色い壁、かわいらしいコロコロした街並み。ストックホルムは、住宅街ですらロマンティックだ。ふと、東京の風景を思い出す。灰色で冷たい街だったが、チーフと過ごした夜はほのかに色づいていた。なにかが変だ。消えたチーフ、そしてなぜか近づいてきた偽物の環境活動家。このタイミングで。
グレタ氏らしき者を見なかったか、たどたどしい英語で聞きまわりながらパレードを追ったが、そもそも抗議デモで忙しいさなか、言葉がまともに伝わらない人間のことをいちいちかまってはいられないのはわたしにもわかる。そして「それは本人では?」とあしらわれるのがおちだった。まったくだ。これはグレタ氏が率いるパレードなのだから。
だが手がかりがないわけではない。グレタとそっくりの者がパレードとは逆方向にいけば衆目は逃れられない。この集団についていきながら、様子を探るのは間違っていないはずだ。水の都ストックホルムは、モダンな中央駅があると思えば、南側には昔ながらの街並みも残っている。まさか、こんなあわただしい観光になろうとは。
──先輩、念のため偽グレタの声と本物の声を比較してみましたが、まったく違います。グレタの喋り方は、語尾のイントネーションでなんとなくわかりますからね。まあ、発音の仕方とか、細かいところは別として。血縁関係もなさそうです。
「じゃあ整形ってこと?いや、変装か」
──おそらく後者でしょう。あと、そのパレードが本物のグレタ氏によるものというのもわかりました。
「えっと、つまりこれって何?さっきから……走ってて……考えがまとまらない!」
──あたしにもわかんないですけど、変装くらいはできる相手が、先輩かチーフを狙ってるってことですかね。
パレードは進む。わたしたちもそれに続く。
パレードがたどりついた先は運河が望める公園だった。
わたしは集団からさっと離れると、小高い丘に登り見下ろした。すると、スカーフを顔に巻き集団から離れる者がいた。グレタさん、偽グレタ氏だ。
わたしは坂を滑り降り、偽グレタ氏の前に立った。
「おどき!私は環境活動で忙しい!」
おどきって言われてもな。
「あなたは偽物でしょうが!グレタ氏と瓜二つに化けられるなんて」
「私が……偽物だと?」
「あなたの目的は?」
「私の目的はただ一つ。環境活動の継続だ!」
「ふざけてる?」
「ふざけてなどいるものか!お前は何を考えて生きている?」
「ちょっと待った待った。今ここでそういう話?チーフの居場所を知ってるのか答えて!」
地球温暖化がヤバイことになっているのは覚えているし、こういう感じで環境問題を後回しにするのが最悪なのも覚えているが、少なくともニセモノかつ誘拐犯と話していても環境は良くならないだろう。
わたしが詰め寄ると、グレタさんは舌打ちして──きっと本物はしないだろう──パレードの先頭に向かって駆け出してしまった。
──先輩、まずいですよ!
わたしは後輩社長の話を聞きそびれて、パレードの先頭にたどりついて叫んだ。
「グレタさん!チーフを返して!」
しかしわたしはすぐに後悔することになる。
そこには──きっとグレタさんはすばやく着替えたのだろう──同じTシャツを着た二人のグレタ氏がいたのだった。
〔第34話:全1,313字=高島執筆114字+AI執筆1,199字/第35話に続く〕
高島雄哉(たかしま・ゆうや)
小説家+SF考証。1977年山口県宇部市生まれ。東京都杉並区在住。東京大学理学部物理学科卒、東京藝術大学美術学部芸術学科卒。2014年、ハードSF「ランドスケープと夏の定理」で創元SF短編賞受賞。同年、数学短編「わたしをかぞえる」で星新一賞入選。著書は『21.5世紀僕たちはどう生きるか』『青い砂漠のエチカ』他多数。2016年からSF考証として『ゼーガペインADP』『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』やVRゲーム『アルトデウスBC』『ディスクロニアCA』など多くの作品を担当。
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