【第35話】 囚われた小説家(五)
グレタ氏がふたりいるものの、Tシャツや変装をしたくらいで──わたしの目はだませても──今どきの画像認識AIはだませない。
と思って、後輩社長によびかけたのだけれど、まったく返事がない。
わたしが困惑してふらふら泳がせた視線を、メガネ搭載AIが感知したらしく、メッセージを表示した。
『電波がありません』
「どうして?」
『電波妨害{ジャミング}の可能性があります』
ということはふたりのグレタ氏問題は、後輩社長に頼むことはできないし、メガネ搭載AIに頼んだところで、ネットに接続できないのでは──画像認識AIはネット経由でどこかのサーバーに置かれているから──わたしが向き合わなければならなくなってしまった。
それに〈マリッジブルー〉の関係者であるところの偽グレタ氏の変装が非常に精緻なものであれば──つまりそれはあまり考えたくはないけれど〈マリッジブルー〉が非常に大きな力を持っているということで──AI、少なくとも画像認識AIではふたりのグレタ氏の区別ができない可能性だってある。もうわたしがやるしかない。
とはいえ今のわたしには本物のグレタ氏の顔も正確には思い出せない。それは記憶喪失の症状というよりは、顔を覚えるのが苦手ということなのだけれど、ともかくそういうものが相まって、顔や仕草みたいな視覚情報から攻めるのはムリそうだ。
もはや何も定かではないわたしの記憶のなかの『ハムレット』では、叔父による父王殺しを確かめるために、ハムレットは劇団に殺人の場面を演じさせて、叔父が恐れおののいているリアクションから、叔父が犯人だと確信したのだった。
確信なんて自分勝手なものではあるけれど、それ自体は大切なものだ。
確信がなければ、人は動くことができない。記憶のほとんどがないわたしにおいては、なおさらだ。
パレードが進み、やがて街の中心部にたどりつく。
ふたりのグレタ氏は──本物はわたしなんて知るはずもないから偽者もそれを真似て──わたしのことなんて気にせず、環境問題についての主張をしながら歩き続ける。
「グレタ・トゥンベリさん!」
わたしは確信のために、ふたりともに呼びかける。
「あなたの偽者が隣にいるんです!」
しかし数秒後、自分で気づく。これではハムレットの小芝居以下だ。
わたしの訴えは、ふたりのグレタ氏にそもそも届いてすらいなかった。まわりもうるさすぎる。
ハムレットはどうやって叔父に劇を見せることができたのかは──ダメだ、全然覚えていない。それでもシェイクスピアであれば、きっとそのあたりにもドラマを作ったはずだ。
記憶のなかのシェイクスピアがわたしをはげましてくれる。
ならばわたしも考えよう。何かできることがあるはずだ。
そう思った矢先のことだった。
突然、銃声が轟いた。
一瞬の静寂ののち、群衆がざわめきだす。
銃声? そんなバカな。どこから。まさか、本当にテロ!?
「え?」
メガネ搭載AIがストックホルム市の公共メッセージを表示した。
【警告】
ストックホルム市内で銃撃戦が発生中です。警察、消防は全力で鎮圧にあたっていますが、混乱は続いています。危険ですので、ただちに安全な場所に移動してください。
パレードが乱れ始め、わたしも波にのまれた。空気を割くかんだかい悲鳴が聞こえたので、もしかしたら既に死傷者がでたのかもしれない……といやな汗が全身から噴きだす。わたしのすぐそばの石垣に、弾が撃ち込まれた。
「ひっ!」
「あぶない!」
すると、誰かに力強く押し倒され、その人物と共に路地に転がり込んだ。
「大丈夫ですか!?」
グレタ氏だ。助けてくれたということは本物なのか?
〔第35話:全1,469字=高島執筆169字+AI執筆1,300字/第36話に続く〕
高島雄哉(たかしま・ゆうや)
小説家+SF考証。1977年山口県宇部市生まれ。東京都杉並区在住。東京大学理学部物理学科卒、東京藝術大学美術学部芸術学科卒。2014年、ハードSF「ランドスケープと夏の定理」で創元SF短編賞受賞。同年、数学短編「わたしをかぞえる」で星新一賞入選。著書は『21.5世紀僕たちはどう生きるか』『青い砂漠のエチカ』他多数。2016年からSF考証として『ゼーガペインADP』『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』やVRゲーム『アルトデウスBC』『ディスクロニアCA』など多くの作品を担当。
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