【第36話】 囚われた小説家(六)
路地の入口を、何人かがふさいでいる。どうやらパレードのスタッフらしい。
グレタはわたしを奥のほうに押しやる。少しの間この路地で様子を見るつもりらしい。
「まさか、こんなことが起きるなんて……そうまでして、どうしてあなたは環境問題について主張するんですか?」
わたしはなかば泣き出しそうになりながら、本物とおぼしきグレタに問いかけた。
するとグレタは眉根を寄せて、言った。
「なぜ……って……環境が破壊されることで、どれだけの人が困っているのか……。そして環境破壊を食い止めるにはどうすればいいのか。それを、一人ひとりが考えるべきなのです。知らず知らずにわたしたちは環境を破壊しています」
「環境問題は、考えないと……いけませんか」
「私はそう思っています」
グレタ氏はきっぱりと言い切った。
もう百億回は同じことを言われていたのだろう。しかし愚かなわたしは素朴すぎる話を続けてしまう。
「地球のことを思うなら、もっと身近なところから環境を改善していくべきではないでしょうか?」
おぼろげな記憶でも、グレタ氏はわたしの千兆倍は勉強していた。こんなしょうもない質問をしてどうなる?
しかしグレタ氏はまじめに答えてくれた。
大通りでは大きな爆発音がした。
「すべてはつながりあって環境を形づくっています」
「すべてが……」
「あなたは身近に環境破壊を感じているということですか?」
「夏にめっちゃ暑いことは気になりますけど、わたし元々夏がすきで、夏生まれだからかも」
「それはほとんど環境問題の本質のように思います」
「そう言ってもらえると助かるというか、そう言ってくれますけど、わたしがマジに感じていることと言えば、小説執筆AIがもっと性能よくならないかなってことくらいで」
とはいえ記憶を失ってからは小説を書く時間もなく、なぜかグレタ氏と話しているのだった。
「あなたは小説家なんですか?」
「そうです」
わたしは断言する。
それは今のわたしのなかに唯一と言っていい、確信のような記憶だから。
「私もこのようなパレードをする必要が終わったら、小説家になりたいと思っています」
「小説は潤沢な時間から生まれるものではありません。なりたいなら、さっさと書いたほうがいいですよ。ってわたしが言うのは超恥ずかしいんですけど」
グレタ氏はさわやかな笑顔をわたしに見せた。
「素敵なアドバイスをありがとうございます。小説家さん」
「いやいやいや」
「今度は私が小説家さんの環境問題について考えましょう。これでも私、ちょっとは環境問題にくわしいんですよ?」
グレタ氏とわたしは笑い合う。
もしここに環境問題なんてなければ、なんと素晴らしい世界だろうか。
グレタ氏は少し鋭いまなざしでわたしを見つめた。
「AIはもちろん環境問題です」
「あ、え、そうですか?」
牛のげっぷが──冗談でも何でもなく──二酸化炭素が増えている主な原因のひとつだということくらいはなんとなく覚えているけれど、AIが環境問題というのは全然知らなかった。
たぶん記憶喪失前のわたしも知らなかっただろう。こうして数日この〈わたし〉を体験してみて、〈わたし〉がどういう人間なのか、わたしながらにわかってきた。
「単純に言って、AI開発が盛んになって、世界の電力消費量が増えています」
「なるほど。人間も電気を使いますけど、AIは電気なくして存在できませんからね」
グレタの視線はますます鋭くなる。それはまるでわたしの心の奥底を見通そうとするような眼差しだった。
わたしは思わず目をそらしてしまう。
しかし、グレタは言う。
「AIを作ったり使ったりするのは人間です。あなたがもしAIや小説について環境問題を感じているのなら──」
わたしはうなづく。
「──その〈AI的環境問題〉あるいは〈小説的環境問題〉をひきおこしている一因は、小説家さん、あなたです」
〔第36話:全1,557字=高島執筆86字+AI執筆1,471字/第37話に続く〕
高島雄哉(たかしま・ゆうや)
小説家+SF考証。1977年山口県宇部市生まれ。東京都杉並区在住。東京大学理学部物理学科卒、東京藝術大学美術学部芸術学科卒。2014年、ハードSF「ランドスケープと夏の定理」で創元SF短編賞受賞。同年、数学短編「わたしをかぞえる」で星新一賞入選。著書は『21.5世紀僕たちはどう生きるか』『青い砂漠のエチカ』他多数。2016年からSF考証として『ゼーガペインADP』『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』やVRゲーム『アルトデウスBC』『ディスクロニアCA』など多くの作品を担当。
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