【第37話】 囚われた小説家(七)
「わたし、ですか?」
わたしはおそるおそる聞いた。
すると、グレタ氏の表情が、ふっとやわらかくなった。
「ごめんなさい、正確にはあなた一人ではありません。私自身、ネットに接続しながら文章を書いていることが多いですから、知らないうちにAIを使っているでしょうし」
「AIが環境問題を引き起こす、ということですか?わかるようなわからないような」
「まずは……AIが増えれば、とても単純に、AIの消費電力が増えます。それは物理的に環境負荷になります。AIによる言語的環境問題については小説家さんのほうがおくわしいでしょう」
「AIがもっと増えてもっと賢くなると、もっと効率の良い電力消費の方法を思いついてくれるかも?AIのせいでわたしのワープロソフトの予測変換機能がめちゃくちゃになることもありますけど、そういうのももっとAIが賢くなれば解決しそうではあります」
「それは経済発展に解決を託す論法ですね」
「あ、たしかに」
グレタ氏は素敵に微笑んでいる。きっとわたしの言ったことは環境問題の領域ではとっくに話されてきたことなのだろうけれど、グレタ氏は丁寧に話してくれる。
「AIがいつか素晴らしい世界をつくる可能性はあるのでしょう。でもそれは賭けにすぎません」
「なるほど。賭け金は環境ってことですね。正確に言うと、未来の環境ですか」
「そうですね。私たちが物理的にも言語的にもAIを駆使したとして──その結果を受け取るのは未来の世代でしょう」
「でも解決方法もあるのでは?いや、ないか?」
わたし個人はたぶん記憶があってもなくてもこういう話がすきなのだけれど、グレタ氏も同じ趣味みたいでうれしくなる。しかし〝こういう話〟とは、どういう話なのだろうか?
グレタ氏は笑顔で話し続けた。
「環境はすべてです。海や森も、小説もAIも、すべてつながりあっています」
「言語がめちゃくちゃになったら、海も汚れるってことですか?」
「はい」
グレタ氏は言い切った。心地よいほどに。
わたしにはない切れ味だ。
「……わたしは小説家ですから、小説がそういう大きなものだとは思っています。トランプ大統領って小説読んでなさそう。いや、小説超すきだったりして」
「大統領のことはさておき、私たちは小説という虚構から、現実について多くのことを学ぶでしょう。それはAI研究によって、人間の知性について明らかになるように」
「そういう感覚は確かにあります。わたし、後輩の社長といっしょにAIを開発してて、もちろん環境を壊すようなプログラムを作るつもりはないです。でも──」
「でも──?」
「人間が作ったものは──人間自身には、制御不能かも」
自分で何を言っているのか、よくわかっていない。でも──こういうときにかぎって──正しさにたどりつけることだってある。
AIを制御することなんて、人間にできるのだろうか?
「私もそう思います」
とグレタ氏は言った。
「あなたと同じ意見なのは、結構うれしいです。たぶん、わたしの記憶がちゃんと戻ったら、超よろこぶと思います」
「そう言っていただくことは私にとっても光栄なことです。小説家さん」
「実は小説家っていう記憶もないんですけどね。でもなんかちょっと、むず痒いけど、うれしい気はします。きっと昔のわたしも、今のあなたみたいに、いつか小説家になりたいって思っていたんだと思います」
「あなたの話は面白い。あなたは現実と虚構を自由に行き来するんですね」
まったく、グレタ氏の言葉は示唆に富んでいる。
自覚なくしゃべっていたけれど、わたしがすきな〝こういう話〟とは、きっと──〝虚実入り交じったこういう話〟なのだ。
わたしがじんわり感動していたところで、どこから飛んできたのか、足元に空き缶が転がってきた。
次の瞬間、グレタ氏がわたしの手を取った。
「催涙弾です!もっと奥へ!」
わたしは手を引かれるまま全力で走ったのだけれど、たちまち煙に巻き込まれてしまった。
〔第37話:全1,586字=高島執筆151字+AI執筆1,415字/第38話に続く〕
高島雄哉(たかしま・ゆうや)
小説家+SF考証。1977年山口県宇部市生まれ。東京都杉並区在住。東京大学理学部物理学科卒、東京藝術大学美術学部芸術学科卒。2014年、ハードSF「ランドスケープと夏の定理」で創元SF短編賞受賞。同年、数学短編「わたしをかぞえる」で星新一賞入選。著書は『21.5世紀僕たちはどう生きるか』『青い砂漠のエチカ』他多数。2016年からSF考証として『ゼーガペインADP』『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』やVRゲーム『アルトデウスBC』『ディスクロニアCA』など多くの作品を担当。
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