【第39話】 囚われた小説家(九)
わたしはチーフと二度出会ったことになる。
わたしの記憶があった時と、記憶を失った時だ。
「そんな──」
言葉にならない言葉を吐き出しながらチーフに歩み寄っていく。
そしてわたしはその場にへたり込んで、目を閉じたチーフのその唇に触れた。
まだかすかに温かい。
いや、これはわたしの体温が下がっているのか。
わたしの手はふるえていた。
「わたしはどうして……」
どうしようもない呟きは風に消えた。
何回鳴らされたのか、ひどく大きなクラクションで、ようやく自分が道路の中央にいることに気がついた。
とにかくチーフを動かさないと。
でも、まずは自分が立とうとしても、腰が抜けてしまって、動けない。
その時だった。背後から伸びてきた手にぐっと肩を支えられた。そのまま引きずられるようにして、車道の端に連れていかれる。
わたしを助けてくれたのは、グレタ氏だった。
「ありがとう、ございます」
わたしはどうにかこうにかお礼の言葉をしぼりだしたのだけれど、グレタ氏からの返事はなかった。
わたしはグレタ氏に抱えられるように、通りを横断して、歩道に立ち尽くした。
チーフはグレタ氏のスタッフが運んで、わたしのそばに横たえられた。
グレタ氏の腕の中は暖かく、その手は優しく、わたしの身体は震えが止まらなかった。
なぜなら、さっきから握っているチーフの手があまりにも冷たく、あまりにも固かったから。
「……あなたはグレタ氏ではないんですね」
「どうしてわかるんですか?」
「グレタ氏はわたしの百倍やさしくて、千倍賢いはず」
わたしのやさしさは百分の一もなくて、わたしの賢さは万分の一もない。チーフを探さずにグレタ氏だと思ってAIの話をしたりして、グレタ氏にもチーフにも顔向けできない。
「あなたが言う通りだとして、だから何だと言うんです」
「そんな人はきっとすぐに救急車を呼ぶはずです。いくらチーフが絶対に死んでいたとしても!」
「正解!」
グレタ氏は不気味な笑顔をわたしに見せた。
「はあ?」
偽グレタ氏が胸ポケットからメモを取り出して読み始めた。
「『私はあなたの行動を常に観測していたんです。あなたが私を偽者だと見抜いたときに告げるように言われている言葉があります』」
「それってどういう……」
「『青……』」
「青?」
「『あなたの言葉は青い。ひどく青い』」
偽グレタ氏がそう言ってから、チーフを飛び越して走り去る。まわりにいたたくさんのパレードスタッフも、気づけば、もう誰もいない。
わたしはくらくらして、視界全体が青くなった。
次の瞬間、わたしは記憶を取り戻した。
──「第五編 囚われの小説家」完──
次回より「第六編 消え去ったチーフ」
〔第39話:全1,039字=高島執筆45字+AI執筆994字/第40話「消え去ったチーフ(一)」に続く〕
高島雄哉(たかしま・ゆうや)
小説家+SF考証。1977年山口県宇部市生まれ。東京都杉並区在住。東京大学理学部物理学科卒、東京藝術大学美術学部芸術学科卒。2014年、ハードSF「ランドスケープと夏の定理」で創元SF短編賞受賞。同年、数学短編「わたしをかぞえる」で星新一賞入選。著書は『21.5世紀僕たちはどう生きるか』『青い砂漠のエチカ』他多数。2016年からSF考証として『ゼーガペインADP』『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』やVRゲーム『アルトデウスBC』『ディスクロニアCA』など多くの作品を担当。
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