【第43話】 消え去ったチーフ(四)
「日本で起きたという誘拐事件ですが、誘拐された四人のうち、少なくとも高校生と弁護士ふたりは、あなたと同じAIサービスを使っていたんですよね?」
「それはそうなんですけど、結局のところ、誘拐事件って物理じゃないですか。物理というか暴力というか、人をさらってどこかに閉じ込めるわけですから」
「〈誘拐の物理性〉とでも言いますか、そういう傾向はたしかにあります。犯人側にとって不利になりやすく、逆に我々にとっては有利に働くことが多いと言えます。AIについては、最近の犯罪のほとんどで利用されているので、手がかりにはならないかもしれません」
ここで、傍聴気味に参加していた後輩社長が声をあげる。
──それは利用ではなくて悪用です!
わたしはと言えば、刑事さんが話すような〈事実〉と後輩社長の言うような〈価値〉のあいだで、全然何も判断できないでいた。
グレタ氏、いや──偽グレタ氏から聞いた〈AI環境汚染〉という言葉を思い出す。おそらくは事実として、AIは様々な分野の環境を書き換えていることだろう。チェスも将棋もいつのまにかAIのほうが強くなっている。
それを汚染と呼ぶかどうかは価値論に属する話となるだろう。
「わたしはAIによる優勢劣勢判断があるから、将棋を見るようになって。それにプロ棋士たちもAIで研究して強くなっている。いえ、AI〝を〟研究することで強くなっていて」
「どうもお話が見えませんな」
刑事さんはコーヒーに口をつける。
ああ、そうだった。わたしの話がぽんぽん飛んでいくって〈マリッジブルー〉にディスられたばかりだった。
そして推測力に富んだ後輩社長が、わたしの話をきっちり拾ってくれる。
──あたしもAIで捜査していましたけど、マリッジブルーはこんなにAIを悪用してるんですから、さっさとAI〝を〟捜査するべきでした!
刑事さんはカップを置いて考える。
「これはAI悪用犯罪やAI汚染犯罪ではなく、もっと深刻にAIを悪用したAI犯罪だと?」
「ネーミングはもう少し考えたいところですけどね。悪いのは人間でしょうから。これだとAIが主語みたい」
──先輩……ありがとうございます。
「なるほど。小説家さんらしい言葉への感性ですね」
刑事さんがまたしてもやわらかいほほえみを見せる。
昨日の今日で気づかわれているのか?
「いやいやいや、そういうんじゃないんですけど──……でも、わたしの言葉や語り方がマリッジブルーはむかついているみたいだし、そういう方向性はヒントになるかも」
──です!
後輩社長は早速わたしが使ってきたAI〈A-PRISM〉を調べると言って通話を切った。これまでずっと攻撃されてきたのだけれど、もしかするとこれで反転攻勢となるのだろうか。
でも。
もう、チーフは戻ってこない。この世界から、わたしの世界から、永遠に消え去ってしまった。
そして──別に自己弁護をする気はさらさらないのだけれど──悪いのは犯人〈マリッジブルー〉だ。わたし自身のなかなかのダメっぷりは、記憶喪失中にこそ、よくわかったことだった。それでもなお、だからといって、チーフの殺害はまったく、全然、正当化なんてされない。
わたしはマリッジブルーを見つけ出して──具体的には書かないけれど──報いを受けさせる。
こんな言葉よりも、チーフにはプロポーズの言葉を告げたかったのだけれど。
〔第43話:全1,355字=高島執筆58字+AI執筆1,297字/第44話に続く〕
高島雄哉(たかしま・ゆうや)
小説家+SF考証。1977年山口県宇部市生まれ。東京都杉並区在住。東京大学理学部物理学科卒、東京藝術大学美術学部芸術学科卒。2014年、ハードSF「ランドスケープと夏の定理」で創元SF短編賞受賞。同年、数学短編「わたしをかぞえる」で星新一賞入選。著書は『21.5世紀僕たちはどう生きるか』『青い砂漠のエチカ』他多数。2016年からSF考証として『ゼーガペインADP』『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』やVRゲーム『アルトデウスBC』『ディスクロニアCA』など多くの作品を担当。
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