【第46話】 見出された青(三)
編集者の熱烈な、そして若干奇妙なプレゼンによって、わたしの連載には〈イラスト生成AI〉が採用されることになった。
AIは純粋に命令に従う。誰かの、ランダムな意思をくんだだけ。
もしかしてこの事件の裏には──人間は──誰ひとりいないのかもしれない。ビッグデータのどこかにある、犯罪の命令をたまたま拾ったのかもしれない。
このわたしの思考にも〈不純物としての心〉が入っているのだろうか。もう人間の悪意について考えたくないのかもしれない。
そんな時、後輩社長から電話がかかってきた。
──チーフの解剖結果がわかったって、さっき日本の警察からうちの会社に連絡がありました。
聞きたくもないが、わたしは聞かなければならない。
「何だったの……」
──〈ペプチドクロロトキシン〉を注射されたみたいです。
「知らない名前だけど、珍しいってことかな?犯人までたどりつけそう」
──可能性はありそうです。あたしも調べましたけど、これって〈デスストーカー〉というサソリから採取できる、地球で最も高額な液体なんです。
「じゃあ結構珍しいんだ」
──そういうことです。
「ちなみに高いっていくらくらい?」
──1リットルで10億円くらいです。
「なるほど……。それならセキュリティも厳しいだろうね」
──ええ。実際はもっと少量、100mgくらいで充分みたいなので、10億円の一万分の一で、価格的には10万円になりますけど、たとえば青酸カリ以上にきっちり管理されているはずですから、もし盗まれたりしたら証拠は残っていると思います。
おおむね同じ量で人間ひとりを殺すことができる青酸カリは、価格にすれば200円ほどらしく、そもそも買うためにはあれこれ資格や手続きが必要にちがいない。
そしてサソリの毒はもっと入手が困難だろう。そういう方面に強い人物ということか。
──あの、先輩。さっきわかったことがもうひとつあって。
「ほうほう」
──実は……。
と言って後輩社長は黙ってしまった。
いつも先輩を先輩とも思わない態度の後輩社長にしては珍しい。
いや、後輩弁護士だって、いつもはそうだったのに、急にいなくなってしまったではないか。わたしはもっと後輩を大切にするべきだろう。
「なにか言いにくいこと?わたしのことは気にしなくていいから言っちゃって」
──先輩……。
「うりうり」
──いえ、その……ありがとうございます。いや、あたしのミスですみませんって話なんですけど、すみません、うちの会社に置いてある先輩用のサーバーに、知らないAIが侵入してました。数年前から……。
「そんな謝らんでも。わたしの書きかけの小説が誰かに読まれたかもって話でしょ?そんなの別に」
──いえ、先輩。AIは必ず誰か作成者がいるので……。
「ん?──……あ!」
──そうです。〈マリッジブルー〉が作ったAIです。それが先輩を数年前から監視していたんです。
〔第46話:全1,160字=高島執筆24字+AI執筆1,136字/第47話に続く〕
高島雄哉(たかしま・ゆうや)
小説家+SF考証。1977年山口県宇部市生まれ。東京都杉並区在住。東京大学理学部物理学科卒、東京藝術大学美術学部芸術学科卒。2014年、ハードSF「ランドスケープと夏の定理」で創元SF短編賞受賞。同年、数学短編「わたしをかぞえる」で星新一賞入選。著書は『21.5世紀僕たちはどう生きるか』『青い砂漠のエチカ』他多数。2016年からSF考証として『ゼーガペインADP』『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』やVRゲーム『アルトデウスBC』『ディスクロニアCA』など多くの作品を担当。
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