【第47話】 見出された青(四)
後輩社長は〈マリッジブルー〉が作ったと思われるAIを見つけた経緯を話しはじめた。
──先輩用のサーバーを調べていて、うちの会社のものではないAIがいた痕跡をみつけました。
後輩社長は、とつとつと語りだした。わたしにはどこかその声が冷ややかにも響いた。
大学時代にAI執筆を勧めてきたのは後輩社長だった。担当編集者を疑うくらいなら、当然、後輩社長を疑ってもいい。
後輩社長はもちろん生まれたときから社長ではないけれど、中学生のときには起業していたというから、大学の寮で出会ったわたしにとってみれば後輩社長はずっと後輩社長なのだ。
──あの、先輩、小学生です。
「ん?」
──あたしが起業したのは小学四年生のときです。
「まじか」
──あの、それで調査結果ですけど……。
「ああ、はいはい。お願いします」
──何か、変だと思ったんです。先輩のまわりでばかりアクシデントが起こるなんて。そうしたら、答えがそこに。全部、先輩の行動も思考も〈AI盗聴〉されていたんです。
わたし用のサーバーというのかデータベースというのか、ともかくわたし用のAIやあれこれのデータが後輩社長の舞浜の研究所に置かれていて、もちろん大量にあるサーバーのほんの一画なのだけれど、そのなかに見慣れない拡張子のファイルがあったのだという。
──超硬い暗号で守られてて、全然開けなかったんです。
「でも開けたんでしょ、さすが後輩社長」
──開けたはもちろん開けたんですけど、あたし一人ではムリで、うちの会社の全リソースを三日間投入してもムリで……。
「え、まじで?」
──まじです。なのでストックホルムの刑事さんに仲介してもらって、〈AI Sweden〉っていうスウェーデンの国立のAI研究機関を紹介してもらいました。
「〈AIスウェーデン〉?なにそれカッコいい。それってつまり後輩社長より上ってこと?」
──先輩があたしを買いかぶってくれるのはうれしいですけど、あたしもうちの会社もまだまだですし、スウェーデンは世界的にもAI研究が盛んなんですよ。
「そうなんだ。全然イメージなかった。ってそもそもイメージ自体ないんだけども」
──AI研究では超有名です。スウェーデン王立科学大学もあるし。
後輩社長の言葉をうけとって、わたしのメガネ搭載のAIが関連キーワードを並べてくれる。
「ドルフ・ラングレンも卒業生じゃん」
──誰でしたっけ。……ああ、俳優さん。
後輩社長も当然、自分用のAIを使って自動検索しているのだ。
「寮のわたしの部屋で『ロッキー』全部見たじゃん。あのときはレンタルビデオだったけども。あれの『4』だね」
──3くらいまでなら記憶があるんですけど……。
「この事件が終わったらまたロッキーオールナイトしよう。後輩弁護士も先輩弁護士も呼んで……」
そしてつまりはそのときにはチーフはいないのだ。そういうバカ騒ぎをすることもなく、チーフは殺されてしまった。
「ごめんごめん。今はドルフ・ラングレンは関係なかった」
──先輩のそういう飛躍が〈マリッジブルー〉はむかつくんでしたね。あたしはすきですけど。
AIスウェーデンが最速で開発してくれた解析用AIが、わたし用のサーバーにあった謎のファイルをこじあけたところ、まるで湧き出る泉の水のように、文字列が次々と展開されたのだという。それは──内容は現在解読中ではあるものの──命令であることだけはわかった。そして命令のいくつかは〝完了〟になっていた。
「命令って、AIに対する命令ってこと?」
──それも含まれていますが、ネットワーク系の構文もあればロボティクス系の形式もあって、もっと広範囲にハッキングを仕掛けていたんじゃないかって、AIスウェーデンの研究者たちと話しています。
「なるほどね。だけど毒を注射するのは人間だから、ハッキングできないね」
──人間の脳波をハッキングする技術はまだまだ研究段階ですね。ただ先輩……さっき言いそびれましたが、チーフにサソリ毒を注射したのはドローンだと考えられています。
「ドローン?」
──なので、軍事用ドローンのハッキングは非常に難しいですが、民間の高性能小型ドローンならハッキングできる可能性はあります。
「そうすると盗難車みたいなもので、犯人の特定は……」
──人間の盗難といっしょで、AIも痕跡は残しますから。……あ、今また日本の警察から連絡が来たみたいです。え?弁護士の件?先輩!あたし行ってくるんで、電話かけなおします!
不安がよぎる。
弁護士とは、おそらく後輩弁護士と先輩弁護士のことだ。ずっと行方不明で、おそらくマリッジブルーに誘拐されていた二人……。
わたしはずっとストックホルムのホテルのカフェに座っていた。最近はワイヤレスイヤホンも普及して──XRメガネはまだ全然だけれど──今のわたしみたいにひとりごとのように話していても不審がられることはない。
すっかり氷の溶けたアイスコーヒーを飲み干して、部屋に戻ろうと思っていたところに電話がかかってきた。
──先輩!
「うん。どうだった?」
わたしは応答しながらカフェの会計を済ませて、ひとりエレベーターに乗った。
──後輩のほうの弁護士が見つかりました!
「日本の警察ってことは日本で」
──それが全然要領を得なくて。警察のほうでも混乱してるみたいなんですけど。弁護士バッジのウラの〈弁護士登録番号〉でわかったってことだけ。
わたしは自分の部屋に駆け込むように入った。
「無事なんだよね⁉」
──いえ……不明です……。
さいあこだ。
〔第47話:全2,222字=高島執筆101字+AI執筆2,121字/第48話に続く〕
高島雄哉(たかしま・ゆうや)
小説家+SF考証。1977年山口県宇部市生まれ。東京都杉並区在住。東京大学理学部物理学科卒、東京藝術大学美術学部芸術学科卒。2014年、ハードSF「ランドスケープと夏の定理」で創元SF短編賞受賞。同年、数学短編「わたしをかぞえる」で星新一賞入選。著書は『21.5世紀僕たちはどう生きるか』『青い砂漠のエチカ』他多数。2016年からSF考証として『ゼーガペインADP』『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』やVRゲーム『アルトデウスBC』『ディスクロニアCA』など多くの作品を担当。
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