煙のあった風景 02 安宿の天井に吸い込まれた煙【アメリカ】

煙草はリラックスのための嗜好品。しかし命がけの一服もある――。
「危険地帯ジャーナリスト」としてスラムやマフィアなどの裏社会に取材し、世界の生々しい姿を平和ボケの日本に届け続ける、丸山ゴンザレスさん。
本連載では愛煙家でもあるゴンザレスさんの数々の体当たり取材の現場に欠かせなかった煙草のエピソードを通して、その危険な旅の足跡をたどります。
第2回は、ゴンザレスさんが何度も訪れているアメリカ・ニューヨーク。愛煙家として語る、かなり怪しいニューヨークの情景をお届けします。

丸山ゴンザレス


ジャーナリスト、國學院大學学術資料センター共同研究員。國學院大學大学院修了後、出版社勤務を経てフリーのジャーナリストとして日本の裏社会や海外危険地帯の取材を重ねている。主な著書に『アジア親日の履歴書』(辰巳出版)、『世界の混沌を歩く ダークツーリスト』(講談社)、『MASTERゴンザレスのクレイジー考古学』(双葉社)、『世界ヤバすぎ!危険地帯の歩き方』(産業編集センター)など多数あり。

02 安宿の天井に吸い込まれた煙(アメリカ)

ニューヨークの煙に憧れた


「マンハッタンで地下から噴き上がる煙の中をかき分けながら歩きたいんです。大きなコーヒーカップを持って。だからニューヨークに行きます!」

何年も前の話だが、こんなニューヨークへの憧れを大真面目な顔で俺に伝えてきた後輩ライター(当時20代後半)がいた。しかも、渡航目的が旅行ではなく留学したいのだという。
彼の言う煙とは地下を通るスチーム管から漏れ出した蒸気で冬場の風物詩である。その煙に憧れるのはニューヨークを舞台にした映画好きとかなら仕方ないところではある。だが、その風景の中に入り込んでコーヒー(しかもラージサイズ)を持って歩きたいから留学するとなったら、さすがに「アホじゃないか」としか思えなかった。
その当時の彼にはすでに何冊かの著作があり、雑誌やニュースサイトのライターとしてキャリアも積んでいた。そのまま行けば売れっ子ライターと呼ばれるのも遠くないはずだった。それなのにすべて捨てるとまでは言わないが、いい流れにあるライター生活を止めてまで留学する価値はあるのだろうかと、老婆心ながら思ってしまったのだ。
ただ、その一方でニューヨークへの移住を決断したことを羨ましいなとも思っていた。
過去に何度かニューヨークを訪れた経験から、あの街のことを俺自身が気に入っていたからだ。旅で滞在することがあっても、そこに住むというのはどんな感じなのだろう、自分だったらどんな生活をするのだろうかと想像を巡らせてしまった。

それでも彼の決断を尊重して応援すると決めた。ところが困ったことに彼の宣言は、別の問題を生み出した。当時、南新宿のマンションの一室を彼と仕事場としてシェアしていたからだ。彼が渡米するということは、事務所を引き払う必要がある。10万円以上の家賃を一人で負担する余裕はなかったからだ。

応援するからと言って、新たに仕事場を探すことは億劫だった。できれば拠点を新宿から離したくはない。どれぐらいで見つけられるだろうと考え込んでしまうが、彼の方も決意を口にした反動からか黙り込んでいた。
同じ場所で時間を共にした俺と彼との人生が、それぞれの道を歩き出す。どちらからともなくタバコを咥えた。彼と俺は喫煙者で同じ銘柄、アメスピを吸っていた。
六畳間に充満する煙。ニューヨークへの憧れ。自分の将来。彼の未来。そんな記憶とセットになってニューヨークと煙を連想すると、どうしてもこのことを思い出してしまう。とはいえ、これでは舞台が新宿である。せっかくなので現地ニューヨークと煙にまつわる記憶についてのエピソードを今回からいくつか紹介していこうと思う。


安宿に漂う煙


イーストリバーとハドソン川に挟まれたマンハッタン島。ニューヨーク市の中心であるこの場所は、多くの人にとっての憧れの街であり、世界最先端の文化を発信する都市、とにかく華やかなものだろう。実際、俺にも子供の頃からのアメリカに憧れがあった。映画はもちろんのこと、少年期に触れることができた外国といえばアメリカだったからだ。
大人になった俺がアメリカを訪れたメインの目的は取材。仕事である。いかに憧れの地とはいえ、旅人である俺が直面する現実問題がある。宿代が世界屈指の高さであることだ。

後輩ライターが留学するより前のことなので多分、10年以上前のことだ。30歳前半の俺はライターとしてはそれなりになった自負もあり日本での生活には困らなかった。それでも、余裕のある取材費を用意できるほど裕福でもなかった。一つの取材旅ごとにかき集める感じであった。
予算の大半は航空券で宿代はその次。アジアの安宿ならともかく、ニューヨークともなれば、中心部のまともなホテルに泊まったら2週間で20万円ぐらい軽く飛んでいく。少しでも節約するために宿選びにはいつも苦慮して、あらゆる手段で安い宿を探していた。そんなわけでリーズナブルなホテルには馴染みがあったが、その中でも最高にヤバかったのは、「最安」の宿だった。あるニュースサイトで「ニューヨークで最も安い宿」として紹介されていたのだ。

値段は30ドル。コロナ前の時期には平均300ドルとも言われたマンハッタンのホテル代で破格なのは間違いない。しかもチャイナタウンとリトルイタリーの間と好立地。マンハッタン島の中心部からはやや外れているが、これほど安いはずがない。当然ながら「なぜ?」と思うだろう。俺もそうだった。記事にはホテル名ははっきり書いていなかったが、バワリー通りがチャイナタウンにぶつかるあたりの雑居ビルという情報をもとに探し見ることにした。
ブッキングサイトや地図を頼りにあたりをつけて日本から予約を入れる。本当なら飛び込みでいいかなとも思ったのだが、宿なしでマンハッタンをさすらうのは御免だと思った。

JFKから地下鉄でカナル・ストリートあたりで降りたような気もするが、正直、どこの駅かは覚えていない。その時は、中米の取材の帰りに立ち寄ったので疲労困憊だったのだ。重いバックパックを背負ったまま住所を頼りに足を引きずるようにして宿に辿り着いた。

くすんだ色の建物でボロいビルだった。フロントはニューヨークにありがちな急階段を登った先にあった。どんな接客をされるのだろうとワクワクしていたが、スタッフの対応は普通。特に感情を挟むこともなく、こちらがバックパックを背負った日本人であることは別にどうと言うこともない感じだった。鍵を渡されて「部屋は上だよ」と案内するそぶりもなかった。自分で行けということだろう。
まるで刑務所のような重い鉄扉を開けると、また急勾配の階段があった。そこをあがって宿泊フロアに入るには、またまた同じ重い扉があった。

扉を開けて中に入ると天井まで達していない壁が大きなフロアを細かく間仕切りしている謎空間があった。印象としては、まるで遊園地のアトラクションみたいな迷路のような作りをしていた。ただし、そこが宿泊施設である証拠があった。ドアに部屋番号が書かれていたからだ。
余談だが、この手の間仕切りスタイルの宿はマンハッタンのリーズナブルなホテルでは珍しいものではない。俺も何度も利用したことが会った。それなのに俺を若干戸惑わせたのは、とにかくボロくて宿泊施設と思えない暗さからだった。
とはいえ、こうなってくるとむしろ特殊な構造とボロ加減のバランスがかえって面白くなってきていた。
とりあえずは、宿泊する室内の探索である。ドアを開けると部屋というか独房のような2〜3畳ほどの空間にベッドがあるだけだった。天井には金網が張ってあった。


「牢屋か!」が部屋を見た印象である。まさに寝るだけのスペース。それ以外は必要ないだろと言われた感じがした。この辺りは香港で似たようなホテルを経験していたので、「これぞ狭くて地価の高い街ならではの機能美、ニューヨークスタイルだな」と思って納得できた(当時の俺はだいぶニューヨークに肩入れしていたのだろう)。
あとは施設内にどんなものがあるのか、そっちの方が気になって仕方ない。とりあえずバックパックを放り出してホテル内を探索することにした。

宿泊施設は何フロアかあるようだったが、施錠されている場所もあったので自分の滞在した場所を含めて3フロアしかまわれなかった。


一階上のフロアは宿泊フロアと違いはない。気味が悪いぐらいに同じである。階数と部屋番号でも確認しないと間違えそうだし、視覚的に記憶していたら、脳内のメモリごとバグって崩壊しそうなぐらいである。
それ以外では、共同シャワールームの洗面台にこれまで見たこともないぐらい大きな鼻くそが鼻毛数本と一緒に固まって落ちていたことぐらいである。実は、この記憶が何年経っても消えないぐらいに焼き付いていて困っている。人間、意外なものを覚えていがちである。
とりあえずここまではホテルのオプションみたいなもの。
一番のお楽しみは、一階下のフロアである。
鉄扉にはのぞき窓で期待が高まる。奥を見ると上層の2フロアと同じく仕切りの壁が続いている。どこまでも続くように感じる奥行きの見通せなさが怪しい気配の充満度をいっそう濃くしてくれていた。


いよいよ扉を開けると、すぐに怪しさの根源的な理由がわかった。煙いのである。タバコの匂いもするし、それ以外の煙も感じられ、気のせいかフロア全体の視界が悪い気がした。
仕切りの壁の色は、俺の宿泊フロアよりも明らかにくすんでいる。というか、床から何から全体的に小汚い。掃除というよりも手入れが不十分なところに経年劣化も加わったという感じだった。
ここには誰も泊まっていない閉鎖されたフロアなのか?と思ってうろつくと、いくつかの部屋の前を通った時に人の気配がした。宿泊者はいるようだ。実はこのホテルに入ってからスタッフ以外の人間を見ていないなかった。それなのに人の気配はするという不思議な感覚があったのだ。その疑問がようやく解消された。それによく見れば、薄暗いフロアのおかげで漏れてくる灯りがある。
その客だが、この時点(昼ぐらい)でチェックイン済みということは連泊しているはずである。おそらくであるが、ここはある種の常連専門のフロアなのだろう。それにしては手入れがなされていないのではとも思った。そして、思考の片隅にはもう一つの可能性、むしろ正解であろうという考えが浮かんでいたが、断定できる材料を求めて、さらにフロアをうろつくことにした。

迷路のような構造にも慣れてくると、同じに見えたドアにも違いがあることを認識できるようになった。そして、煙の正体を目撃することになる。
ドアを半開きにした部屋の中が見えたのだが、部屋の主人がカセットコンロに鍋を置いて料理をしていたのだ。部屋主までははっきり見えなかったが、結構な歳上、のびた髪と髭の様子から老人っぽい感じがした。直感的にホームレスみたいだとも思った。
男は俺が見ていることに気がついたようで、半開きのドアはガシっと閉められた。天井を見ると煙が立ち上っていた。料理は続いているようだった。

煙の正体が料理によるものだとわかったわけだが、そうなると俺の部屋と変わらないスペースでの料理作業。器用なものである。それが判明しただけでも、この宿の怪しさもいよいよ極まってくるように思えた。
フロアをさらに奥へと回ると、そこかしこに「occupied(オキュパイド)」と記入されたドアがあった。いずれもゴミなのか荷物なのか。謎の小袋などでいっぱいになって入れなくなっていた。


この手の荷物には見覚えがある。日本で行き倒れの取材をしている時に、知り合ったホームレスたちが同じような荷物の収納をしていたからだ。
先ほどの「occupied」が、使用中の意味なのか、占拠されているのか、どっちの意味なのかを考えながら、この散策で先ほど思っていたむしろ正解であろうもう一つの可能性、宿泊者の多くがホームレスであることを確信した。

納得を得たことで、そろそろ自分の部屋に戻ろうかと思っていると、今度は窓の枠に腰掛けた男が当たり前のようにタバコを吸っていた。というかタバコの匂いに釣られてここまできたのだ。鼻先に煙の匂いを捕まえた。
こちらが喫煙に気がついて近寄っていることも気にせず、無言で外を眺めながらタバコを燻らせていた。男は俺の方を見る。くたびれたシャツに無精髭。髪の毛も伸びっぱなしの白人男性。年齢は60代だろうか。どんな旅をしてここに辿り着いたのか。それともこの街の出身だったりするのだろうか。彼の出自を勝手に想像して眺めていると目があった。こちらを見返す顔には警戒心が迸っている。思わず、敵じゃないアピールをするため、すかさず俺もタバコを咥えた。何も言ってこない。俺もタバコに火をつける。こうして俺は屋内でタバコを吸うというアメリカでの喫煙タブーをあっさりと流作業でおかすことになった。

ニューヨークに限らず、アメリカでは公共の場や屋内では原則禁煙である。ホテルの中は当然ながら禁煙なのである。
最近の喫煙事情について調べているとアメリカの喫煙ルールが厳格であるということをまとめた記事などを目にすることがあるが、実情との乖離があるように思える。確かにルールは厳格に定められているが、それをすべての人が遵守しているようには思えない。公共の場であろうと、周囲に人がいなかったらタバコを吸っている人は見かける。
また、仮に喫煙している人を見かけたとて、喫煙者が指摘や注意されるようなことは滅多にない。警備員でもなければ率先して他者と関わろうとすることがないのは、日本と同じかもしれない。
とはいえ、決められたことを守れない側が悪いのは間違いないので、いくら守っていない人がいるからとはいえ、声高に実情との違いを主張する気はない。むしろ「守れなくて、すいません」である。

ちなみに後日、フロントで確認を取ったのだが、ここは実際にホームレスの収容施設としても機能しているそうで、彼らは10ドルで泊まれるそうだ。何年も住んでいる人もいるとのことで、それぐらい長く滞在している人にとっては、タバコがNGなんてルールはどうでもいいのだろう。実際、宿の人も特に気にしていなかった。

俺はアトラクション巡りを終えて部屋に戻った。夕食まで昼寝でもしようとベッドに座った。そこで当たり前のように再びタバコに火をつけた。ライターを持った時、吸ってはいけない場所での喫煙に対して一瞬だけ罪悪感があったがすぐに消えた。
深く吸い込んでから吐き出した。煙は屋内に漂う煙は風に流されることもなく天井に向かって登っていくだけだった。そのまま上の方を眺めていたら、ふと天井に張られた金網に引っ掛けるようにフィルターだけになったタバコの吸い殻がいくつも置かれていることに気がついた。


先客達のものだろう。きっとそいつらも同じことをしたのだろうと容易に想像がついた。ここに置かれたフィルターが、俺と同じ煙のあった風景を見た人たちが過去に何人もいたことを証明してくれているようだった。

文・丸山ゴンザレス
Twitter:@marugon

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