【煙たい物語】第八篇~斜線堂有紀「導火譚」【メビウス】

文壇の現在と未来を担う書き手たちが、それぞれの想いとともに煙草にまつわる物語を織りなす「煙たい物語」。
第八篇は、斜線堂有紀さん「導火譚」をお送りします。

シケモクを拾うお前と、三口で煙草を捨てる俺。なんでこんなことしてるかって? あることに気づいちゃったんだよ。俺が煙草吸うとね……。

導火譚

 シケモクを拾うの、マジでやめた方がいいよ。誰が口つけたかわかんないんだしさ。俺が大学の頃もさ、喫煙所に入り浸ってシケモク拾ってた同級生がいたんだよね。マジの金欠だから、灰皿の上で折られた吸い殻拾って吸ってたやつ。キツければキツい方が良いって感じでさ、セブンスターが拾えた日は運がいいんだって笑ってた。でも、マジでやめた方がいいよ。そいつ結局大学やめたもん。いや、別にシケモク拾ってたからじゃなくて、単位が足りなかっただけなんだけど。あいつ、喫煙所には週五で通ってたくせに何で講義出なかったんだろうな。
 ははは、いやー金無いヤニカスほど怖いもんってないね。お前それ俺と間接キスすることになってるんだけど大丈夫? ニコチンの下では博愛主義? そうなんだ。じゃあ……俺が言えることはもう無いわな。もう好きなだけ吸ってもらって……。あ? 新品? やるわけないだろ。なんで俺がお前に煙草くれてやんなきゃいけないんだよ。マジで死んでもやだ。
 にしても、美味そうに吸うね。人が吸った後の煙草そんだけ美味そうに吸えるなら、お前はどこ行ってもやってけるよ。世界はお前のもんだよ。でもシケモクがいっぱい落ちてるとこのこと『狩場』って呼ぶのは流石にキモいからやめた方がいいよ。その為にこの辺りパトロールしてんの? 普通に働いて煙草買った方がマシじゃない?
 で、シケモク名探偵くんの言う通り、ここは前から狩場ってわけじゃない。その通り。こんなに潤沢な狩場だったら毎日通ってた? このビルの持ち主泣いちゃうだろ。一応ここの裏路地って私有地なんだからさ。あー、これはブーメランか。平気平気、ここのおじいちゃんは数週間に一回くらいしか来ないし。清掃の人も二週に一回くらいしか来ないから。
 そうそう。それもお前の言う通り。ここに落ちてる吸い殻は全部俺のもんだよ。要するに俺確定ガチャってわけ。銘柄が全部マイセンなのはそういうこと。あ、今メビウスなんだっけ。今ってさ、番号でしか言わないから全然矯正されないよな。本当はLARKが一番好きなんだけど、味変わっちゃったからなあ……。
 どうりで長い吸い殻ばっか落ちてると思った? まあ、お前が来るまでは三口で捨ててたからね。誰がシケモク屋さんだよ。別にお前の為じゃないよ。お前の為だったらむしろ新品くれてやるだろ。愛情が屈折してるって。
 なんでこんなことしてるかって? へー、お前、ちゃんとそういうことも気にするんだな。おかげで大分長いこと吸っちまったな。すぐに捨てなくちゃなんないのに。まあいいや。俺もこうやってひたすらスパスパしてるのは暇だと思ってたんだ。
 この一本を吸ってる間に、俺の話をしてやるよ。

 今でこそヤニカスではあるんだけどさ、小さい時の俺は煙草なんか大ッ嫌いだったんだよな。親が二人ともヤニカスでさ。ガキがどうとかも考えずそこら中で吸うもんだから、壁とかも黄ばんでたし、臭いし、何よりケムいだろ。小さい頃は臭い毒煙でしかないからさ、親が煙草吸うのが嫌で仕方なくてさ。副流煙を吸い込む度にゲホゲホ咳き込んで。それが愛煙家的には目障りだったんだろうな。特に親父。咳き込んでるだけなのに嫌がらせやめろって言われたぐらいにしてさ。わざと顔に煙草の煙吹きかけて、俺がゲホゲホすんのを笑われたりしたわ。
 車ん中とか最悪だったね。意地でも窓開けてくれないのな。あれってどういう気分だったんだろうな。煙草吸えないガキなんか、そういう反応なって当然なのにな。大好きなもんを否定された気にでもなってたんかね……。
 こう言うのもなんだけど、煙草に関すること以外は普通に良い親だったと思うんだわ。煙草絡みで性質が悪かったとはいえ、総じて出来た親だったんだよな。ニコチン絡みくらいしか、嫌なことなかったな。だから余計になんだかなあっつう感じで。
 だから俺、ハタチになろうと煙草なんて絶対吸わねえって思ってたんだよ。あんなもん人間にとって百害あって一利もないだろうって。ただね、俺が最初に煙草吸ったのは十七の時だったね。ふつーでしょ。普通の堕落やね。
 美味いと思ってたわけじゃないんだけど、なんかやめらんなかったなあ。親があんなに美味そうに吸ってたのにこんなもんってしょっぺえなって。でも、やめられなかった。てことは、めちゃくちゃ美味しかったのかもしれないよな。昔、良い詩とは何か? みたいな文章を読んだことがあるんだよ。良い詩ってのはさ、感動しなくてもいいんだってさ。ふとした時にもう一度読みたくなって、人生のうちでほんの何回か立ち返ろうって思うのが良い詩なんだってさ。俺これ、煙草に似てんなあって思うんだよ。俺は立ち返る頻度が高すぎるただのヤニカスになっちゃったんだけどさ。
 吸う量はどんどん増えてったね。雪だるまみたいに。一日一箱が今じゃ可愛く思えるよ。そんなん最早お嬢ちゃんの吸い方だもん。わかるだろ? 一箱くらいじゃ良いじゃん良いじゃんって思っちゃう感じ。
 何回か禁煙しようと思ったんだよ。本当に。子供が生まれる時は流石にやめられるだろうって高を括ってたな。奥さんにもさんざ言われてたしね。何よりあの親父と同じような人間にはなりたくなかった。でも、禁煙は半日も保たなくて。奥さんとの喧嘩の原因はほぼそれだ。逆にそれ以外で喧嘩しなかったのがすごいんかもしれないけどね。
 んで、娘が生まれたら流石に目の前では吸わなくなった。台所の換気扇の下と俺の部屋は喫煙オーケイってことになって、俺は日がな部屋に篭るようになった。あとは会社で退勤しないで延々と煙草残業したり、喫煙所で目一杯吸って家帰んなかったり。娘の目の前で吸わなきゃ文句ないだろって感じのとこ、正直あったね。当てつけみたいにさあ……。
 だからあの日も、俺喫煙所にいたんだよ。俺の借りてるアパートから火が出てさ。あれこれ家のもの持ち出そうとして奥さんと娘が死んだ日も、俺は喫煙所にいた。まっすぐ帰ってれば余裕で帰宅してたろう時間に出火してさ。こう言うのもなんだけど、俺は火に慣れてるし、家のもんなんか何燃えてもまた買い直せるよって、俺が言ったら奥さんは落ち着いたと思うんだよ。
 出火原因はよくわかんないね。放火の線もあったんじゃなかったかな。でも、結局警察はなんもわかんなくて。俺は俺でさ、遺族って忙しいんだよ。で、なんも。なんもわかんなかった。
 人のシケモク吸うやつでもお悔やみ言えるんだなぁ。いいよ。悲しいけど、悲しいでしょうねって言われたところで、俺別に何にも感じられないからさ。はは、こんなん言われても困るだろうけどさ。あ、しんみりしたから煙草一本やろうか。新しいの。それはもらうんかい。はは、俺お前のこと結構好きになってきたわ。
 その一本重いんだよ? ここからが本題なんだけどさ。
 それ以来ね、俺が煙草吸うとね。燃えるんだよ、家が。
 嘘こけって思うだろ。俺もそう思いたいよ。家族が死んで頭おかしくなった自分が、妙なこじつけしてるだけなんだろうってさ。でも違うんだよ。俺が一本煙草吸うと、絶対に家が全焼するの。一箱じゃなくて、一本ね。
 最初はさ、最近消防車のサイレンうるせえなって思ってたんだよ。俺が煙草吸う時に限ってカンカンカンカンウーウーうっせえなって。幻聴かとも思ったんだけどさ、同じ喫煙所にいたおっちゃんがうっせえよって舌打ちして、幻聴じゃないってわかったね。で、遠くに煙が立ち上るのが見えたりしてさ。はは、人間の目で見える範囲なんだからそんな遠くないんだろうけどさ。
 そんなことが何回も続くもんだから、やめときゃいいのに調べたんだよ。ここらの数日の火事の件数。もうね、すごかった。俺だって不自然に思うほどの増えっぷり。ちょっと範囲広げてみたら更にそこでも。で、気付いたわけ。件数を足してみたらさ、大体俺が煙草吸ってる本数と同じだって。
 この国って一日何件火事が起こると思う? 十二、三件? まあ、そんなもんに感じるよな。それでも多い気するだろ。正解は一日一〇〇件くらい。やばいよな。どうして焼け野原にならないか不思議なくらい。でも、全国だからね。って言われるとそんなもんかもって思ったり。
 今は平均一五〇件起きてる。一・五倍だよ。はは、ちなみに俺は一日二箱は吸う。大体二箱半だな。
 ……お。お前みたいな変わりもんにそんな顔させられたならこの話も大成功だな。でも、別に作り話じゃない。お前もデータを見たら、ある日を境に火事の件数が綺麗に跳ね上がってるのを楽しめるぞ。そのある日ってのが、俺の娘と奥さんが死んだ日なんだけどさ。
 勿論、俺は検証したさ。娘が生まれても死んでもやめなかった煙草をさ、丸一日絶ってみたんだよ。起きてる状態じゃあ、んなこと無理だからさ。睡眠薬を酒でがぶ飲みして、一日を飛ばした。
 当然のように、火事の件数はその日だけ落ち着いてた。こんな悪趣味なオカルトであれ、俺は信じざるを得なくなった。俺が煙草をやめられたのはその日だけだったから、もう疑いようなかったわな。
 無理して四箱とか吸った日は、ちゃんと二〇〇件くらいになるんだよ。本当に気持ち悪い取り立てだよな。ニュースとかでも全国的に火事が増えてるって報じられるようになって……お前ん家テレビある? 無い? そりゃそうだろうな。なんかわかるわ。今、午後のニュースで異常に注意喚起されてるんだぜ。俺のせいで起きた火事は、出火原因がわかんないんだよ。だからマスコミも「火事に気をつけてください」なんて漠然としたことしか言えない。この世で火事に気をつけられる人間なんて、俺だけかもしんないのに。
 俺は思ったんだよ。これ、何かの呪いなんかなって。煙草をやめさせるために、奥さんとか娘とかが俺を祟ってるんじゃないかって。でもさ、それにしては他の人を巻き込みすぎてるんだよな。俺が禁煙出来ないせいで他の家のあったかいお家が焼かれてるわけだ。そんなの、とばっちりすぎるだろ。
 それに、俺は別に煙草をやめちゃいない。そう、やめてないんだよ。俺のせいで火事が起きてんのに、煙草をやめてない。最悪のシチュエーションに置かれてるのに、禁煙してない。
 なんでかわかるか? お前もわかるかもな。
 何故なら、前より今の方がずっと煙草が美味いからだ。
 俺の一服には、他人の人生が懸かってる。この一息で狂わされる家庭がある。その重みを感じるほどに、美味くて仕方ねえんだわ。これに比べたら、今まで俺が吸ってたのは煙草じゃねえなって思うほどにさ。お陰で量も前とは比べもんにならないよ、ははは。
 この味を楽しみ尽くすのに最適な吸い方はもうわかってるだろ? 今みたいに、一口二口吸って捨てることだ。お前にとって垂涎のシケモクを生み出すことが、一番贅沢に味わえる。吸い捨てれば吸い捨てるほど、犠牲になる家は増えるんだからさ。
 お前、俺から一本もらったろ。今日お前は、一軒のご家庭を救ったんだぜ。絶対くれてやるつもりなかったのにな。どうしてヤニカスってヤニカスに優しくなっちまうんだろうな。
 俺は出来るだけ長生きして、出来るだけ多くの人間を俺の火に巻き込んでやるつもりだ。
 なあ、俺はどうしてこんな仕組みに取り込まれたんだと思う? 四六時中スパスパやってた男への罰なのか、それほどまでに煙草を愛した男へのご褒美か? なんにせよ、俺は前より美味い煙草を吸ってるよ。それをお前に味わわせてやれないことが申し訳ないくらいだ。
 ニュースを見る度、俺はこの世から煙草が無くなってほしいと心の底から思うよ。でも、煙草が無くなったら、俺は首括るだろうな。
 なあ、そろそろ吸い終わるよ。俺の話はこれで終わりだ。いつかお前の家にも点火するかもしれない。俺は自分が焼く家を選べないんだ。今日帰ったら、俺の家が燃えてるかもな。
 ああ、質問? 別に構わねえよ。ていうかこっちは目の前で自分の捨てたシケモク吸われてんだぞ。それ以上に失礼なことなんてないだろ。
 ……明日はどこで吸うかって?
 お前、今の話聞いて俺にそれ聞くの? へえ。
 やっぱりお前、ちゃんと就職した方がいいんじゃないかな。



斜線堂有紀(しゃせんどう・ゆうき)
秋田県生まれ埼玉県育ち。2017年、『キネマ探偵カレイドミステリー』でデビュー。
代表作に、『恋に至る病』(メディアワークス文庫)、『楽園とは探偵の不在なり』(早川書房)、『愛じゃないならこれは何』(集英社)、『回樹』(早川書房)、『本の背骨が最後に残る』(光文社)などがある。
Twitter:@syasendou

📖「煙たい物語」を読む

💡次回(4月上旬ごろ予定)のゲスト作家は……花草セレ(はなくさ・せれ)さん

○○○

あわせて読みたい