煙のあった風景 08 新しい煙の流れる風景を見つめて【タイ】

煙草はリラックスのための嗜好品。しかし命がけの一服もある――。
「危険地帯ジャーナリスト」としてスラムやマフィアなどの裏社会を取材し、世界の生々しい姿を平和ボケの日本に届け続ける、丸山ゴンザレスさん。
本連載では愛煙家でもある丸ゴンさんの数々の体当たり取材の現場に欠かせなかった煙草のエピソードを通して、その刺激的な旅の足跡をたどります。
刺激的な旅とともに必ず煙草があった丸ゴンさんの、今回のエピソードは―

丸山ゴンザレス


ジャーナリスト、國學院大學学術資料センター共同研究員。國學院大學大学院修了後、出版社勤務を経てフリーのジャーナリストとして日本の裏社会や海外危険地帯の取材を重ねている。主な著書に『アジア親日の履歴書』(辰巳出版)、『世界の混沌を歩く ダークツーリスト』(講談社)、『MASTERゴンザレスのクレイジー考古学』(双葉社)、『世界ヤバすぎ!危険地帯の歩き方』(産業編集センター)、『危険地帯潜入調査報告書 裏社会に存在する鉄の掟編』(村田らむ氏と共著・竹書房)など多数あり。など多数あり。

08 新しい煙の流れる風景を見つめて【タイ】

「あの頃のタバコはまだ売っているのだろうか」

久しぶりの海外取材で訪れたバンコクを歩いているときに不意に思い出したのは、初めての旅で吸っていたタバコのことだった。20歳の俺にとってタバコは安いものではなかった。あの頃はタバコが手放せないというよりも大人の入り口に立つためのアイテムのように思っていた。ニコチンが欲しいわけじゃなく、乱暴な感じで口に咥えて歩くだけでベテランの旅人感を出したかったように思う。
あくまで無駄な背伸びのためだったから、口に咥えることができれば、正直どんなタバコでもよかった。味や香りにこだわりはなかった。
当時の日本に比べてタイでは安価に入手できるタバコもあり、空港の免税店で購入したタバコを吸い終わるとコンビニで買うようになっていた。
思い出せる銘柄は、KRONG THIP(クーロン ティップ)、More(モア)、L&M(エルエム)あたりだ。なんでこのあたりの銘柄を選んだのかは今となってはわからないが、タイのタバコはどれですかと店員さんに聞いて教えられたものだったようにぼんやりと覚えていた。

それでも後で調べてみたらMoreとL&Mは日本でも販売されていた。喫煙者かどうかもわからない店員さんにその辺りを正確に教えろと言っても無理な話である。ただ、KRONG THIPだけはタイのローカルタバコであった。吸ってみたらきついだけであまり美味しい印象はなかった。こだわりのない俺としてみれば問題はなく安かったので愛喫していた。
いずれのタバコも、もはやどんな味だったかの詳細は記憶のカケラぐらいしか残っていない。その記憶の断片を集めていくことで、久しぶりに訪れたバンコクで、過去のタバコに触れることができたら、咥えタバコで歩いていたあの頃の自分を引き寄せられるような気がした。

そんなことは無理だとわかっている。すでに中年になった俺にはセンチメンタルやかっこよさよりも健康被害の方が気になるのが本音のところ。それでも、この原稿のネタ探しもあるし、何より単なる懐かしさついでに今回の滞在中もタバコを買ってみようと思った。

 


1998年当時の丸山ゴンザレス氏

大通りから伸びる路地、soi(ソイ)の入り口にはバイタクが並んで、そこにある露天でバラのタバコが販売されていた時代もあったが、今ではコンビニで買うのが当たり前。タイのコンビニといえばやけにセブンイレブンが目立つ。他にもファミマやローソンもあるのだが、バンコク市内では圧倒的にセブンイレブンだ。
タバコはどこでも買えるけど、タイではタバコ屋はもとよりコンビニでも買わなくなった。若い頃と違って何ヶ月も滞在することもないし、中年になった俺は1日の本数が減って、それほどタバコを必要としなくなっていた。おかげで現地購入する機会自体がめっきりと減っていたのだ。
タイのレジ前でタバコを注文する行為自体が本当に久しぶりだった。
コンビニのレジ奥にタバコが置かれているのは知っている。昔は日本と同じようにパッケージが見えるように置かれていた。その後はパッケージが変色した内臓や壊死した組織の写真を使って健康被害を訴えるデザインに変更された。吸うことで健康被害があるという危機を煽る広告効果を狙ったものではあるが、あまりのグロさにお土産として最適と言っていた連中もいたほどだ。そのあたりからコンビニの棚は隠されて、直接見れないスタイルで販売するようになった。
そのため、タバコを見て選ぶことができなくなったのだ。買うためには銘柄をきちんと口頭で伝えないといけない。当てずっぽうで選ぶことができないので、否応なく記憶にある銘柄を言うしかない。

「クーロン ティップ」
「は?」
「じゃあモア? エル・アンド・エム?」

タイ人の英語の発音は独特とされる。世代によってはほとんど英語を話せないこともある。一応、フィリピン留学で勉強したことはあるが、俺の英語力は大したことはない。それでも稚拙な英語を武器にして世界を旅して取材してきた経験があるので堂々と伝えたつもりだった。それなのに「は?」と返されると辛いところがある。
タイにあって俺のフィリピン仕込みの英語が通用しないということは痛感させられたわけだが、幸いにしてレジ前で俺の後ろに並んでいる人はいない。もう一度、ゆっくり銘柄を繰り返すとアンドを抜いて言った「エルエム」で表情が少し動く反応があった。
「エルエム」ともう一度強く言うと、店員さんが振り返って壁面のタバコケースから毒々しいパッケージを一つ掴んで置いてくれた。どうやら通じたようだ。安堵する間も無く会計を済ませようと思ったが、値段がわからない。とりあえず、レジに表示される金額を頼りに払った。ドリンクと一緒に買ったので端数まではわからなかったが100バーツ(約400円)ぐらいだろう。これでは日本で買うのと大して変わらない。

◉日本人が狙い撃ちされた警察の恐喝

買ったタバコを持ってホテルの部屋に戻った。ベランダに出てスクンビットのBTSアソーク駅あたりにぶつかる大きな通りが見える。ここにはちょっとした思い出がある。
今回の旅で宿を取ったのはプロンポンとアソークの間である。トンローを加えたエリアはバンコクの中でも日本人街と呼ばれるほど、日本人が密集して住んでいる。元々駐在員たちを相手にした商売の人たちが連鎖するように増えていった。おかげでタイ語がわからなくても暮らせるエリアとして定着している。
そのこと自体は問題ないのだが、この地区に入ってくる大きな道路では時々警察が検問を設置しているのだ。
警察の検問というと飲酒や免許の携帯などが浮かぶだろうか。だが、ここでチェックするのは「iQOS(アイコス)」である。
日本ではお馴染みの加熱式タバコのiQOSで間違いない。勘違いではなく、日本製のiQOSが狙い撃ちされているのだ。
「なぜ?」と思うのはiQOS愛用者ではなくても当然のこと。実は2014年12月から「電子タバコ禁止条例」が施行されて禁止になっているのだ。
俺もしっかりとタイの法律を確認したわけではないので断言できないのだが、一般的に言われているのがタバコ税を払わずにタイ国内に持ち込んでいるからということのようだ。正直、よくわからないのだが、いずれにせよiQOSに対する取り締まりは厳しい。
販売はもちろんだが、所持、使用も禁止になっている。つまり言い方は良くないが麻薬と同じ扱いになる。ポケットに入れているだけでアウトなのだ。しかも、違反すると最高で10年の懲役、または50万バーツ(約170〜200万円)の罰金のいずれかが科せられる。これはかなり重い罪と認定されているということなのだ。
「俺はiQOS吸わないから」と油断している人もいるだろうが、Ploom TECH(プルーム・テック)やglo(グロー)など、日本で普及している電子タバコが広く含まれるのだ。
タイでの電子タバコ禁止条例自体は旅人界隈で話題になったので、当然ながら情報としては知ってはいた。それでもiQOS狙いだろうと思って油断していた。おかげで以前の滞在で検問に引っかかった時にポケットにPloom TECHを放り込んだままだったことがある。

その時、一緒だった友人のバンコク在住カメラマン・明石さん。バンコクで取材がある場合には、彼にカメラ撮影をお願いしている。普段は会社を経営しているのだが、副業と趣味でカメラマンをしているので、動画もついでにお願いしますという無理なお願いをしている。そんな彼から事前に「前に警察の検問で10万バーツの罰金を課された知り合いがいるので気をつけてください」と言われていた。条例に定められた罰金満額ではないがそれなりの額を請求される。その理由について明石さんに尋ねた。
「これって警察のアルバイトだったりするの?」
「もちろんです。ほぼ恐喝ですよ。だから、連中は日本人を見ると必ず検問でストップします」
まさにこんなやりとりをしていたタクシーが止められたのだ。その瞬間、俺は自分のポケットの中にPloom TECHがあることに気づいた。
「iQOSじゃないから大丈夫かな?」
「多分、無理です」
焦った表情を浮かべていた。しかも検問の警察は出てきて身体検査をすると言っているようだった。
俺の表情の変化を見ていた明石さんの顔は、「どうするんですか?」と訴えていた。もはや逃げ場がない。俺は自分の所持金で罰金を払えるだろうかと、最悪の事態を想定しながら車外に出た。とりあえず警察の身体検査に応じるしかない。下手に賄賂を送るとむしろ問題になるかもしれない。
一歩ずつ警察が近寄ってくる。いよいよ警察が俺に触れようとした瞬間、閃いた。

ポケットに手を突っ込んで、俺は「これでしょ?」と言いながら手持ちの紙タバコを差し出した。Ploom TECHだけでなく紙タバコも吸うので、それを先んじて出して終わりにしようとしたのだ。
隠すよりも能動的に動くことで乗り切ろうと思った。ところがそこで奇跡のイレギュラーが起きた。タバコに引っかかってポケットの他の雑品が落ちたのだ。携帯灰皿やスマホ、ライターなどだ。奇跡的にPloom TECHは落ちなかったが、異常にきょどってしまったのだ。下手くそなリアクション芸人の動きのようだった。その様子がおかしかったのか、警察たちは笑いだした。
「なんかすいません」的な動きをしながらヘラヘラしている俺のことを見た警官たちは「いいよ、行けよ」と言ってきた。
笑わせたら勝ちなのだ。
過去にもシビアな場面でジョークで相手を笑わせて乗り切った経験からそんなことを思っていた。偶発的とはいえ、うまくはまった形になった。
安堵した表情で戻ってきた俺に明石さんからも「奇跡ですね」と労いの言葉が投げかけられた。実際、俺も奇跡的に助かったなと思った。しばらくして落ちつきが出てきて不意に、「Ploom TECHなんて小さいんだからタクシーのシートの隙間に挟んで出ればよかったんじゃないか?」と思った。多分、そうすることで乗り切れただろう。まあ、結果オーライである。
この時の教訓からPloom TECHはタイに持ち込むことがあった場合、ホテルに置いておくことにしている。

ホテルのベランダで、そんなことを回想しながらでコンビニで買った「L&M」を吸った。その昔に吸った味かどうかわからない。でもどことなく懐かしい味がした。
そして、夜の空に流れていく煙を見ながら、厳しく取り締まるが、それは警察のアルバイトのこともある。変な二面性だが、不思議と腹立たしい感じはしない。アジアの緩さを象徴しているような気がしたからだ。
そして、過去からの流れを断ち切るような変化が起きている。今やタバコが大麻に取って代わろうとしている。この夏、タイはアジアで初めて大麻を非犯罪化した。これからは大麻を求めて世界中から旅行者が集まってくることだろう。

かつては「大きな罪」として裁かれたマリファナがポップなアイコン化していこうとしている。ジョイントとタバコの形は同じなのにタバコの方が厳しい感じがした。新たな煙文化が生まれていく。これもこの国の新たな潮流なのだろう。久しぶりに訪れた外国で煙を通じて時の流れを感じることができた。
▶いままでの「煙のあった風景」

文・丸山ゴンザレス
Twitter:@marugon

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