煙のあった風景 11 夏空を見上げて、ただ煙を見送った【アメリカ】

煙草はリラックスのための嗜好品。しかし命がけの一服もある――。
「危険地帯ジャーナリスト」としてスラムやマフィアなどの裏社会を取材し、世界の生々しい姿を平和ボケの日本に届け続ける、丸山ゴンザレスさん。
本連載では愛煙家でもある丸ゴンさんの数々の体当たり取材の現場に欠かせなかった煙草のエピソードを通して、その刺激的な旅の足跡をたどります。

▶いままでの「煙のあった風景」

危うい旅とともに必ず煙草があった丸ゴンさんの、今回のエピソードは―

丸山ゴンザレス


ジャーナリスト、國學院大學学術資料センター共同研究員。國學院大學大学院修了後、出版社勤務を経てフリーのジャーナリストとして日本の裏社会や海外危険地帯の取材を重ねている。主な著書に『アジア親日の履歴書』(辰巳出版)、『世界の混沌を歩く ダークツーリスト』(講談社)、『MASTERゴンザレスのクレイジー考古学』(双葉社)、『世界ヤバすぎ!危険地帯の歩き方』(産業編集センター)、『危険地帯潜入調査報告書 裏社会に存在する鉄の掟編』(村田らむ氏と共著・竹書房)など多数あり。

11 夏空を見上げて、ただ煙を見送った【アメリカ】

気が重くなる旅の準備


「だからどうした?」
自分で突っ込みたくなることがある。別にやさぐれているわけではない。今年に入って久しぶりにアメリカを旅した。今回はそれだけの話なのだが、正直言ってしまえば時期が悪かった。世界的なインフレと円安。このタイミングでアメリカに行くのは主に金銭面でのハードルが一気に高まるのは誰にでもわかることだろう。
それでも取材したくなったテーマがあった。
アメリカ、カリフォルニアのマリファナビジネスの最前線である。
2016年の住民投票でマリファナが合法化され、嗜好品として販売できるようになったカリフォルニア州。拡大するマリファナビジネスは「グリーンラッシュ」と呼ばれ新しい市場となって一気に拡大していった。当時取材をしていた俺は一種のバブルのような感じを受けた。同じような空気をこの夏にマリファナの非合法化に舵をとったタイを取材したときにも感じた(その後、急激な規制をしたことはタイ政府っぽくもあるが)。そこで気になったのは業界内の勝ち負けだった。

スピードの早いタイのマリファナビジネスでは、序盤から勝ち負けが生まれていた。それならばカリフォルニアでも数年が経過したことで、誰もが儲けられることもなく残酷なほどに勝ち負けのコントラストが生まれたのではないかと思ったのだ。
取材の目的としては悪くない。一週間もあれば十分なはずである。私は日本からホテルとレンタカーを予約するべくブッキングサイトとHertz(レンタカーの大手)のサイトにアクセスした。
ここで早速つまずいた。
まず、宿代が高い。肌感覚だがコロナ前は100ドル程度でそれなりの宿が見つかった。今はまともなところを選べば1泊200ドルは簡単に超える。ここに駐車場代が加わるのだ。1泊300ドルに余裕で届いた。
レンタカーはもしものことを考えて保険などにも加入し、カーナビもオプションでつけた(このカーナビは動かず、レンタル中はスマホで代用するハメになった)。これだけで10万円ぐらいにはなった。宿代を加えると合計で20〜25万円ほどの出費である。そこに諸々の経費を加わることを考えると、もうLAX(ロサンゼルス国際空港)に着いた時点から気が重かった。取材よりも予算のやりくりの方が遥かに難易度が高いのではないかと思ってしまっていたからだ。
さらにテンションを落としたのが免税店である。
LAXの方ではなく、出発前の日本の空港でのこと。海外旅行客が回復していないタイミングであったために販売されているタバコの銘柄が極端に絞られていたのだ。愛煙しているアメスピは置いていなかった。このあたりは夏のタイ取材で免税店をチェックしていたことでわかっていたので、タバコ屋で税金のたっぷりと乗った通常価格で購入しておいた。個人旅行であっても持ち込みの免税範囲もあるので1カートンではなく数箱を買うにとどめた。これでもまた経費が加算された。
念の為、成田空港で微かな望みをかけて免税店を覗いてみたが、たまたま俺の前にアメスピの箱を持った男性が「これは置いていないの?」と聞いていた。聞き耳をたてると、店員さんはすまなさそうに「お取り扱いはありません」と言っていた。こんなことがあったので、「どうせくそ高いだろうし、アメリカでタバコを買うことになったらいやだな」と思っての上陸だったのだ。気も重くなるのも仕方がないだろう。

久しぶりのアメリカの衝撃

空港からレンタカーで出発するまでは、特別に面倒な手続きらしいこともなく、オンラインでチェックインを済ませる程度で、自分の申し込んだ車両のクラスが停めてある広い駐車スペースから勝手に選ぶだけ。ここで自分で選んだ車のカーナビが動かないなんてビタイチ思っていなかったが。俺はトヨタのカムリ(CAMRY)にした。

初日は友達と合流して一緒に朝食を食べることにしていた。ところがだ、早速の洗礼を受けた。
「お会計、(2人で)120ドルです」
町外れのメキシカン食堂でドリンクとタコスを食っただけである。これは店員に言われたわけではなく、俺の脳内で再生されたチップを足した値段だ。高級店でもない庶民的なところでこれである。「もう無理!」と思って、そこからはなるべくチップの発生しない店を中心に食事をすることにした。

予算に苦しめられる一方で、結果的に良かったこともある。それはレンタカーである。2回ほどUberを利用したのだが、20〜30分の乗車で70ドルほどの請求になった。時間帯もあるのだが、これぐらいは普通だと運転手に言われた。しかも「ロスを動くならレンタカーが良いよ」とアドバイスされた。マリファナ関連の取材先はかなり広範囲に位置しているので、レンタカーでなかったら破綻していたことだろう。
車がなかったらどうしようもない取材だったと同時に、車があったから色々とみて回れた。特にスキッドロウ(セントラルシティ・イースト。ロサンゼルス市中心部にある犯罪多発地帯)のような過去に取材した場所を再訪するには便利だった。

ちなみにロスで待ち合わせたり、移動するときには「だいたい30分」と目安を言われることが多い。広く大きな街だが、車で移動するとおおよそ30分から1時間以内でたどり着くことができる。もちろんラッシュアワーを除いてのことだが。

どうしてスキッドロウを訪れたのかといえば、タバコが高すぎて闇タバコを探し買いに行こうと思ったからだ。日本から持ってきた手持ちのタバコは徐々に減ってくる。このままでは無くなってしまうという危機感から備えておこうと思い始めていた。もちろん取材としてのネタとしても考えていた。
ただ、実際問題、タバコは高過ぎた。コリアンタウンにあるごく普通のタバコ屋でアメスピを買ったら14ドルだった。約2000円である。高過ぎるという次元ではない。
取材で訪れるマリファナのディスペンサリーで販売しているジョイント1本が12ドルだった。カリフォルニアの人には当たり前かもしれないが日本人からしたら販売価格がマリファナよりも高いということに驚きでしかない。

そんなわけで以前に耳にした噂を頼りにスキッドロウに来たというわけだ。もちろんラッシュアワーを避けたので約30分程度で到着した。程よいドライブだった。

スキッドロウは、ロスのダウンタウンにある区画で薬物中毒者の巣窟として知られている。俺はこれまでに何度か取材やプライベートでも訪れている。なんとなくだが、露店的なところで話をすれば買えるのではないかと軽く考えていた。
ところが、以前に出ていたような露店のようなものもなく、なんならテントから出て彷徨っている人も心なしか少ないような気がした。コロナ禍の影響だろうか、もしくはタイミングだろうか。
いずれにしても、ここに留まる理由もなくなった。
俺は手持ちのタバコの本数を少し気にしながら、路駐した車の横で一本だけ吸って街を眺めた。

空振りをしてしまったものの、この場所がドラッグ以外の違法商品や裏っぽいものを扱うのは俺の勝手なイメージなどではない。泥棒市場的な盗品や拾った物を販売する露店もあるし、店舗をきちんと構えているようなところであるのは、以前の取材でも確認していた。そして、今回のマリファナ取材でも面白いことを聞いていた。

闇でマリファナを扱っているバイヤーをインタビューしたところ「ダウンタウンの方で大手のパッケージだけを売ってる店がある」と教えてもらったのだ。
マリファナが合法化されたことで生産から販売まで政府の厳しい管理の目が光ることになったのだが、そこを掻い潜って生産したり横流しされたマリファナをあたかも正規品のようにパッケージして売るために、有名ブランドの販売用のパッケージが闇で流通しているというのだ。
それもこの場所で買えるということだったので、ぜひ確かめてみたかったのだ。
こちらも闇タバコ同様に探して回ったが、どうもうまくいかない。
長く取材をしていると噛み合わない時というのは必ずある。そういう時はどうやって乗り切るのか。
尊敬するノンフィクション作家の高野秀行さんは「とりあえず寝る」と言っていた。俺もこの言葉を信じている。事態が好転することはないかもしれないが悪くなることもない。明日の自分に頑張ってもらうことにした。決断した俺は約30分かけて宿に戻ることにした。

売春婦の謎の衣装


タバコを探すためだけにロスに来たわけではない。むしろ本命のマリファナ取材をすることが重要だ。そのことに気づいた俺は逸脱することもなく、どうにかアポを入れていた分は取材を終えることができた。結果、順調に済んだことで予備日が1日余ったのに手持ちのタバコはさらに減っていた。
(このルポは2022年10月17日発売『週刊プレイボーイ』No.44に掲載、現在週プレNEWSでも読めます)
取材が済んでみれば特にすることも無く、ドライブに出ることにした。俺は昔から貧乏性である。海外で時間を持て余したからとホテルの部屋で過ごすのは愚の骨頂であると思っていたからだ。
Google MAPで行き先になりそうな場所を探した。なんとなくショッピングモールやスーパーマーケットで検索すると何軒かヒットした。できれば30分以上かかるような場所がいい。のんびり走りたかったからだ。
南の方にあるマーケットが気になった。場所は行ったことあるような、ないような、そんな場所だった。

日本とは反対車線でハンドルも逆。何度か逆走したり、ウィンカーじゃなくワイパーを動かすような失敗はしたが、カムリは数日の運転でだいぶ馴染んだ気がした。そうなると不思議なもので日本での運転を失敗しないか妙な心配をするようになった。何年も運転してきた日本の習慣がわずか1週間程度の左ハンドルに上書きされそうな気がしていた。

そんなことをあれこれ頭の中で巡らしながら走っていると、背の低い建物がどこまでも続いて、広い道路に沿って椰子の木が生えている。どこまでも高い空がカリフォルニアを走っているのだという気にさせてくれる。無性にタバコが吸いたくなった。路駐をしてタバコを吸うのか、目的地に広めの駐車場でもあればそこで一服か。
信号待ちで助手席に置いたバッグの中にあるタバコの箱を確かめた。残り1本。ここで吸ってしまうと、14ドルで1箱。明日には空港に向かう。日本に帰ればもっと安く買える。だからといって我慢するのは嫌いだ。きっと、もう一箱買うだろう。ここで消費するにしても、ムダ打ちはしたくない。どうせなら区切りの良いタイミングで吸いたい。

最後の1本を前にした喫煙者特有の往生際の悪さがループしているうちに目的のショッピングモールについた。ここをそう呼ぶのは遠慮してしまうほどに古臭いフォントで描かれた「SUPER MALL」。これがアメリカっぽくてたまらなくツボに入った。俺の場合、古かったり、ボロくて不便なところにアメリカ的な魅力を見出すところがある。きっと10代で出会った雑なアメリカ文化への半端な理解から派生しているのだろう。
店の名前を眺めた。せっかくなら喉を湿らせてベストな状態にしたい。ちょうど飲み物がなかったのでこの店を散策して水でも買ってからタバコを吸うのがいいだろうと、なんとなくの目的が決まった。
このモールに入る時にボディチェックをされた。警備員の手慣れすぎた動きにあまり本気でやっていないのはわかるが、手つきが銃の所持の有無をみているのがわかる。ここはアメリカなのだと思わされた。

店内は広いワンフロアで市場のように販売スペースが並んでいるだけだった。どこかに水が売ってる店はないかと思うが、スニーカー、アパレル系がほとんどだ。適当な店で「水を買いたい」と言うと、「もっと奥に行け」とのことだった。
ゆっくりと何が売ってるか見て回りながら歩くと奇妙なものがあった。水着ではない。マネキンが水着の上に羽織っているネットのような衣類。こんなものは見たことがない?いや、どこかで見た記憶がある。

記憶の底をさらっていると奥底に引っ掛かるものがあった。ロスの路上にいた売春婦たちが着ていた。ド派手な衣装すぎて客が引いてしまうのではないかと思ったのだが、どうやらその一帯は売春婦ならではの衣装を着ていることで車から見つけてもらうらしかった。数年前の取材で遭遇したのだが、その時にはいったいどこでこんな水着なのかネットなのかわからない衣類をゲットするのだと思っていた。

「ここで売ってるんだ」

どうでもいいことで気づきを得ただけなのに、なんだか霧が晴れたような気持ちになったところで、ちょうど水を売っている店も見つけた。ペットボトルを1本買って店外に出た。1ドルだった。別の店だと2ドルのこともあるので妙に嬉しい。
警備員に会釈をして、カムリの前まで来てボトルの蓋をあけた。水で口を湿らせてからタバコに火をつけた。最後の1本である。大事に育てて吸いきりたい。小さく、それから大きく吸い込んで火種を大きく強くしていく。唇に残った水滴がフィルターに染み込むのを感じながら、さらに吸い込んでからようやく一気に煙を吐き出す。この瞬間、脳裏に浮かんだのが、売春婦の衣装が売っていたからといって「だからどうした」である。自分に突っ込まざるを得なかった。吐き出した煙は夕日に傾きかけた夏空に溶けるようにのぼっていった。


▶いままでの「煙のあった風景」

文・丸山ゴンザレス
Twitter:@marugon

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