村田らむの”裏・歳時記2022” 【4月】ひょっとこ旅情

2022年明けから始まった、ケムールの国内旅行連載。毎月、日本のちょっと変わったスポットを訪ねていきます。
メジャーな観光地とは一線を画す、超穴場紹介。
その旅の案内人は「ホームレス」や「樹海」取材のパイオニア、村田らむさん。


村田らむ
一九七二年生まれ。愛知県名古屋市出身。ライター、漫画家、イラストレーター、カメラマン。ホームレスやゴミ屋敷、新興宗教などをテーマにした体験潜入取材を得意とし、中でも青木ヶ原樹海への取材は百回ほどにのぼる。著作に『樹海考』(晶文社)、『ホームレス消滅』(幻冬舎新書)、『人怖 人の狂気に潜む本当の恐怖』(竹書房)など。

いままで宗教施設・過疎集落・廃村などなど味わい深い国内の旅の目的地をめぐってきた「裏・歳時記2022」ですが、年度も変わり心も新たになる4月は、オシャレな東京都内の街ブラです。
しかもいま大人気の「あの人」とのデート。心ときめく春の旅をお楽しみください。

好印象な街「亀有」へ

 春の亀有へ出かけた。
 亀有と言えば、もちろん『こちら葛飾区亀有公園前派出所』のイメージが濃い街である。
 亀有から中川を挟んだ隣街、金町に住む知り合いは、
「亀有は『こち亀』、柴又は『男はつらいよ』があるから妙に印象良いんですよね。金町と中身はたいして変わらないのに!!」
 と僻んでいた。
 ちなみにやはり亀有の近所の立石は、キャプテン翼の聖地として推しているが、やはりタイトルに地名が入っている『こち亀』は強い。

両津勘吉像 (亀有駅北口正面)

 葛飾にはたくさんの両さんの像が建っている。『ようこそ亀有へ両さん像』『サンバ両さん像』『少年両さん像』『少年よ、あの星を目指せ!両さん像』『ひとやすみ両さん像』『ダブルピース両さん像』『敬礼両さん像』『ワハハ両さん像』と両さんだらけである。
 その中でも亀有駅南口にあるフルカラーで作られた『ようこそ こち亀の街へ! 両津・中川・麗子がお出迎え!像』はとても印象的である。

『こち亀』おなじみのキャラクターが揃う

 

 両津・中川・麗子のメンバーのはずなのに、一人キャラクターが多い。

 全く違和感なく、今回一緒に街ブラをさせていただく、大林ひょと子さんが混じっていた。

 大林ひょと子さんは、「ネタパレ」(フジテレビ)で話題のキャラクターで、ひょっとこ面の口元を手で隠して、口が右と左どちらに曲がっているのか? とクイズを出す。
 YouTubeでも見ることができるので、ぜひご覧になって欲しい。
 今回は大林ひょと子さんと極めて親しい友人であるオジンオズボーンの篠宮暁さんと、亀有にある「とある会社」を取材させてもらうことになったのだ。

心躍るデートに出発

ひょと子さんと下町を歩く

 その会社の名前は『株式会社イトオー』。
 縁日などで売られているお面などを中心に製造してきた会社だ。創業94年という非常に歴史深い会社だが、今年の3月で営業を終了するという。
 オフィスは亀有駅から徒歩7分ほどの場所にあるという。駅前は垢抜けた雰囲気の亀有だが、少し歩くと味のある商店街があり古くからやっているお店が並んでいて風情がある。

下町デートと洒落込む

絶品グルメに舌鼓

日本のお祭りを支え続けた名門へ


 『株式会社イトオー』と表札が貼られている4階建てのビルのチャイムを押すと、女性従業員の方が出迎えてくれた。
 大林ひょと子さんは話ができないので、代わりに篠宮暁さんがインタビューをすることに。

オジンオズボーン 篠宮さん(以下、篠宮)
大林ひょと子が勝手にネタにひょっとこのお面を使ってすいません!!

株式会社イトオーさん(以下、イトオー)
いえいえ、使っていただいてありがとうございます!! 最後にこんな出会いがあるとは思ってなかったので、嬉しかったです。

 創業当時の頃から、オカメ、ひょっとこの面は作られているという。そもそもは一回り小さい商品だったが、大きな面が登場してからはそちらがメインとなり、いつしか現在の大きさの面だけが残ったらしい。

イトオー 現在のお面も少なくとも30年は同じ型で作っているのではないでしょうか。粘土で原型を作った職人さんは、もう誰かも分かりません。おそらく亡くなっていると思います。

 自分の顔を作った人が誰だか分からないと聞いて、大林ひょと子さんは少し寂しそうな表情を見せた。

イトオー ひょっとこの面は、ずっと売れてますね。ちょっとしたキャラクターものより売れているかもしれません。コロナ前だと年間6000枚くらい売れていました。コロナになってキャラクターものの販売数は落ちましたけど、ひょっとこはなぜかコンスタントに売れてきました。あるときふと『実はすごく売れてるじゃん!!』って気がついて。『誰が買ってるんだろう?』ってずっと不思議でした。それからは、ピンクや黒などの派手な色合いのひょっとこを作ったりしましたけど、それほどは売れませんでしたね(笑)。

「ひょっとこ面」の造形は室町時代ごろにさかのぼるとも言われる。「ひょっとこ」の起源は東北地方の民話として語り継がれる〈ヘソから金を生む奇妙な顔の子供〉で、その子の名の「ひょうとく」➡「ひょっとこ」に変化し、神楽で滑稽な踊りを披露する道化役として定着した。福島県三春などの地域では、お花見に欠かせない出し物として親しまれている。

「ひょっとこ面」に宿るクラフトマンシップ

篠宮 大林ひょと子も色々な色のひょっとこの面をかぶってみましたけど、先輩芸人からはオーソドックスなお面のほうが良いよってアドバイスされました。
子どもたちにはもちろん評判がいいんですけど、外国の人にもすごくウケがいいですね。めちゃくちゃ食いつかれます。単純に、お面として造形が面白いですよね!!
今年の3月で営業を終了するとお聞きしたんですけど、どういう理由からでしょうか?

イトオー 父が社長なんですけど、子供は三姉妹で跡取りもいなかったので、父の代で終わりにしようか、という考えがそもそもありました。直接的な原因は、やっぱりコロナですね。日本中でお祭りが中止になって、売上は8割減ってしまいました。まん防(まん延防止等重点措置)は解除されましたけど、まだ桜まつりも中止ですし……。頃合いかな? と思いました。
またお面は日本国内で作っていたんですけど、スプレー塗装する職人さんも高齢化してしまったんですね。

 お面は一つ一つに手作業で塗装しているという。だから厳密には一つ一つ違う。ひょっとこのお面には鼻毛が描かれているが、その鼻毛の形も一つ一つ微妙に違う。味わい深い。
現在では印刷で色を付ける場合が多いという。だが印刷の場合、どうしてもお面の幅(高さ)に限界があるらしい。

イトオー ちかい将来に辞めようと思っていたので、印刷に乗り換えてこなかったんですね。それにやっぱり、手塗りのひょっとこのほうが、クオリティーが高いんですよ。
大手100円ショップさんに真似された時は、ショックでしたね。一回余興で使うだけなら、100円のお面で十分なのかもしれませんが……。」

今も芸を支える手仕事のお面

ひょっとこ面のマスターピースと言えるイトオーのひょっとこ面を惜しむ

 大林ひょと子さんも、いろいろなメーカーを試したが、イトオーのひょっとこが圧倒的に良かったという。

篠宮 品質が高いのはもちろんですが、イトオーさんのひょっとこはかわいいんですよね。大林ひょと子が芸をしていると、皆さんから『かわいい、かわいい』と言われます。

 イトオーさんがお面を作るのをやめたら、今後ひょっとこは買えなくなってしまうのだろうか?

イトオー 実はお面を作っているのは現在日本で2社しかないんですね。うちと、立石にあるもう1社だけです。ライバルというよりは、一緒に頑張っていきましょうという間柄ですね。うちの在庫はしばらくは売ります。左に曲がってる口のひょっとこを作って欲しいと大林ひょと子さんに言われたことは伝えておきますね。

大林ひょと子さんの芸に欠かせない「口が左向きのひょっとこ面」を、立石の製造会社にも作って欲しいと頼んでいた篠宮さん。愛用していたお面の生みの親・イトオーに感謝しつつ、芸人としての危機感も強く感じていただろう。

日本の縁日の賑わいが詰まったお面

 版権の意識がないころはもっとたくさんお面を製造する会社があった。
 ただ、その時代は、テレビなどで人気のキャラクターが出ると、勝手にお面にして販売していた。
 きちんと版権をとらなければならない時代になって、残ったのはたった2社。
 日本に残ったその2つの会社が、亀有と立石という近い場所にあるのも面白い。
 株式会社イトオーは、サンリオなどの大きな会社とも契約して、様々な商品を販売してきた。亀有に会社があるということで、『こち亀』の両さんのお面もある。

イトオー そういえば、今は引っ越しされましたけど、『こち亀』の作者の方、2つ隣の物件で漫画描かれていたんですよ。現在のマンションの前には『ワハハ両さん像』が建てられています。

 長年親しまれてきた『こち亀』と、もっと長年お祭りで親しまれてきたひょっとこ面の製造会社が隣近所とは、ちょっと縁を感じた。

 インタビューをした部屋の隣室には、社長さんのご家族のお子さんたちが待機していて、終わった途端に、大林ひょと子さんを囲んでの撮影会になった。
 今人気のキャラクターの“顔”が自分の家の会社で作られているというのは、ちょっと誇れることだろうな~と思う。
 会社の営業が終了するというのは寂しいが、最後に大林ひょと子さんが一花咲かせたようで、しめっぽい雰囲気にはならずインタビューは終了した。

左ぃ~!

 帰り道、大林ひょと子さんはそのままの姿で駅に向かったが、亀有の街にあまりに馴染みすぎていて驚いた。

▶これまでの「裏・歳時記」

文・村田らむ Twitter:@rumrumrumrum

ゲスト:大林ひょと子さん(オジンオズボーン・篠宮 暁さん)
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「大林ひょと子のひょっとこライブ」(▶チケット)
5/14(土)12:00開演@新宿区歌舞伎町・ハイジアV-1(配信あり)

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