「ホームレス」や「樹海」取材のパイオニアである村田らむさんの案内で巡る、メジャ~&激込み~&つまんな~い観光名所紹介とは一線を画す、日本の裏側を覗く旅。
いいえ、2月に続き今回も舞台は海外です。
K-POPとか韓国コスメとかおしゃれで美味しいグルメとか……そういうのはぶっちゃけもうお腹いっぱいでしょう?
村田さんはアンダーグラウンド旅の達人。ドヤ街、色町、自殺の名所。そんなディープすぎる「韓国・ヨンドゥンポのカオス」への旅にご案内します。
一九七二年生まれ。愛知県名古屋市出身。ライター、漫画家、イラストレーター、カメラマン。ホームレスやゴミ屋敷、新興宗教などをテーマにした体験潜入取材を得意とし、中でも青木ヶ原樹海への取材は百回ほどにのぼる。著作に『樹海考』(晶文社)、『ホームレス消滅』(幻冬舎新書)、『人怖 人の狂気に潜む本当の恐怖』(竹書房)などがある。
私が韓国に行く理由
コロナの前は、1年に1~2度は海外に行っていたが、全てがアジアだった。実は欧米やロシアなどには行ったことがない。
しかも行き先の大半が韓国だ。
なぜ韓国かというと、端的にコスパが良いからだ。近いために渡航賃は安く、物価もさほど高くない。
そして何より、韓国の記事は読まれやすい。例えば『日本人のお墓を建材に使った韓国釜山のスラム街』なんて記事を書くと「許すまじ!!」という右っぽい人も「『許すまじ!!』という奴、許すまじ!!」という左っぽい人も読む。結果的にたくさんの人に読まれるのである。まあ、左右ともに喧嘩を売られるので少々めんどくさくはあるのだが。
というわけで、韓国旅行を「安さ」で選んでいる俺は、当然宿も安い場所に泊まりたい。
現地で安い宿を探すので、日本からホテルを予約していかない。
このやり方で困るのは、飛行機内で書かされる入国カードを書くときだ。「滞在先の住所」を書かなければならない。
適当に「HOTEL AMERICA」と書いたら空港で「そんなホテルはない」と揉めてしまった。出かける前に、実在のホテルの名前をメモっておいたほうが賢明だ。
歌舞伎町+西成=ヨンドゥンポ
ソウルを訪れる時は、ヨンドゥンポ区という場所に宿を取る。ソウルの南西部にある区で、日本で例えるなら、新宿歌舞伎町と大阪西成を混ぜたような場所だ。
まずデカい施設としては、ロッテ百貨店や、韓国最大級の複合ショッピングモール「TIMES SQUARE」がある。ちなみに俺は、日本では上映しない反日映画を見るためにロッテ百貨店の映画館に行ったことがあるだけで、ほとんど足を運んだことがない。
巨大な施設の足元は、昔ながらの街並みが広がる。
小さい工場や廃品回収業などが並ぶエリアでは古い車が停まり、砂やホコリが舞っている。
労働者向けの飯屋もあって、豚の顔の皮や、豚足など食材が積まれていて、なかなかワイルドだ。デカい鍋に、骨付き肉を放り込んで煮ただけの辛いスープが安くてかなり旨い。
対象的な綺麗な飲食店もある。若者向けの飲食店や飲み屋、中高年向けの渋いレストランなどもたくさんあって便利が良い。ここらへんは歌舞伎町っぽい。
ヨンドゥンポ駅から西のあたりは、日本で言うドヤ街な雰囲気だ。道端に座って酒を飲みながら大きな声で話していたり、大の字になって寝ているオッサンがいる。
「チョッパリ(日本人)が歩いてるんじゃねえよ」
と怒鳴られたこともあるが、日本のドヤ街と同じで、ぐてんぐてんに酔った爺さんだったので
「走れば逃げられるな」
と思ったので怖くなかった。
ちなみに、かなりの回数韓国に足を運んでいるが、日本人という理由で罵声を浴びせられたのはトータル2回だけだ。反日施設に行こうがスラム街に行こうが、基本的に嫌なことを言われたことはない。
韓国の一番の宗教はキリスト教なので、壁にはキリストの絵が描かれていた。しかし、どう見ても麻原彰晃っぽい雰囲気だった。
日本のドヤ街と同じく福祉の街になっており、昼間には炊き出しに並んでいる人もよく目につく。キリスト教団体の炊き出しもあって、ヨンドゥンポ駅前(つまりロッテ百貨店の前)でもキリスト教の炊き出しが行われていた。
炊き出しの後にはコンサートが開かれていた。女性がキリストに捧げる歌を歌っていた。その歌い手の前で、全身入れ墨のどう見たってカタギではないオッサンが、跪いて賢明にお祈りしていたのが印象的だった。何があってそんなに神に祈っているのか聞きたかった。
ソウルの“ドヤ事情”
ドヤ街的なので「ドヤ=宿」はある。
まず、安いモーテルがいくつかある。温泉マークが書いてあるのが特徴だ。利用料金は2~3000円と安い。部屋は綺麗だとはいいがたいし、シャワーとトイレが一緒になったあんまり使いたくない感じのお風呂だが文句は言えない。
同じ値段でもう少し良い設備のホテルもあったのだが、エレベーターが壊れており(木の板が打ち付けてあり、今後直す気はないらしい)、7階まで歩いて登らなければならず、スーツケースを持って旅行している者には地獄だった。
ドヤ=宿と書いたが、ここらへんは簡易宿泊施設ではなくて、そもそも売春用の連れ込み宿だ。ラブホテルとして、カップルでも利用できるので、2人で泊まればより安くすむ。ただ、10年以上モーテルに泊まっているが、女性が出入りしているのを見たり、あえぎ声が聞こえてきたりしたことは一度もなかった。韓国にも普通のラブホテルはある。一度、日本で民泊に宿を取ったのだが、到着が飛行機の遅れで深夜になってしまったのもあってどうしても到着できないことがあった。疲労の極地で編集(男)と2人でラブホテルに入ったが、5000円くらいで非常に綺麗だった。
ダブルベッドに男2人で寝なければならないのは少々地獄みがあるが、まあ部屋で雑魚寝してると思えば問題はなかった。
そういうラブホテルもたくさんあるので、わざわざヨンドゥンポの安モーテルで一発やる人は少ないのかもしれない。
モーテル以外の宿はかなり強烈だった。
初めて来た人は宿とは認識できないかもしれない。木の板で作ったようなDIY感あふれる掘っ立て小屋がズラッと並んでいる。これらは旅人宿と呼ばれる安宿だ。
値段は1000円くらいとかなり安い。西成でも1000円で泊まれる宿はまずない。
一度くらいは泊まってみたいと思い、声をかけると中からメガネで小太りの真面目そうなオジサンが出てきた。色々説明してくれたが、唯一の禁止事項は『売春婦は連れ込まないこと』だった。ラブホテルとしては使ってはいけないということだ。女性を連れ込むつもりはなかったので、OKして泊まることにする。宿の中に入ると、
「1000円が適正価格かもしれない」
と思うほど、なかなかにボロボロだった。
部屋はそこまで汚くはないのだが、違和感はすごくかった。壁がピンクに塗られている。布団もピンク色のバラだった。
そして『ドアだったような部分』が塗り込められている。元々は土間だったのだろうか? めちゃくちゃ気になった。もちろんエアコンはない。久しく見たことがない、ブラウン管テレビが置いてあった。
とりあえずひとっ風呂浴びるか、と思い共同風呂に行く。部屋に鍵はないので、カバンを背負って風呂に行く。洗面台には、大量の歯ブラシと剃刀が積まれていた。皆が適当に使って放置しているようだ。
勘弁してくれよ~と思いながら、蛇口をひねるが当たり前のようにお湯は出ない。寒い時期ではなかったが、水で体を洗うのはなかなか酷だった。
まあ、なんにせよ1000円で寝られるのはありがたいわ~と布団に入ると、ノックが。先程説明をしてくれた小太りなオジサンが立っていた。
「日本人と話すのが好きなんだ」
と言って、ビールとかっぱえびせんを渡してくれた。1000円の宿で、こんなサービスしたら元が取れないんじゃないか? と思う。
日本人と話すのが好きだ、と言ってた割には、オジサンがかなり積極的に話した。
「俺は獣医師免許を持ってるんだ」
「友達が日本の大学に通っているんだ」
みたいな軽い自慢話が続いたが、どんどん暗くなっていく。
「外国人と結婚したんだけど、離婚した。この仕事もやりたくないんだ。もういつ死んでもかまわないんだ。マポ橋から飛び降りようかと思うよ」
とぼやく。ちなみにマポ橋はソウル市の真ん中に流れる漢江という大きな川にかかった大きな橋だ。自殺の名所として有名だ。マポ橋は金融街から近くにかかっている。株などに失敗した人が、そのまま飛び降りることもあるそうだ。
橋の欄干には「ちょっと休まない?」「ゴリラの血液型は全部B型だよ」のような気を紛らすような文言が書いてあったり、家族や食べ物の写真が貼ってあったりした。
この試みが受けて、テレビなどで取り上げられたという。しかしテレビで取り上げられたのが仇になって、自殺者はさらに急増したそうだ。結果的に、欄干を高くして乗り越えづらくしたそうだ。最初からそうしておけば良かったね。
オジサンには悪いのだが疲労困憊で話の途中で、眠りに落ちてしまった。
ギラギラ光る、欲望渦巻く
西成の近くには、ちょんの間街である飛田新地があるが、ヨンドゥンポにも「ちょんの間」がある。昼間は普通にサラリーマンや学生が通る通りだ。ガラスが貼られたプレハブがズラッと並んでいるだけの光景だ。
夜になると、ピンクの照明がギラギラと輝き、ガラス戸の向こうにセクシーな女性が立つ。飛田だと座敷に座っているが、こちらはそれぞれ立って、より積極的にアピールしてくる。
対面商売なだけあって、女性のレベルは高かった。ただ、昔から韓国に来ている人に話を聞くと、
「昔はもっとレベルが高かった。デリヘルに流れてレベルが下がった」
とのこと。
近くには、フリーで客をひいている女性もいる。買われた女性は、俺が泊まっているモーテルなどに移動してセックスをするわけだ。容姿などは、ちょんの間よりもさすがに劣る。かなり太った女性に急に抱きつかれ、
「セックスしたいヨ!! 40000ウォンだヨ!!」
と日本語で叫ばれて、ビックリした。
変わっていく街並みとともに……
ヨンドゥンポは韓国旅行のベースになる街で思いもひとしおだ。
ここ3年はコロナだったので韓国には行けなかった。今年になって久しぶりに出かけ、やっぱりヨンドゥンポに泊まった。
かなり変化が進んでいた。
太ったオジサンの旅人宿も、その周りの多くの旅人宿とともになくなっていた。
麻原彰晃似キリストの絵が描かれた壁もなくなっており、地域全体が再開発されているようだった。街全体がキレイになっていっているようだった。
街全体が再開発されて住みやすくなっていくのは良いことだが、思い出がある風景がなくなっていくのはさみしいものだ。
だが、それでも長い目で見たら全てのものは変わっていって、いつかは消えるのだからしかたがない。
とはいえ、韓国内にはまだまだ味のあるモノはたくさんあるので、またすぐ行こうと思っているのである。