村田らむの”裏・歳時記2023”【2月】~韓国・肉の迷宮へ~

「ホームレス」や「樹海」取材のパイオニアである村田らむさんの案内で巡る、メジャ~&激込み~&つまんな~い観光名所紹介とは一線を画す、日本の裏側を覗く旅。ーーいえいえ、今回は「裏・歳時記」初めての海外へ!!

そう、前回「成田空港」で宿泊し、プチ難民体験をした翌朝。らむさんは韓国へと向かったのです。

村田らむ
一九七二年生まれ。愛知県名古屋市出身。ライター、漫画家、イラストレーター、カメラマン。ホームレスやゴミ屋敷、新興宗教などをテーマにした体験潜入取材を得意とし、中でも青木ヶ原樹海への取材は百回ほどにのぼる。著作に『樹海考』(晶文社)、『ホームレス消滅』(幻冬舎新書)、『人怖 人の狂気に潜む本当の恐怖』(竹書房)などがある。

食通を試す、激ウマで激ヤバなグルメスポットとは? お隣の国のウラガワ、覗いてみましょう。

成田宿泊から一夜明けて

 1月、久しぶりに韓国旅行に出かけた。
 前回は成田空港で宿泊したが、そのまま同行者と合流して韓国行きの飛行機に乗り込んだ。同行者は、韓国旅行に行き過ぎて、韓国語がしゃべれるようになってしまったという、韓国マニアの編集者である。
 空港で一泊過ごしてから、飛行機に乗るのはさぞかし大変だろうと予想していたが、早朝から電車を乗り継いで成田空港までやってくるより気持ち楽だった。

 同行者とは10年以上前から定期的に韓国に行っている。俺が韓国に行く一番の理由は、比較的安い値段で旅行することができ、記事になるネタも結構ある国だからだ。旅行なんだから「ネタを拾う」とか「金を稼ぐ」とか考えずに行ったほうがいいんじゃないか? とか言われるが、こればっかりは性分だからしかたがない。

 ちなみに最後に韓国に行ったのは2020年の2月上旬。ちょうど韓国の新興宗教内でのパンデミックが判明した翌日だった。
 まだ日本は深刻なムードではなかったのだが、韓国はものすごいビリビリしたムードになっていた。
 日本でも韓国でもマスクが不足していて手に入らなかった。ノーマスクで歩いているとジロジロ睨まれた。

 現在もまだコロナの影響は残っていて、出国前にK-ETA申請、Q-CODE登録、となかなか手続きが大変だったが、登録さえすませてしまえば、スマホでピッピッと通れて非常に楽だった。逆に
「こんなに楽でいいの??」
 と思った。「ワクチンを打っている」という証明さえ出せれば、熱さえはかることなく、飛行機に乗りこめるのだ。……まあ、面倒よりは楽なほうがいいけど。

編集部注:K-ETAは韓国が発行する電子渡航認証(ビザの代わりのようなもの)。Q-CODEは検疫情報事前入力システム。手続きすると入出国時の検疫が大幅に簡略化できる。

 韓国国内の様子も日本とあまり変わらなかった。どの街も賑わっていた。まだまだマスクをしている人が多いが、緊迫感は感じない。ちなみに電車内には車内を巡回し
「ちゃんと鼻までマスクをかぶせてください」
 と指示する、通称マスク警察(比喩ではなく本物の警察官)がいた。

 コロナの影響で、韓国でも多くの店が潰れてしまったようだった。
 コロナとは直接関係ないが、よく泊まっている永登浦(ヨンドゥンポ)のあたりの日本でいうドヤ街のあたりも、再開発が進みだいぶキレイになってしまって個人的に残念だった。

▶かつての韓国のドヤ街「ヨンドゥンポ」

 3年も経つと、だいぶ雰囲気が変わってしまうものだ。

賑わいを取り戻しはじめた韓国で

 海外旅行で一番楽しみなのはやっぱりである。ただ実は年々辛いものが苦手になってきている。辛いものを食べるのは平気なのだが、食べた数時間後にお腹が痛くなってしまうのだ。そして猛烈にトイレに行きたくなってしまう。海外旅行中にトイレに行きたくなってしまうのは、非常に怖い。
 だから、近年では韓国やタイに旅行に出かけた際は、辛いものは控えめにしている。
 韓国旅行で辛いものが食べられないのは、かなりつらい。ただ、韓国にも辛くない料理もある。というわけで“焼肉”を食べに行くことにした。

 ソウル市東部にある馬場洞(マジャンドン)にある馬場畜産物市場にやってきた。ここは一言で言えば、肉屋さんが集まる商店街だ。こう書くと、7~8軒の肉屋さんが並ぶ穏やかな雰囲気の商店街を思い浮かべるかもしれない。
だが現実にはめちゃくちゃ大きい規模の商店街だ。見渡す限り、何百軒もの肉屋が並んでいるのだ。肉屋の隣は肉屋で、その隣も肉屋で、肉屋、肉屋、肉屋……、ずーっと肉屋なのである。
 初めて来たときは、その規模に圧倒されてしまった。どこまでも続く商店街を描いた筒井康隆の小説『十二市場オデッセイ』や、無限増殖する横浜駅を部隊にした『横浜駅SF』を思いだした。

 馬場洞には、もともと屠殺場があった。屠殺場で肉を捌いて、それを、肉屋に卸して販売していたのだ。1998年に屠殺場は移転してしまった。しかしその後も肉屋だけは残った。韓国全土から肉が集められて販売される街になっている。

●●の匂いの記憶

 この街の話をしていると、
「犬肉も売ってるんですか?」
 と聞かれることが多い。しかし、馬場洞では牛肉と豚肉だけが売られているようだ。犬肉はなかったし、それどころか鶏肉や羊肉もなかった。

 最初に韓国で犬肉を食べたのは2014年。韓国ソンナム市のモラン市場へ足を運んだ。
 モラン市場は毎月4と9のつく日にだけ開催される総合市場だ。一日では到底回れないほど広い。獣臭がして見ると、オリに入ったヤギ、アヒル、ニワトリなどが並んでいた。

 最も数がいたのが犬だった。真夏だったので、オリの中の犬たちはぐったりとしていた。
 市場の周りには犬肉料理が食べられるお店が並んでいた。店内には耳を紫色に染められた小型犬が座っていた。このレストランのマスコットキャラらしいのだが、さすがにちょっと悪趣味だと思った。
 一家で経営しているお店のようだった。

 補身湯(ポシンタン)を注文する。ポシンタンという言葉には犬肉料理という意味はないのだが、犬肉の辛味スープの隠語になっている。
 犬の筋肉と内臓と香草を煮込んだスープだ。
 かなりスパイシーな味付けで最初は分からないが、食べているうちに犬の臭いがしてくる。犬をハグした時に香ってくる臭いだ。
『チェンソーマン』の第二章で「濡れた犬の匂い」という言葉が印象的に出てくるが、どうにも韓国で食べたポシンタンを思い出してしまってよろしくない。

 犬肉はプサン市のクポ市場でも食べた。
 大規模な市場で様々な食材が売られていた。モランの市場とは違い、一年中開かれていた。
 犬肉ゾーンはメインから少し外れた場所にあった。お店の前のテーブルには、内臓を抜かれて丸焼きにされた犬が並べられていた。

 犬たちのオリの前にバラバラになった犬肉が商品として並べられていた。どういう気持で仲間のバラバラ死体を眺めているのだろう? と思うと、むず痒いような気持ちになった。
 眺めていると、赤いエプロンをつけた女性が近づいてきた。満面の笑みで、親指を上に突き上げている。
「犬肉を食べると、勃起力が上がるよ」
 と言いたいらしい。
 店内に入ると、中高年の男性ばかりがズラッと座っていた。勃起力を上げたい人たちなのだろう。

 犬肉の蒸し料理を注文した。スライスした肉を蒸して食べるというシンプルな料理だった。シンプルなだけに素材の味がダイレクトに舌に響く。やっぱり犬を抱いた時の臭いだ。小学校時代に飼っていた、コリーを思い出した。

 そんなソウルの市場も、プサンの市場も、動物愛護団体の圧力もあって潰れてしまった。犬の牧場も1件しかなくなった、との噂も聞いた。
 今回も犬肉レストランを調べてみたが、行く店行く店潰れていて、結局たどりつけなかった。韓国の犬肉文化は、もう消滅寸前なのである。

肉の迷宮「馬場畜産物市場」

 俺たちが、馬場畜産物市場に到着したのは夕飯時だった。立体的な牛の像が飾られた、商店街入り口のゲートをくぐる。
「夜だから閉店している店も多いかもしれないですね」
 と編集者が言った。しかし街はまだまだ活気に溢れていた。どの店も肉を処理するのに大忙しだった。
 包丁でガンガンと肉を切り分け、フックで吊るし、冷蔵庫で冷やす。

 テーブルの上に並んだ豚の生首の、血管や神経がむき出しになっている部分をバーナーで焼く人。取り出した内臓をザブザブと水で洗う人。

 店頭にはザルやオケに入れられた肉や内臓が山のように積まれている。
 キッと停まったトラックからは数十の牛の首が出てきて、総出で店内に運んでいる。

 余談だが、俺は動物を骨格標本にするのが趣味だった。豚、熊、鹿の頭部は手に入れて、茹でて骨格標本にした。
 牛の骨格標本もぜひ作りたいところなのだが、牛の頭は非常に大きい。しかも狂牛病が流行って以降、あまり出回らなくなってしまった。
 そんな昔から欲しかった牛の頭がゴロゴロと転がっている。物欲が少ない俺としては珍しく
「この牛の頭欲しい!! 売ってくれないかな?」
となったが、
「数十キロはある頭をどうやって持って帰るんだ? というか税関絶対通れないだろ!!」
 と冷静な判断して泣く泣く諦めた。
 まあ無理して買って帰ってきても、頭を煮る鍋もないし、埋める場所もないし、骨格標本を作るのには非常に苦労したとは思うが。
 まだやや後ろ髪を引かれている。

 どの店も活気に溢れていて、
「宮崎駿がアニメにしたら良さそう!!」
 なんて思う。
「村田さん食欲大丈夫ですか? この街にくると意見が真っ二つに分かれるんですよ。
『食欲がわいた!!』という人と、『食欲がなくなった……』という人に」
 確かに、スーパーでは見ることのない、元の形を残した肉がたくさんある。
「生き物を殺して、捌いて、食べ物にしている」
 というのがハッキリと分かる。
『食欲がなくなる……』という人の気持も分からなくはないが、あいにく俺は食欲がグワー!! っとわいてきた。

バラしたてを食おう!

 食欲がわいた人向けに、肉屋の二階で肉を焼いて食べられる店舗もある。また商店街と併設する形で、焼肉の街がある。
『馬場洞焼肉横丁』の入り口には黄金の牛と豚の像が設置されていた。

 日本人に向けて
『いらっしゃいませ』
『おいしい焼肉』
 などと書かれている店もあり入りやすい。
 昔にも来たことがあって、その頃は30軒ほどの店が並んでいたのだが、店はだいぶん減っていた。なんでも火事が出てしまったらしく、焼失した店の部分は白い鉄の塀で覆われていた。

 それでも営業している店は多く、店の前を通ると客引きされる。せっかくなので賑わっているお店に入る。

 肉の盛り合わせを注文すると、ジャンジャン肉が運ばれてきた。
 おばさん店員が、丸いテーブルの真中に設置された炭のコンロの上に肉を並べる。ジュウジュウと音を立てて肉が焼けていく。最初だけ店員さんがやってくれたが、あとは自由に焼く。赤身のさっぱりしたお肉が多いので、胃にたまらずたくさん食べることができる。

 こんなに食べれるかな? と思っていた肉がどんどん、胃の中に消えていく。
 そら目と鼻の距離で肉を捌いて持ってきているのだから、品質は絶対良いに決まっているのだ。

 値段は一人6~7000円くらいと、
「激安!!」という感じではなかったが、それでもめっちゃくちゃ満足感があった。
 周りの席でも肉をガツガツ食っている。肉を食いながら、チャミスル(焼酎)をクイクイ飲んでいる。みんな顔を真っ赤にして楽しそうだった。

 韓国でオススメの飯を聞かれたら、馬場畜産物市場と馬場洞焼肉横丁を紹介するようにしている。
 市場は比較的閉まるのが早いが、焼肉横丁は23時くらいまで営業しているので、ゆっくりと遊びに来ても大丈夫だ。
 韓国旅行で焼肉が食べたくなったら馬場洞に行ってみよう!!

 などと……書いていたら、無性に焼肉が食べたくなってしまった。

▶これまでの「裏・歳時記」

文・村田らむ Twitter:@rumrumrumrum

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