2022年明けから始まった、ケムールの国内旅行連載。毎月、日本のちょっと変わったスポットを訪ねていきます。
メジャーな観光地とは一線を画す、超穴場紹介です。
その旅の案内人は「ホームレス」や「樹海」取材のパイオニア、村田らむさん。
村田らむ
一九七二年生まれ。愛知県名古屋市出身。ライター、漫画家、イラストレーター、カメラマン。ホームレスやゴミ屋敷、新興宗教などをテーマにした体験潜入取材を得意とし、中でも青木ヶ原樹海への取材は百回ほどにのぼる。著作に『樹海考』(晶文社)、『ホームレス消滅』(幻冬舎新書)、『人怖 人の狂気に潜む本当の恐怖』(竹書房)などがある。
うららかな4月は一年で最初のお祭りの季節です。各地の神社で催される桜祭り、花みこし。諏訪大社の「御柱祭」は今年は「密」を避けるため巨大な御柱をトラックで運んだことでも話題になりました。キリスト教文化のなかではイースター(復活祭)も親しまれています。
そして仏教では、あの大切なお祭りが。
さて、らむさんが向かった「日本のウラガワ」は――。
日本一の大仏?
4月8日は釈迦(ゴータマ・シッダールタ)の誕生日として『花まつり』と呼ばれ、祝われる。実は釈迦が4月8日に生まれたという証拠はないらしい。国によっては違う日が誕生日になっていたりするし、そもそも釈迦が生きていた年代ですら説によって200年ほどズレがある。
でも、ただの『花まつり』より、釈迦の誕生日と思ったほうが楽しい気がする。
どうせ釈迦の誕生日を祝うなら、大仏をお参りしたい!!
そんなことを思いながらネットサーフィンをしていたら
「日本最大の大仏坐像は、実は”福井県”にある」という情報を得た。
(神奈川県鎌倉市・高徳院)
それは、福井県勝山市・大師山清大寺にある、『越前大仏』だという。
日本最大なのに存在すら知らなかった。
「大師山清大寺の『越前大仏』って知ってます?」
知人数人に聞いてみると、
「知らない」
と、みんな首を横にふった。
日本一なのに全然知られていない大仏……興味深い。
SFのような境内
(奈良県奈良市・東大寺・盧舎那仏像)
知人の自動車で現地まで足を運んだ。
大師山清大寺は、勝山駅から徒歩30分くらいの場所だった。
駐車場はかなり広かった。
スケジュールが押してしまい、閉館まで2時間を切った頃に着いたのだが、それにしても僕ら以外には1台しか止まっていなかった。
あとで聞いた話だが、県内で大人気の『福井県立恐竜博物館』は、越前大仏から徒歩1時間とそこそこ近い場所にある。博物館の繁忙期には、駐車場を貸すこともあるそうだ。
ということは、越前大仏の駐車場は埋まらないということだろうか?
入り口に向かっていくと、大きな商店街が並んでいるのだが、全く営業していない。
廃墟のように壊されたりしていないぶん、逆にちょっとSFのような怖さがある。
まるで、人間だけがいなくなってしまった世界だ。
でも拝観料をおさめるカウンターはちゃっかり生きていた。
大人500円という安めの拝観料を払って、境内にはいる。ちなみに拝観料は当初は3000円だったそうだ。客が入らないから値下げしたのだろうが、結局500円にしても賑わっている様子はない。
人がいないから廃墟みたいになっているのではないか? と思ったが、境内はとても綺麗な状態に保たれていた。
そして遠目に五重塔が見えたのだが、これがちょっと感覚がおかしくなるくらい馬鹿でかかった。
高さは75メートルで日本最大だ。京都の東寺の五重塔より20メートル以上も高い。それぞれの階層に仏像があるそうだが、時間が足りなくて断念した。
エレベーターで最上階に登ると、眼前に勝山の街が広がる素晴らしい光景が見えた。
ちょっと想像を絶する豪華さだ。
「この施設、めちゃくちゃお金かかってんな……」
と思わず独り言をこぼしてしまった。
いよいよ日本最大の大仏坐像と対面
五重塔の隣には、メインである大仏殿が建っていた。大仏殿もサイズ感が狂ってしまうほど大きかった。大仏殿の中は、やはり大変豪勢な作りだった。日本一大きいという大仏の坐像の高さは約17メートルだ。
立っている大仏だと、茨城県の牛久市にある牛久大仏が日本最大で、全高120メートルという常軌を逸した大きさなので、比較するとだいぶ小さく感じてしまう。
ちなみに鎌倉大仏の像高が約11メートル、奈良の大仏が約15メートル。建物内にあって、座っている大仏の中では越前大仏が日本最大だ。
結局物の大きさを判断するのは、周りにあるものとの比較である。牛久大仏の周りにはほとんど何もないが、大仏殿にある大仏は建物と大きさを比べることができるので、より大きく感じる。
中国の、洛陽郊外の奉先寺の大仏をモデルに建てられたそうだ。仏の種類は盧舎那仏像(るしゃなぶつぞう)だ。奈良の大仏と同じタイプの仏である。
実は盧遮那仏は、釈迦ではない。
釈迦を超越した宇宙仏だ。
もっとわかりやすく言えば、釈迦の上位互換な存在だ。
「ええ~!! 釈迦じゃないなんて、インチキじゃん!!」
と思うかもしれないが、日本のお寺でよく信仰対象にされている、阿弥陀仏も大日如来も釈迦の上位互換、アップデート版みたいなものである。
一作目のガンダムが釈迦だとすると、盧遮那仏はガンダムMk-II、阿弥陀仏はZガンダム、大日如来はZZガンダム、みたいなものである。
大仏の周りには、釈迦の弟子の阿難陀(アーナンダ)の像が並んでいた。釈迦はいないのに、弟子はいる。取りあえず、誕生日おめでとうございますとお祈りをしておいた。
誰がこの施設を作ったのか?
清大寺には、それ以外にも様々な物が展示してあった。中国の国宝『九竜壁』を模した巨大な壁が展示してある。
大きな日本庭園も作られている。
境内の至るところに仏像が設置されていて、その数は実に1000を超えている。
歩いているだけでそのスケール感に圧倒される。今までにもちょくちょくとお寺は回ったが、ここまで大きい施設はまれだ。
しかしそれなのに、僕ら以外に誰もいないのがすごい気になった。
五重塔に登った時に一組だけカップルがいて、結局すれ違ったのはその2人だけだった。
誰がこの巨大な施設『越前大仏』を作ったのだろうか?
そしてこんなに誰も観光客がいないのに、やっていけているのだろうか?
実はこの施設は、関西のタクシー王、相互タクシーの創業者・多田清氏の手によって建立されたものだ。建設費用は実に、380億円と言われている。
380億円である。とんでもないお金だ。
ちなみにロサンゼルス・エンジェルスの大谷翔平選手の年俸が13年間で約380億円である。
数多くのタクシー運転手さんがミツバチのようにコツコツと稼ぎ、女王蜂に上納されたお金で建てられたのが越前大仏というわけだ。
なんだか盧遮那仏の背後に無数のタクシードライバーの魂が浮かんでいるような気すらしてきた。
これだけの建物は維持するだけで、ものすごいお金がかかるはずだ。
数えるほどしか参拝者がいない有様では、焼け石に水どころの騒ぎではない。
実際に建立した1987年の直後から参詣者は伸び悩み、1996年には納税が困難になったという。実は、当初は宗教法人にしていなかったため、納税の義務があったのだ。2002年以降は、勝山市が管理するようになり、敷地内の建物は公売に出されたが結局買い手は見つからなかったという。2018年には滞納市税約40億8千万円を不納欠損処理し、差し押さえを解除した。
税金の額だけで40億円超ってとんでもない。
昭和の夢を感じる史跡
さらにすごいのは、多田清氏が建てた建物はここだけではないということだ。地図を見ると、清大寺から南に徒歩で20分ほど歩いたところに勝山城博物館という巨大な施設があるのを発見した。
せっかくなので、足を運んでみることにした。勝山城博物館という名前だと、普通の建物かと思ってしまうが、まさに巨大な城だった。形は姫路城を模した、いかにも立派なお城である。
田んぼの真中にドーン!! とめちゃくちゃ大きい日本の城が建っているのは、これまたものすごい不自然だ。悪夢を見ているような錯覚にとらわれる。
パッと見は日本の城なのだが、他にはない特徴がある。石垣に、9匹のドラゴンが彫り込まれているのだ。勝山市といえば恐竜の化石が発掘されることが有名なのと、九頭竜川が流れていることにちなんだらしい。しかし、石垣に竜が彫られているだけで、こんなに下品な感じになるんだ!! と驚いた。麻雀番組のオープニングとかに、ドーンと登場しそうな雰囲気だ。
この城も、清大寺とほぼ同じ時期に建てられている。清大寺ほどではないにしろ、かなりの建設費用がかかっているのは間違いない。
残念ながら開館時間を過ぎてしまっていたため中に入ることはできなかった。館内には、江戸時代の屏風や武具などが展示してあるそうだ。正直、外から見ただけで満足かな? という感じではあった。しかし、館内の収集物だってお金を払って集めている。ついでに、多田氏は勝山にホテルも建てたそうだ。
どの施設も、無数のタクシードライバーさんが働き蜂のように汗水たらして働いたお金が、惜しげもなく投入されているのだ。
相互タクシーは2008年に破産した。負債総額は240億8400万円。福井県内の倒産では、過去最大の負債総額となったという。
「こんな兵どもが夢の跡を、500円で見られるなんて幸せ!! ハッピーバースデーお釈迦様!!」
と思いながら帰路についた。