村田らむの”裏・歳時記2022”【5月】「こどもの日」に鯉のドギツイ生命力を知る

2022年明けから始まった、ケムールの国内旅行連載。毎月、日本のちょっと変わったスポットを訪ねていきます。
メジャーな観光地とは一線を画す、超穴場紹介です。
その旅の案内人は「ホームレス」や「樹海」取材のパイオニア、村田らむさん。


村田らむ
一九七二年生まれ。愛知県名古屋市出身。ライター、漫画家、イラストレーター、カメラマン。ホームレスやゴミ屋敷、新興宗教などをテーマにした体験潜入取材を得意とし、中でも青木ヶ原樹海への取材は百回ほどにのぼる。著作に『樹海考』(晶文社)、『ホームレス消滅』(幻冬舎新書)、『人怖 人の狂気に潜む本当の恐怖』(竹書房)などがある。

5月。ゴールデンウィークが明け、五月晴れもさわやかななか、梅雨に向けて雨も多くなってきましたね。メーデー、端午の節句、みどりの日。この記事公開の5月17日は「パック旅行の日」だそうですが――。らむさんが向かった「日本のウラガワ」は?

独身男性の「こどもの日」の過ごし方

 5月と言えば、5月5日の「こどもの日」だ。

「こどもの人格を重んじ、こどもの幸福をはかるとともに、母に感謝する」

ことを趣旨とした国民の祝日だそうだ。
しがない49歳独身男性である俺には一番関係ない祝日な気もするが、中年男性にも子供時代はあったわけで、子供時代を思い出して母に感謝でもしておこうかと思う次第である。いや……母に対する感謝は数日後の母の日にしたら良いんじゃないだろうか?

さておき「こどもの日」と言って頭に浮かぶのは、五月晴れの空を泳ぐ鯉のぼりだ。
鯉のぼりは江戸時代にはじまった風習で、端午の節句に男の子が健全に成長するのを祝う。立身出世を象徴している。中国の、鯉が滝を登って龍になったという伝説から来ているとも言われている。
ヤクザ屋さんなどが入れている和彫の入れ墨で、鯉が多いのも同じ理由だ。
鯉と金太郎をセットにした“こいきん”という図柄も人気だ。金太郎がしがみついているデザインの鯉のぼりもあるし、金太郎が鯉を抱きかかえるデザインのタトゥーもある。
そもそも、なぜ鯉が立身出世や健康の象徴になったのだろう?
それはひとえに、鯉の生命力の高さ、元気さ、から来ているのだと思う。
そんな鯉のたくましさを感じることができるのが今回紹介する『南郷水産センター』である。

おさかな好きの天国へ

大阪から一時間ほどかけて、滋賀県の石山駅に到着、そこからバスにのって南下する。バス停を降りると、琵琶湖から流れる瀬田川の洗堰(可動堰)が見えた。橋をわたると、やっと目的の『南郷水産センター』に到着した。
はるばるやってきた理由が
「鯉に餌をあげるため」
というと、
「ばっかじゃねえの!! そんなのどこでもできるじゃないか」
となじられそうだ。
でも普段散歩で歩く池にも鯉は泳いでいるがたいていは『エサやり禁止』と看板が出ている。自由にエサをやれる場所は案外少ないのだ。「心いくまでエサをやりたい!!」という気持ちの人もいるだろう。

施設の入り口には『さかなと遊べるパラダイス』と書いてある。なかなか胸ときめくキャッチコピーである。
大人400円を払って、園内に入る。
コイの釣り堀、船の釣り堀は時間無制限完全リリースで700円。ルアーフィッシングは3尾キープできて2時間2000円~。金魚、フナ、鮎のつかみどり20分300円~と魚好きは一日中遊ぶことができる。

センターのコイ釣り場。「大物がうようよ」という表現にあやしい生命力を感じる
画像出典:滋賀県南郷水産センター

園内にいるのは、子連れの若い家族が多かった。
「キャーキャー!!」
と子供の叫ぶ声が響いている。
「うるせえガキだなあ」
と思ったが、いやいやこどもの人格を重んじなければ、と反省する。

すぐにでもエサを上げたい気持ちを抑えて、まずは入り口近くにある水産資料館『さかなとびわこ』に入ってみた。
館内には大きな水槽がドンと置かれている。槽内は緑色の藻がたくさん発生していて、その中を鯉やブラックバスが泳いでいる。正直やや不気味である。
琵琶湖の水産の様子や問題点が壁に貼られている。内容は琵琶湖の環境を保つためにどのような活動をしているのかが解説していた。
なかなか興味深い展示だったが、晴天の中、地味な展示を見に来る人は少なく、ほとんど誰もいなかった。

餌にむらがるコイの卑しさに心躍る

いよいよ鯉のエサやりコーナーに向かうことにする。あらかじめ、100円の粒状のエサと、150円の棒麩をたくさん購入した。


『「コイ」はこちらの池です。足もとまで、来るのでかわいがってね! 池にはまらないでね!』
と書かれた看板の矢印に従って進むと人造池が見えてきた。鯉が酸欠にならないようにするためか、バシャバシャと大きな水車が回っている。
おそるおそる池にパラパラパラ~とエサを撒くと、たくさん魚影が、みるみるうちに足もとに集まってきた。ほとんどは黒いが、中には赤や金の魚影もいる。全員、目玉をむき出しにして、エサに群がる。

「ぎゅぼ!! ぎゅぼ!! ぎゅぼ!! ぎゅぼ!! ぎゅぼ!! ぎゅぼ!! ぎゅぼ!!」
という音が鳴り響く。
鯉たちがエサごと水を吸い上げるバキューム音だ。太陽光が反射して鱗がヌラヌラと光る。エサをやり続けるとますますどんどん鯉が集まってくる。しまいには鯉と鯉の隙間はほとんどなくなり、あとから来た鯉は仲間の上をよじ登り「ぎゅぼ!! ぎゅぼ!!」と仲間の頭に乗っているエサを吸いはじめた。


美しい赤いコイも身を乗り出す

 押し合いへし合い、吸い付きあって、撒かれたエサが高速で鯉たちの胃袋に入っていく。
芥川龍之介の『蜘蛛』で、糸を登るカンダタの下を登ってくる亡者たちを連想してしまった。『魚と遊べるパラダイス』って書いてあったけど、むしろ地獄みがある。
子供には刺激が強すぎるらしく、
「うわーん!! こわいー!! わー!!」
と泣いている子供もいた。
隣にいた60歳くらいのオバサンは、エサを食べる鯉に向かって怒鳴りだした。
「なんやえらい貪って!! 餓鬼やな!! 卑しい食べ方をすな!!」
鯉は卑しい食べ方しかできないんだろうから、仕方あるまい。

かつてこどもだった大人の皆さんもぜひ


 結局、1500円のエサを鯉にあげたけど、想像の何倍ものインパクトがあった。
ちなみに鯉以外の魚にもエサをあげられるコーナーはあった。『そうぎょ、あおうお、はくれん』と説明がある鑑賞池にいる魚は、どれもちょっとビビるくらい大きい。どの魚も、鯉よりはおとなしく食べるのだが、たまにバッシャーン!! と大きく飛び跳ねる。池のフチに立っていた人たちは、全身ビショビショになってしまった。

ちなみにセンターでコイが食べられるかと調べたが、提供はしていないそう。鮎やマスは時期によっては味わえる。

画像出典:滋賀県南郷水産センター

チョウザメが泳ぐ池は人気がなかった。
チョウザメといえば貴重な古代魚である。卵はご存知キャビアである。そんな珍しい魚が外の丸いプールを泳いでいたら見たいだろう。ただ、チョウザメは上から見ると、ものすごく見えづらいのだ。そりゃ、魚はより発見されないように進化したのだから、当たり前ではある。
子供たちは素通りである。だがジッと池の底を見ていると、這うように何匹ものチョウザメがゆっくり泳いでいるのがわかり、背筋がゾクリとした。
鯉のたくましさを知れて、家族で一日魚釣りやつかみ取りを楽しむことができる『南郷水産センター』はこどもの日にぴったりの施設である。
もちろん家族のない私が遊んでも楽しい場所であった。子連れの家族を見ていると小学生時代を思い出す。一軒家の庭に長いポールを建てて、鯉のぼりを泳がしてくれた。子ども=僕に健康になってほしいという願いをこめて……、だと思うのだが、当時の僕はずいぶん身体が弱かった。それでよく母親は
「こりゃ、この子は二十歳までは生きられんだろうなあー」
とぼやいていたそうだ。
鯉のぼりのおかげで健康に育って、ありがたい限りである。
……というか、子どもの寿命を見切るの早すぎ!

 

▶これまでの「裏・歳時記」

文・村田らむ Twitter:@rumrumrumrum

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