2022年明けから始まった、ケムールの国内旅行連載。毎月、日本のちょっと変わったスポットを訪ねていきます。
メジャーな観光地とは一線を画す、超穴場紹介です。
その旅の案内人は「ホームレス」や「樹海」取材のパイオニア、村田らむさん。
村田らむ
一九七二年生まれ。愛知県名古屋市出身。ライター、漫画家、イラストレーター、カメラマン。ホームレスやゴミ屋敷、新興宗教などをテーマにした体験潜入取材を得意とし、中でも青木ヶ原樹海への取材は百回ほどにのぼる。著作に『樹海考』(晶文社)、『ホームレス消滅』(幻冬舎新書)、『人怖 人の狂気に潜む本当の恐怖』(竹書房)などがある。
8月、今回は奇妙な暑気払いの旅?としゃれこみませんか。
目的地はらむさんのライターとしてのホームである「青木ヶ原樹海」です。(読者のみなさま、ついに樹海回ですよ)
しかもすてきな旅の仲間がご一緒とか。
みなさまが樹海を目指そうとする際は、くれぐれもお気をつけて。
自殺系女子と樹海に行こう
ツイッターに見知らぬ女性AさんからDMが届いていた。
「青木ヶ原樹海で自殺をしたいと考えているのですが、もしよろしければ樹海を案内してもらえませんか?」
俺は青木ヶ原樹海に関する本を出しているし、ちょくちょく自殺に関する記事も書いているので、たまにこういうメールが来る。
知人にこんなメールが来たと言うと、
「絶対に返信しないほうがいいよ」
「警察に通報したほうがいいよ」
「もし一緒に樹海に行ったら、自殺幇助になっちゃうよ」
と100%「連絡とるな」と言われるのだが、結局、
「OKです。行きましょう」
と返信してしまった。
善意ではない。
俺は『好奇心は猫を殺す』タイプの人間なのだ。
ただし、仕事の予定があって二ヶ月後しか無理だった。Aさんに
「二ヶ月後でも良いですか?」
と尋ねると、
「二ヶ月後か……。もし生きていたらよろしくお願いします」
と少し不穏当な返信がきた。
そして二ヶ月後、すっかり季節は夏になった頃、再びAさんに
「そろそろ約束していた日ですけど、生きてますか?」
とメールする。
正直、返信がある確率は半々かな? と思っていたが、すぐに
「まだ生きていました!!」
と返事が来た。
”正義の人たち”から逃れて
河口湖駅の駅舎の中で待ち合わせをした。
「こんにちは!! 村田さんですよね??」
待ち合わせに現れたのは、一般的に美人と呼ばれるタイプの女性だった。ただ、俺は彼女の容姿よりも、明るさに驚いた。
初対面なのに物怖じせずハキハキと喋り、よく笑う。「自殺したい」と言う人が全員暗いとは思っていなかったが、それでもここまで明るい人だとは予想外だった。
「村田さんと樹海に行くの待ちきれなくて、自分で行っちゃったんですよ!!」
とAさんは語りだした。
やはり二ヶ月は長すぎたらしい。
彼女はまず一人で、青木ヶ原樹海へ下見へ行った。オフシーズンの平日で他にはほとんど客はいなかったという。
女性一人で青木ヶ原樹海に行くと、自殺ストップのボランティアの人にまず止められる。彼らは“正義”のために行動している人だから、一度捕まってしまったらどんな言い訳をしようが付きまとってくる。
彼女もかなり付きまとわれたが、その日はなんとか振り切って家に帰ることができたそうだ。
そして数日後、今度は本当に自殺する覚悟で樹海へ向かった。
「思わず樹海に行く前に、お世話になってるカウンセラーの人に
『樹海で自殺します』
って告白しちゃったんですよね。多分、カウンセラーが警察に通報しました。
それでどうなったのか私にもわからないんですけど、乗ってた樹海行きのバスが、バス停でもない場所で停められたんです」
バス停でない場所に停まったバスに、警察官が何人も乗り込んできた。
「Aさんで間違いないですよね? この場で保護します」
Aさんはそのままパトカーに乗せられ、警察署に連れて行かれたという。
なぜ、Aさんがそのバスに乗っているのを警察がつかんでいたのかは、彼女にも全く分からないという。
一人でバスに乗っているAさんをバスの運転手が不審に思って通報したのか、それともカウンセラーから警察に連絡が行った時点で、警察が彼女の携帯電話の位置情報を監視していたのかもしれない。
「そのまま警察署へ連れて行かれて牢屋に入れられて……。説教されて、写真撮られて、体調悪くなっちゃいました。
そんなことがあったので今はさすがに樹海で自殺するのは無理かな? って思ってます。今回は観光だって割り切って来ました」
と言って、Aさんは楽しそうに笑った。
そんな話をしていたら、俺の知り合いのKさんが河口湖駅に到着した。
樹海の3人
Kさんは、一流企業で働きながら土日には青木ヶ原樹海に死体を探しに行くという、稀有な趣味を持っている人だ。
彼が今までに見つけた死体の数は、100体を超えている。俺もたまに一緒に樹海に行かせてもらっているが、そう簡単に見つかるわけではない。現在は、3~4回に1回見つかれば良いほうだそうだ。『死体を見つける』という目的のために、土日や休日を全て注ぎ込んでいる熱意は凄い。
Kさんの自動車に乗り込み、青木ヶ原樹海へ向かった。
念のために、いつも入り口にしている富岳風穴や鳴沢氷穴はやめて、目立たない場所にある登山道から入ることにした。
つまり、
“樹海の中で死にたいと思っているAさん”
と
“樹海で死体を探すのを趣味にしているKさん”
と
“樹海のルポを書く俺”
の3人で樹海に入っていったのだ。
Aさんは樹海の中を歩きながら、ロープを張れる枝を探している。
「樹海って細い枝が多いですよね……。こんな細い木では首吊ったら折れちゃいますよね?」
「いやそんなこともないですよ。意外と細い木で吊ってる人多いですよね、Kさん?」
「そうですね。足を地面につけて死ぬなら、木は細くても大丈夫だと思いますよ」
「そうかあ、足を下につけても首は吊れるんだ。ありがとうございます」
そんな会話が繰り広げられている。
飽くまで紳士的な会話だが、まあまあ狂っている。
AさんとKさんは、目的が一致しそうだが、微妙にズレている。
Aさんは「樹海で死んで見つかりたくない」
Kさんは「樹海散策で死体を見つけたい」
Aさんは当然「死体が見つからない方法」を聞く。
その答えは簡単で、なるべく樹海の奥の方に入っていったら見つかりづらくなる。
多くの自殺者はそれほど樹海の奥に入らずに死んでいる。探索するKさんや他の人達も、基本的には“人が死んでいそうな場所”を中心に探す。樹海の奥に進めば進むほど、見つかりづらくなる。
だが樹海は高低差があり、風景も見分けがつかず、まっすぐ進むのは非常に難しい。
だからGPSを頼りに進む人が多い。昔は、ガーミンなどのGPS専用機を使う人が多かったが、今はスマフォの地図アプリで十分代用がきく。
「登山用のこのアプリを使ってますよ。あらかじめ地図をダウンロードしておけるので便利です」
Kさんは、Aさんにそんな知識を与えつつ、なんとも複雑な顔をしている。Aさんが、樹海の中心部で死んでしまったら、Kさんは死体を見つけるのが難しくなる。
まさに“敵に塩を送る”状態なのだ。
樹海で待っていた「4人目」とは
Aさんに説明する時以外は、Kさんは“死体散策モード”になる。ゆっくり歩き、ゆっくり周りを見渡す。時に鼻でクンクンと死臭を探す。真剣な目つきだ。Aさんは、そのKさんの後をついて歩く。
「樹海で死体をこんなに探してる人がいるなんて……。私が死んだらKさんに血眼になって探されるってことですよね? うわあ、見つかりたくないなあ。死体見つかるか、見つからないか、勝負になるわけですね。勝てる気しないなあ……」
「いやあ、もし僕が見つけても、通報しないので実質見つかっていないようなものですよ」
Kさんはニコニコと笑顔で答えた。
首の吊り方を話し合う3人
Kさんは本当に、死体を見つけても基本的に通報しない。
先日は回転寿司で飯を食べていると、LINEで写真がたくさん送られてきた。
見つけたての、死体の写真だった。
顔は真っ黒になり、眼球飛び出して、眉毛や髪の毛には降り積もった雪のようにハエの卵が産み付けられている。
パーカーの首元には『FUTURE(未来)』と書かれていて、
「死体なのに未来って!!」
ということでフューチャー君というあだ名がつけられていた。
久しぶりに見に行くとフューチャー君はすっかり骨になっていた。
前かがみに倒れて、パーカーの背中が見えた。そこには『PAST(過去)』と書かれていた。できすぎな話である。
Aさんは死体になりたいけれど、
「死体を見るのは嫌!!」
というので、Kさんが骨になったフューチャー君などの死体を鑑賞している間はしばらく離れた場所にいた。
離れた場所から、俺たちを見ると、随分な奇人に見えたらしい。
「死体を見たいと思う人の気持は全くわからない……。
なんかKさんと村田さん見てたらこんな変な人達でも生きてるんだから、生きててもいいかもって少し思えてきました。まあまたすぐ死にたくなると思いますけど(笑)」
Aさんはいつの間にか自殺する気がやや失せていた。
確かに振り返ってみると、俺もKさんも一度も自殺を止めていない。
Kさんはもちろん止めないし、俺も常々
「死なないでください!!」
とか言うの、武田鉄矢みたいで気持ちわりいなあと思ってるので言わなかった。
「どこの誰に相談しても、
『死なないで!!』
って泣きながら言われたりして、げんなりしてました。ああいうのって、言ってる人が気持ちよくなりたいだけですから。
村田さんは、そういうの言わなそうだなと思って声をかけたんですけど、本当に言わなくて良かったです」
褒められているのかどうか分からない。
結局、全く自殺を止めてないのに、自殺を止めてしまうとは変な話である。
奇妙な避暑の旅が終わる
ちなみにだが、樹海散策をしていて自殺しようとしている人を見つけることもある。
俺は2人、Kさんは数人、結果的に命を助けている。
Kさんはすごく残念そうな顔で、
「いやあ、そんなこと言わずに死んでもいいですよ。僕と勝負しましょう!!」
とAさんに変な励ましをしていた。
結局、その日は新規の遺体は見つからなかった。
三人で談笑しながら、山梨名物のほうとうを食べて、帰路についた。