村田らむの”裏・歳時記2022”【9月】~お彼岸と事故物件~

2022年明けから始まった、ケムールの国内旅行連載。毎月、日本のちょっと変わったスポットを訪ねていきます。
メジャーな観光地とは一線を画す、超穴場紹介です。
その旅の案内人は「ホームレス」や「樹海」取材のパイオニア、村田らむさん。


村田らむ
一九七二年生まれ。愛知県名古屋市出身。ライター、漫画家、イラストレーター、カメラマン。ホームレスやゴミ屋敷、新興宗教などをテーマにした体験潜入取材を得意とし、中でも青木ヶ原樹海への取材は百回ほどにのぼる。著作に『樹海考』(晶文社)、『ホームレス消滅』(幻冬舎新書)、『人怖 人の狂気に潜む本当の恐怖』(竹書房)などがある。

9月、涼しい秋風に、ものがなしさが募る「お彼岸」の季節。
企業では、あたらしい期がはじまり、転勤や配置転換で引っ越しをされる方がきゅうに増えるとのことです。もしかしたらケムール読者さまの方にも、新しい住まいを見つけて引っ越し準備に追われている方もおられるかもしれませんね。
さて今月、らむさんもとある「物件」へ….。けれどどうやら…その場所は「言えない」ようです。

「秘密の物件」への誘い

 今回の目的地は、都内の某所だ。
 旅系の連載で某所ってなんだよ? とお怒りであろうが、事情がある。
 始まりは一本のLINEである。

「今年の夏は異常と思えるほど特殊清掃の現場が重なったわ。たまには取材する?」

 俺は一も二もなく「行きます!」と返信した。LINEの相手は、「株式会社まごのて」の代表取締役 佐々木久史さんだった。

 株式会社まごのては清掃会社だ。
 俺はかつてまごのてで2年ほどアルバイトしたことがあった。目的はゴミ屋敷の取材だった。大小さまざまなゴミ屋敷を100軒ほど取材して、一冊単行本を出した。その後アルバイトは辞めたのだが、社長とはまだつながっていた。

 俺が働いていた頃はまだ、あまり特殊清掃の仕事はなかった。ちなみに特殊清掃とは、自殺や他殺など事故で人が亡くなった室内の清掃を指す。端的に言えば『事故物件の清掃』だ。
 最近では特殊清掃にかなり力を入れていると聞いた。

らむさんの「思い出の特殊清掃」

 実は、かつて、まごのてで数件の特殊清掃取材をさせてもらったことがある。

 初めて入った特殊清掃の現場は、男性が孤独死して一ヶ月放置された事故物件だった。

 アパートのドアはナンバー式のカギだったため開けることができず、窓から入ることになった。すでに警察が侵入しているため、窓ガラスは割られていた。

 中を覗くと、無数の銀蝿が飛んでいた。
 窓を少しだけ開けて、中に殺虫剤を射出する。羽音がしなくなったのを見計らって、室内に突入する。

 ガンッと脳に直接響く強烈な臭いがした。
 死体はすでに警察に運ばれたのに、それでもこれだけ強い臭いが残るのか……と驚いた。

 死んだ場所には赤黒い液体が流れていた。

 髪の毛の束もごっそり落ちている。
 髪の毛は頭の上に乗っているだけなので、腐るとそのままズルっと落ちる。
 身体から落ちた遺体の一部や液体は警察は搬送しない。“ゴミ”として処理するしかない。

 とにかく汚れている場所を拭き、血のついた壁紙を剥がす。処理が終わったら、オゾン脱臭機をかけて臭いを消す。
 まごのてでは“一次処理”と呼ばれている。
 ここまでの処理で、近隣住人が臭いに悩まされることはなくなる。

家賃13万・2Kの「事故物件」


今回の現場はすでに一次処理は終わっているという。

「この現場ね。霊障がすごくて、作業員が結構困ってるんだよね」

 と社長は続けた。
 俺は霊の類は全く信じていない。

「俺には霊感がなくて、視えないんだよね」

 というのではなく、全く存在しないと思っている。だが、特殊清掃の現場で霊の話をちょくちょく耳にするのは事実である。

「霊障のことも作業員に聞いてみよう」

 とノートにメモをする。

 そして、現場の住所をグーグルマップでチェックする。

「おお……」

 思わず声が出た。
 俺が以前住んでいたアパートと目と鼻の場所だったからだ。足繁く通った、ハンバーガーショップの真裏だった。地図を見ただけでありありと風景が目に浮かんできた。

 現場に到着してマンションを見上げる。
 狭めの2Kだが人気の高い地域だから、家賃は13万以上だった。

 土地が安い地域の人から見たら、

「そんなウサギ小屋みたいなマンションで、家賃13万って馬鹿じゃないの?」

 と思うかもしれないが、正直馬鹿だと思う。

 ちなみに俺が住んでいた近所のどうでも良い1Kが7万5000円だった。

 俺が現場に到着するのとほぼ同時に、まごのてのトラックとハイエースが到着する。
 合流して、そのまま室内に入る。

 一次処理を終えて、一ヶ月ほど経った状態だという。正直、汚れはすでに拭き取っているし、オゾン脱臭機をかけているので臭いはあまり残らないだろうと思った。
 ドアを開けて中に入る。

 ムアッと臭いが漂ってきた。
 まさに死臭だった。

 もちろん一次処理がなされていない現場に比べたら、うんと臭いのレベルは低いが、それでもハッキリと臭う。

 たまに事故物件を「清掃なし」で貸す人もいるというが、部屋がずっとこの臭いだったらちょっと暮らしていけないと思う。

 よく

「死臭ってどんな臭いなんですか?」

 と聞かれるがこれが説明しづらい。

 臭いを言語化するのには限界がある。
 くさやや納豆などの発酵食品のような臭いが近いが、それだけでもない気がする。

「ずっと嗅いでるからか、臭いって感じなくなってるんですよね。最近は、ハンバーガーの臭いに似てるなって思います」

 清掃員は笑顔で答えた。
 さすがにハンバーガーの臭いとは思えなかったが、たしかに作業しているとあまり臭いを感じなくなってくる。

特殊清掃の職人技

 死因を聞くと、健康器具で首をくくっていたという。すでにその健康器具は見当たらず、どのような物かは分からなかったが、ぶらさがり健康器の類で首を吊る人はいる。

 発見までには3ヶ月ほど時間がかかっているので、かなり腐敗が進んだはずだ。横たわらず、立って(座って)いた状態だったためか、汚れている面積はあまり大きくなかった。

「ただ、汚れは見た目じゃないんですよ。剥がしてみるまでは分からないです」


 電気のこぎりでフローリングに切れ目を入れて、バリバリと剥がしていく。下からは断熱材のシートが出てくる。断熱材も黒く汚れている。液体が染み渡ってきているのだ。

「汚れている所はもう絶対に汚染されているんですが、見た目が汚れていない所も汚染されていることは多いです」

 死体から出るのは、黒い液体だけではない。透明の脂や水分も出る。部屋がびしょびしょになっている場合もある。そういう液体を放置していたらいずれ臭いが発生する。

 清掃員は鼻を木材に近づけクンクンと臭いを嗅いだ。死体があった場所からかなり離れた場所を指差す。

「ここパッと見、汚れていないですけどかなり臭います。少なくともここまで広がっているということですね」

 俺も這いつくばって、鼻を近づけフローリングの臭いを嗅いでみた。ズン!! と死臭が鼻をついた。確かに目に見えなくても、汚れは広がっている。

「ずっと鼻でたしかめてどこまで汚れが広がってるか確認してます。確かめてみないと、どこまで広がってるかわからないですね」

 染みに比べたらかなりの広範囲をバリバリと剥がしていく。そしてその下にある断熱材も大型のスクレーパー(はがしヘラ)でゴリゴリと剥がしていく。残暑の中、かなりの重労働になる。素人が真似をして作業するのはかなり厳しいだろう。

 床が剥がし終わった頃には、壁紙が全て剥がされ、残していた家財道具もほとんど搬出されていた。

”まだ「亡くなった」ことに気づいていないのかもしれませんね”

 一旦、お昼休みをする。

「ゴミ屋敷清掃や特殊清掃してたら、ご飯食べられなくなるでしょ?」

 アルバイトしている時よく言われたが、実際はみんなもりもりご飯を食べる。なんと言っても肉体労働だから、食べないとやっていられない。この日は吉野家だった。

 食べ終わった後に、ふと霊障の話を思い出したので聞いてみる。

「あ、ありますよ。今日の部屋は一次処理の時かなり強かったですね。かなり存在を感じました。まだ自分が亡くなったって気づいてないのかもしれませんね?
 作業員が違和感感じるくらいなんですが、工事班(フローリングを貼ったりする班)が入ると、機械類が狂ったりするんですよ。長さを測る機械など電子機器の類がとくに。
 そういう時は、故人が大事にしてたんだけど、遺族にとってはゴミでしかない物。釣り竿とかキャンプ用品とか。そういうのを捨てないで持って帰るようにしてあげるとおさまることが多いですよ」

 俺は全く霊を信じないのだが、霊を信じる人とぶつかるつもりは毛頭ないのでうなずく。

「あ、そう言えば、この部屋に住んでいた人、出版かそういう類の人って聞きましたよ」

 

「彼岸」はすぐそばにあった

 霊の話は何も思わなかったが、同業者かもしれないと聞くと途端にザワザワとした気持ちになってくる。
 霊は理性的には「いない」と信じているが、それでも怖いと思う気持ちはある。

 部屋のモノはほぼ全て捨てられてしまっていたが、本や雑誌など紙類のゴミだけ残っていた。ふと、宅配便の家主の名前が目に止まった。名前に既視感を感じた。
 スマートフォンで調べてみると、まさに同じ業界の人だった。フェイスブックをあたると共通の友人が5人いた。

「○○さんってご存知? 仲良いですか?」

 と後輩にLINEをする。

「あ、知ってますよ。そんなに仲良いわけではないですが。仕事で紹介されました」

「ああ、そうなんだ。どんな人?」

「あ、すごい爽やかな人でしたよ。人当たりすごく良くて。一緒に仕事されることになったんですか?」

「ああ~。まあ仕事っちゃ仕事だけど……」

「まだ本決まりじゃないんですか?」

「あ~特殊清掃の現場取材で来たら、部屋で亡くなってたの○○さんだった。だから会ったと言っても染みだね」

「ええ??!! ちょ!! マジですか??」

 マジであることを伝えるのが面倒くさくなってしまったので、LINEを終える。
 数人に話を聞いてみたのだが、みんな

「イケメンで、優しく、爽やかな好青年」

 と語っていた。
 詳しくは書かないが、仕事関係でややつらい境遇に遭ったらしい。

「イケメンではなく、優しくなく、爽やかでない悪中年」

 であり、仕事関係は大体常につらい境遇である俺はついつい、
「もったいない!!」
 と思ってしまった。

 が、まあ当人は死ぬくらいつらかったのだから、こればっかりは仕方あるまい。

 そして残った紙ゴミや、剥がしたフローリング、断熱材も全て運び出された。
 タバコを吸う人だったらしく、ドアや窓はべったりとヤニが付着していたが、特殊な溶剤をかけるとみるみると溶けていった。

 十数年ぶんのヤニが剥がれ落ちる。

 荷物がなくなるとほとんど臭いはなくなった。さらにオゾン脱臭機をかけるので、本当になんの臭いもしなくなるだろう。
 こうして、この部屋にまた誰かが住んで、新しい生活をはじめるのだろう。

 特殊清掃の素晴らしい働きに感心しつつ、近くに住んでいた同業者の彼の存在が消えていくことに言い知れぬ寂しさも感じた。

▶これまでの「裏・歳時記」

文・村田らむ Twitter:@rumrumrumrum

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