純喫茶で名文を Vol.2 古本の町・神保町で、洋古書マニアの“沼”を垣間見る

古き良き純喫茶で美味しい飲み物をいただきながら、書評家・スケザネ氏にセレクトしていただいた「その店に似合う1冊」を楽しむというこの「純喫茶で名文を」。第二回は、古本の街として名高い神保町にやってきました。
純喫茶で名文を Vol.2_2靖国通り沿いにずらりと並んだ古書店。店頭はおろか、歩道にもうず高く本を積み上げているお店もザラ、さすが神保町です。ちなみに建物の陽当りが悪く見えますが、これは本の日焼けを防ぐため道路の南側にお店が集中しているから。要は全部北向きなんですね。ちょっとしたウンチクでした。
純喫茶で名文を Vol.2_3そんな神保町は「喫茶店の街」でもあります。近隣に大学が多かったこと、買い込んだ古書を片手にコーヒーで一服という人が増えたこと……さまざまな要因から、名物喫茶店が数多く存在する神保町。今や土日にもなると、有名店をハシゴする「純喫茶ファン」たちの姿も多数見られるほど。
今回の舞台はこちら。1972年創業の老舗、「茶房 神田伯剌西爾」です。
純喫茶で名文を Vol.2_4地下へ降りていくと、広々とした和洋折衷の空間が広がっています! 奥にはなぜか囲炉裏をしつらえた席も。創業当時のオーナーがこだわって作り上げたというこの内装、どこに座ろうか悩むのも神田伯剌西爾の楽しみの1つ。
純喫茶で名文を Vol.2_5こちらの店、コーヒーの美味しさでも定評があります。4種類のオリジナルブレンドをはじめ、店内で飲める各種の自家焙煎豆も販売中。ずらりと並んだ豆の瓶、コーヒー好きにはたまらない光景です。

さて。今回も書評家のスケザネ氏に、「神田伯剌西爾」に似合う本を3冊選んでもらいました。そのセレクトやいかに……?

純喫茶で名文を  Vol.1 眠らない街・新宿の名喫茶で、熱狂の60年代を懐古する_01スケザネ
書評家・シナリオライター。
YouTubeチャンネル「スケザネ図書館」では書籍紹介や考察、トークなどの企画を配信中。
https://www.youtube.com/channel/UCLqjn__t2ORA0Yehvs1WzjA/
神保町の名店「神田伯剌西爾」…。お店の隣にあるガレージにて古書の特売をやるので、よくそのついでに訪れております。
さて、今回も選書のために、キーワードを3つ選定致しました。まずはずばり「神保町」。そして、古書の街ということで「古書」。最後に、店名から「ブラジル」。以上3つのキーワードから、一冊ずつご紹介したいと思います。まずは「神保町」から、池井戸潤『神保町奇譚』(『花咲舞が黙ってない』(2017年,中公文庫)所収)。TVドラマシリーズでおなじみの、銀行を舞台にした痛快経済小説「花咲舞シリーズ」の一作です。神保町のとある寿司屋で、花咲と相馬が、ある老婆から妙な話を聞くところから幕が開きます。老婆が言うには、数年前に娘が亡くなったのだが、死後、娘の口座に巨額の入出金があった…。一体どういう金なのか、果たして娘は死の直前に何をしていたのか。一つずつヒントが開示されていき、最後に謎が解ける爽快感と満足感は、短編ながら十分です。次に「古書」から、鹿島茂『子供より古書が大事と思いたい』(2019年,青土社)。著者は、フランス文学者で、稀代の古書コレクター。本が好きな人間がいかに本を愛し、いかに狂うかが悲喜こもごも描かれているため、本好きの方はそうそう!と快哉を叫び、本好きではない方は、本好きという奇妙な種族の生態を知ることのできる一冊です。本好きの蔵書事情から、古書の値付けに込められた古本屋の思い、そしてフランスの古本事情などなど、名編揃いです。

最後に「ブラジル」から、マシャード・ジ・アシス『ブラス・クーバスの死後の回想』(武田千香訳,2012年,光文社古典新訳文庫)。アシスはブラジル史上最大の作家と呼ばれ、世界中にファンも多い大文豪です。本作は、モンタージュのように次々と連想や空想、思索や迷妄で紡がれる錯乱した世界観が紡がれます。時に主人公は中国人の床屋に変幻し、更にトマス・アクィナスの『神学大全』という書物へと姿を変え、最後にはカバによって世界の始まりに連行され…。全編そんな調子で奇想天外ですが、充実した解説と注釈を頼りに、そのスペクタクルに身を委ねると、麻薬のような昂揚感と合理への疑いが残ります。

以上3冊が、今回のお供の候補です。経済という怪物に想いを馳せるも良し。古書の海に溺れるのも良し。地球の裏側で書かれた、奇想天外な物語に翻弄されるも良し。
素敵なひとときになりますように!

スケザネさん、今回は慣れ親しんだ街にまつわる選書のせいか、気合いが文章から溢れ出ています。しかし今回もバラエティに富んだラインナップで選び難い……! 楽しく読めるエンターテインメント作品か、切れ味鋭い筆致で知られる仏文学者のエッセイか、はたまた気合を入れて南米文学に挑戦するか。

熟考の末、お店に持参したのはこの1冊。
純喫茶で名文を Vol.2_6鹿島茂『新・増補新版 子供より古書が大事と思いたい』(青土社)

やはり、神保町では「古書」にまつわる話が読みたい……というのは表向きの理由。選んだ一番の理由は

タイトルがひどいから

です。いやひどくないですか? 持参した新・増補新版は2019年の発行ですが、もともとの単行本が発売されたのは1996年。当時はコンプライアンス的に大丈夫だったんでしょうか……。それとも鹿島氏なら通常営業とスルーされたのでしょうか。わからなくもないですが。
読書のお供は、「神田ぶれんど」550円。さっそく読みすすめます。
純喫茶で名文を Vol.2_7この本に出てくる「古書」は、「古書」といっても洋古書。かつ、鹿島氏の専門であるフランスの、主に19世紀の古書の話が多いです。

実はワタクシ、「古書」を集める趣味はないですが、「古書にまつわる話」を読むのは好きです。なぜって? 「文学マニア」とはまた違う「古書マニア」ならではの生態といいますか、“業”というやつがなんとも興味深く、そして他人事として見ていると非常に面白いから! ジャンルにハマるのを最近では“沼”とも形容しますが、古書沼は各種沼の中でも深さと広さは折り紙付きではないでしょうか。自分では絶対にはまりたくない沼ではありますが。先生、これまで一体どのくらいお遣いになってるのかしら……。想像するだに恐ろしい。

鹿島氏もあとがきで「自分は愛書家ではない」と書かれてますが、こういう古書マニアの目的は文学的探求ではなく“コレクション”。しかも洋古書となると海を渡り、フランスの古書店をめぐることになる。このアクの強い店主たちとの攻防がまた面白い!(日本人は勤勉だなあと思うこと間違いなしです)。もちろん、仏文学の「書籍」に関する歴史や知識も読んでるうちにしっかりと身につきます。洋書の世界に疎いもので、フランスでは本が仮製本のまま売られているというのは初めて知りました。自分で表紙をつけるのかあ……それはそれで楽しそうだなあ……っていかんいかん。

本の内容にふふふと笑いつつ、時折ガクブルしながらいただく「神田ぶれんど」。これがまた、美味しい。深煎りのコクがしっかりありながら雑味がなく、添えられているミルクを入れると旨味が際立ちさらに絶品に。そしてお店の空気も、木材をふんだんに使われているせいか、なんだか居間のような居心地良さ。ああ、ここに長年通う方々の気持ちがわかりました。

ちなみに。コーヒーを飲み終わり、撮影させていただいたお礼を言ってお店を後にしようとすると、手元の本を見て「いい本ですよねえ」と店主の竹内さん。

「鹿島先生、以前はよく来られてたんですよ」

そうか、確かにこの本の中にも、神保町で洋古書を探す描写がありました! かつ、鹿島茂氏が長らく勤めていたのは近隣の大学でしたね。はからずとも、筆者がかつて存在した空間で、彼の記した本を楽しんでいたというわけです。さすが神保町、さすが神田伯剌西爾。思わぬサプライズに、興奮しながらお店を後にしたのでした。

茶房 神田伯剌西爾
東京都千代田区神田神保町1-7 小宮山ビル B1F
11:00~21:00(LO20:40) 日・祝11:00~19:00(LO18:40)
03-3291-2013

文・川口有紀

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