純喫茶で名文を Vol.4 夏休みの鎌倉で、コーヒー片手に「大人の自由研究」に勤しむ

夏、です。

古き良き純喫茶で美味しい飲み物をいただきながら、書評家・スケザネ氏にセレクトしていただいた「その店に似合う1冊」を楽しむ「純喫茶で名文を」

第四回目は、これまでの都心から少し離れた場所へとプチトリップ。観光地として名高い、鎌倉へとやってきました。

緊急事態宣言下の平日ではありますが、鎌倉のメインストリート「小町通り」もそこそこの人出です。

「何で鎌倉?」

「担当が夏の小旅行ぽい気分を味わいたかっただけじゃないの?」

……そう言われると反論できませんが。

観光客で賑わう通りを一歩離れると、すぐ住宅街が広がるのも鎌倉の特徴。当然、観光客&住人、そのどちらからも愛される喫茶店やカフェが数多く存在します。

今回、そんな鎌倉で訪れた喫茶店はこちら、『モア』

鎌倉駅を出て小町通りに入り、歩いてすぐの場所にあります。

店舗があるのは2階。階段を登ると目に入る、「サンドイッチとクレープの店」と書かれた看板が目印です。

開店したのは1977年とのこと。

創業当時から変わらぬという店内は、いかにも70〜80年代の喫茶店という雰囲気。とても落ち着きます。

写真の喫煙席は席数も多く、窓際の禁煙席は小町通りを見下ろせる絶好のロケーション。でも、2階にあるせいか落ち着いてゆっくりできる空気が流れています。

「実は、お客さんのほとんどは常連さんなんですよ」

そう語るのは店長の野村さん。実は小町通り、観光地ゆえお店の入れ替わりも激しい場所。そんな中でこの店が40年以上続いてきたのは、長らくここを愛する鎌倉っ子が支えてきたから。

「だから、休めないんです」と野村さんも苦笑。平日休みの店が多い鎌倉で、定休日がないのもそのためです。

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こちら『モア』、お食事メニューも充実しています。ちょうど昼時だったので、今回も読書前に腹ごしらえと参りましょう。

ちなみに開店当初はレストランなどを経営していたお店の系列店だったらしく、看板にある「サンドイッチとクレープの店」はその名残とか。もちろんどちらのメニューも今なお健在ですが、今回はグラタン、中でも一番人気という「なすのトマトソースグラタン」820円を。

グツグツと音をたててやってくるグラタン、冷房の効いた店内でいただくのもまた乙なもの。ホワイトソースがなめらかでとても美味しく、ぺろりと完食です。

さて。落ち着いたところで今回のスケザネさんセレクトに行きますよー。

スケザネさんには「鎌倉」というお題でセレクトをお願いしました。そう、鎌倉といえば文学とは密接な関係を持つ土地ですもの。さて、どんな本を選んでくれたのでしょうか?

純喫茶で名文を  Vol.1 眠らない街・新宿の名喫茶で、熱狂の60年代を懐古する_01
スケザネ
書評家・シナリオライター。
YouTubeチャンネル「スケザネ図書館」では書籍紹介や考察、トークなどの企画を配信中。
https://www.youtube.com/channel/UCLqjn__t2ORA0Yehvs1WzjA/

鎌倉の方をみれば(中略)階などのやうに重々に、袋の中に物を入れたるやうに住まひたる(鎌倉のほうを見れば、家が階段のように重なって、まるで袋の中に物を詰め込んだようになっている。)(『とはずがたり』)

鎌倉時代の紀行文『とはずがたり』で語られている通り、鎌倉は、海と三方の山とに囲まれ、山間部は「谷戸」と呼ばれる階段状の地形が入り組みます。緩やかに隔絶され、防衛力と非日常性とを兼ね備えた地形だからこそ、幕府が建設され、近代以降には海水浴場や別荘地、更には文人たちの居住地として栄えたのです。(夏目漱石『こころ』の冒頭で、先生が鎌倉の海で泳いでいるのは、まさにこの世情を背景としています。)

と、のっけから能書きを垂れましたが、やはり鎌倉にまつわる本はこういった風土と文化をめいっぱい感じられるものが良い!

ということで一冊目は、鎌倉に居を構え、鎌倉を愛で続けた、歌人・山崎方代の『もしもし山崎方代ですが』(かまくら春秋社)。

不思議な歌人です。親しみやすい仙人のような、呑気で、自由で、そして日々の暮らしを大切にしました。本書は、山崎の短歌、エッセイ、インタビューが入ったお得な一冊といえます。

瑞泉寺を散歩して自然と人工物との融合に胸打たれたり、柿の実が熟すのを見て己の役立たずぶりを嘆いたり、あるいは近所の小学生と飴玉をめぐって本気の喧嘩をしたり…。

鎌倉に育まれ、鎌倉文学の豊かなひと時を作った「無用の達人」の言葉を感じてください。

「朝めしをかるくすませて面映ゆく世間をよそに横になりけり」

二冊目は、鎌倉での生活を体験させてくれる小説、小川糸『ツバキ文具店』(幻冬舎文庫)です。鎌倉で文具店と代書屋を営む主人公は、様々な依頼を受けて手紙を代筆します。物語の軸となるのは代筆をめぐる様々な事件ですが、その合間に覗く鎌倉ライフがたまらない!

鎌倉の山々に抱かれ、時にふらっと由比ヶ浜の鰻屋に行ったり、悩むときには鶴岡八幡宮に祈りを捧げたりと、読んでいる間は、主人公の鳩子と一緒に鎌倉での生活を送れているような感覚に浸れること間違いなし。肩肘張らず、ゆったりとしたもう一つの生活のような読書にぴったりです。おまけに、文具の豊富な豆知識と手紙の作法も身につきます!

最後は、少し趣向を変えて、鎌倉の寺院巡りに必携の一冊、山崎勉『完本 仏像のひみつ』(朝日出版社)です。タイトルの通り、仏像に関する入門書なのですが、本当に親しみやすい! 日本に住んでいると、折に触れて、大日如来や観音菩薩、弘法大師とかという言葉をよく耳にします。ぶっちゃけ、どれくらいわかってますか……?

騙されたと思って、この一冊を読んでみてください!(最初のひみつ①~③だけでも!一時間もあれば読めます!)

そうすれば、仏像の種類と序列がわかる!仏像の体型や姿勢からつくられた時代がわかる!仏像の着物や台座、後ろにあるなんかすごいやつ(光背)のことがわかる!

全く知らない人も、ある程度知っている人も、この一冊を持って、鎌倉に行きましょう!

そして、モアで少し一服!

それではいってらっしゃい!

おお、さすがスケザネさん、そしてさすが鎌倉!!

いつもに増してたっぷりとした情報量、そしてバラエティに富んだ3冊となりました。

これまた迷うパターンか……と思いますよね。実は今回に限り、即断で1冊を選びました。

はい、こちらです。今回選んだのは『完本 仏像のひみつ』。

実は、情報誌の取材などで寺社仏閣には数多足を運んでいるライター・カワグチ。鎌倉でもそうだったりします。当然、仏像もたくさん見てはおりますが……。

ええ、カミングアウトしますね。

「仏像の種類と序列」→全く知らなかったです!

「後ろにあるなんかすごいやつ(光背)」→気にしたこともなかったです!!

「仏像の体型や姿勢からつくられた時代」→その事実に目からウロコ!!!

というわけで、

「ぶっちゃけ、どれくらいわかってますか……?」

→ぜんっぜんわかってなかったです!!!!

いや一応、原稿書くときには調べますよ? 調べますけど、体系的に身についてないせいか右から左に抜けていく始末……。仕事のたびに一から調べ直しては「ああ……そうだったっけ」となってる状態で、効率悪いことこの上なし。

というわけで今回は、ほぼ個人的な「課題」です。さながら「夏休みの自由研究」です。アイスコーヒー片手に、さっそくページを捲りますが……。

この本、スケザネさんが「親しみやすい」という通り、本当に読みやすい! イラストも多用されているし、語り口も軽妙でわかりやすく。だって見出しからして

「仏像にもやわらかいのとカタイのがいる」

「仏像はやせたり太ったりする」

……ね? 「そうなの!?」ってなりますよね。

中に詰まった内容は本格的ながら、おそらくこの本、中高生でも読めます。高校生の修学旅行前とかに読んでおきたかったなあ、そんなことを思ったり。

1冊読み終えてお店の外に出れば、なんとなくこれまでとは見えている景色が変わった感。だって数多の古刹がある鎌倉、この知識があればこれまで以上に楽しめそうですし。

マスク姿の鶴岡八幡宮の狛犬を眺めながら、さて日が暮れるまでにどこかのお寺に向かおうかしら……そんなことをウキウキと考えつつ、夏の盛りの鎌倉の街を進んでいったのでした。

喫茶モア

神奈川県鎌倉市小町1-7-1
0467-24-5743

11:00~22:00(LO21:00)

文・川口有紀