古き良き純喫茶で美味しい飲み物をいただきながら、書評家・スケザネ氏にセレクトしていただいた「その店に似合う1冊」を楽しむというこの「純喫茶で名文を」。第三回は、上野にやってきました。
実は上野という街は、昔ながらの個性的な喫茶店がたくさん残るエリアでもあり、喫茶店マニアにはたまらない場所の1つ。かつ、交通の要所&人が集まる土地である上野ならではのエネルギッシュさを感じられる店が多い気がするんですよね。そんな上野で、今回舞台となる店は……。
不忍口から歩いて2〜3分、いわゆる「上野アメ横」の入り口にもほど近い場所にあるこちら、「COFFEE SHOPギャラン」です。創業は1977年、長きに渡って上野を訪れる人、上野で働く人、上野からどこかへ発つ、もしくは到着した旅人……さまざまな人を見つめてきた、老舗喫茶店。
ギャランの魅力はなんと言っても、この雰囲気。見てくださいこの“昭和のゴージャス”感! かつ75席とかなりの“大バコ”なので、使い勝手の良さもあり昼間から夜にかけては常に人でぎっしり(緊急事態宣言中は20時閉店ですが、通常は23時まで営業しているのです)。そしてBGMはなぜか昭和・平成の歌謡曲。またこれが聴いていると楽しい! サザンにユーミン、中島みゆき、往年のアイドルが流れたと思ったら今度は北島三郎……懐かしソングに浸っているだけであっという間に時間が経ったり。この活気ある空気のせいか、ギャランに来るといつも元気を貰えるような気がします。
では今回のセレクト……と行きたいところですが、湿度MAXの中で歩き回っていたので実はかなりお疲れモード。こちらギャランは食事やスイーツメニューも充実しているので、まずは由緒正しき“喫茶店のパフェ”感がたまらない「チョコレートパフェ」(1000円)をいただきます。これで身体を冷やしつつ、脳に糖分補給。スケザネさんが若干羨ましがるかもしれませんが気にしない(スケザネさんは甘党)。
さて。パフェをたっぷり堪能したところで、いつものセレクトに参りましょう。スケザネさんが今回、「上野ギャラン」に選んでくれた3冊はこちら。
スケザネ
書評家・シナリオライター。
YouTubeチャンネル「スケザネ図書館」では書籍紹介や考察、トークなどの企画を配信中。
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今回は上野にある「ギャラン」とのこと。実は、二年間ほど上野にある大学にいたので、とても思い入れがあります。(パフェも懐かしい…!)
考えてみれば、上野とはつくづく不思議な町です。文化の中心であり、戦地にもなり、闇市もあり……。そこで今回は、上野の歴史をたどりながら、その曲がり角ごとに最適な本を紹介したいと思います。
歴史上、上野が最初にクローズアップされるのは江戸時代です。二代将軍・秀忠は、鬼門の方角である上野に、祈祷寺として寛永寺を建立しました。この時、建立に関わった僧・天海は趣向を凝らして、京都や奈良などの名所を一帯に再現しようとしたのです。そのため、今でも大仏や清水寺、桜並木といった、西の名所にちなんだ名前が上野に並んでいます。こうして今日に至る上野の基礎が整えられました。そんな上野の名所を頼りに、歴史を探るには浦井正明『上野公園へ行こう―歴史&アート探検 』(岩波ジュニア新書)が最適。上野に行ったことがある人は発見の連続、行ったことがない人は猛烈に行きたくなること間違いなしです。
さて、そのように江戸幕府の要所だった上野は、幕末には戦場と化します。彰義隊と明治新政府軍とによる上野戦争です。この戦いを一つの契機に、上野は江戸から明治政府の手に渡ります。紆余曲折を経ながらもやがて、内国勧業博覧会が開催され、美術館や博物館が立ち並び、更に西郷隆盛の銅像が建てられることになりました。このあたりの幾層に重なった複雑な事情を知るには、安藤優一郎『江戸のいちばん長い日 彰義隊始末記』(文春新書)をオススメします。上野戦争が起きた一日を中心に、江戸から明治に至る上野の激動がつぶさに記されています。
時代は移り、戦後になると闇市が立ち並びます。この一帯が今日のアメ横に繋がりました。公園口は文化、不忍口は戦後の活況、そして東北への入り口と…、様々な階層や歴史が入り乱れた上野を舞台に、戦後日本の混乱と闇を見事に描き切ったのが、2020年全米図書賞受賞でも話題になった、柳美里『JR上野駅公園口』(河出文庫)です。
上野にまつわる本を手に、ぜひギャラン、そして上野に行ってみましょう!
「上野」というテーマで3冊をセレクトしてくれたスケザネさん。しかも紹介文から上野にまつわる歴史まで知ることができるというお得感も。ありがとうございます!
そして、連載3回目にして1冊を選ぶのに今回は一番悩みました。上野全体の歴史も知りたいし、上野戦争の史実もドラマチックそうだし、全米図書賞受賞も気になってたし……悩みに悩んで、選んだのはこちら。
柳美里『JR上野駅公園口』。
物語は、一人の男がJR上野駅に佇む描写、そしてJR上野駅公園口に住み着いたホームレスたちの様子から始まります。主人公であるその男が、なぜ上野公園で暮らすようになったか。福島県相馬郡(現・南相馬市)から東京オリンピックの前年に出稼ぎで上京し、懸命に働いてきた一人の男の人生が、回想と独白、そして上野公園を始めとした周囲の描写で語られていきます。本のお供は、「アイスコーヒー」(700円)。
なぜこの1冊を選んだかというと、東京2020オリンピックを目前とした2021年の7月に読むのには、とてもふさわしいと思ったから。高度経済成長期と、その象徴とも言える1964年のオリンピック。街を大改造するために集められた「出稼ぎ」の人たち、その多くは貧しさを理由に故郷を離れ、東京に来ていた人たちだったはずで。
この小説でも、主人公の故郷の描写が都度語られます。実は3ヶ月ほど前、偶然仕事で福島を訪れていました。しかも訪れた先は、主人公の故郷である南相馬市。残念ながら、作者の柳美里さんが経営する書店「フルハウス」は訪れることができなかったのですが、そんな個人的タイムリーさもこの本を選んだ理由でした。現在の原ノ町駅の光景、「相馬の野馬追」の会場である雲雀ヶ丘祭場地……ページをめくるたびに現地の空気感が蘇り、主人公が辿る運命により胸が締め付けられます。
本を読み終わった後、ギャランを後にして歩くこと数分。せっかくなので、JR上野駅公園口に来てみました。
実はこの現実の「JR上野駅公園口」、昨年春にリニューアルされていたのをご存知でしょうか? 以前は道路を横断しないと公園に渡れなかったのが、改札から直接公園に行けるように。とても便利になったのは事実なんですが、オリンピックを機にどんどん改造され、全ての闇に光が当たるかのように“きれい”になっていく東京に、少しだけ違和感を覚えてしまいます。小説に出てきたような、上野公園に住んでいた人たちは、今どこで生きているのでしょうか? ふとそんなことを思ってしまうのです。
だからこそ、ギャランの変わらない活気と、「ここで生きている人達がいる」という実感が好きなのだなあ……としみじみ。またパフェとアイスコーヒーをいただきに行こう、そう心に決めて、JR上野駅公園口の改札をくぐったのでした。
COFFEE SHOPギャラン
東京都台東区上野6丁目14-4
8:00~23:00 ※緊急事態宣言中は8:00〜20:00
03-3836-2756
文・川口有紀
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