純喫茶で名文を  Vol.6 有楽町・東京交通会館の老舗純喫茶で、“物語”をめぐる壮大な旅に出る

古き良き純喫茶で美味しい飲み物をいただきながら、書評家・スケザネ氏にセレクトしていただいた「その店に似合う1冊」を楽しむというこの「純喫茶で名文を」
第6回は、有楽町にやってきました。

有楽町といえば、駅を降りるとすぐに目に飛び込んでくる東京交通会館。1965年、東京オリンピックの翌年に完成したという歴史あるビルです。企業はもちろん飲食店や書店、あと地下フロア〜1階にかけては各都道府県の物産館が多く入っていることでも有名。個人的によく訪れる、お気に入りの場所でもあります。

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ライター川口が有楽町に、そして東京交通会館に来たら、必ずといっていいほど訪れる喫茶店がここ「ローヤル」「ロイヤル」ではありません、「ローヤル」。地下一階にある、まさに“古き良き”純喫茶です。

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見てください、このレトロなステンドグラス。広々として、古いながらも開放感と清潔感の感じられる店内。有楽町で働く方々や買い物に来られた方、営業中?のビジネスマン、さまざまな人たちのオアシスのような場所。私の場合、打ち合わせにもよく使います。ゆっくり話ができるし、小腹がすいたらサンドイッチやナポリタンなど自慢のお料理メニューを頬張りつつでも良いし。とても快適なんですよ。

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ちなみにこの連載、基本的には「喫煙可」の喫茶店をご紹介していますが、なかなか「喫煙できる場所」が厳しい状況になってきた昨今。「ローヤル」も喫煙スペースの確保に苦心されたようでしたが、古いビルだけになかなか難しかったようで……そこで現在は、喫茶店内に写真のような喫煙スペースを設ける形に。「タバコを吸いながら一息つきたい」という長年のお客様の願いをなんとか叶えたいという、お店の心遣いです。

さて。スケザネさんの今回のセレクトは、こちら。

純喫茶で名文を  Vol.1 眠らない街・新宿の名喫茶で、熱狂の60年代を懐古する_01
渡辺祐真(スケザネ)
書評家・シナリオライター。
YouTubeチャンネル「スケザネ図書館」では書籍紹介や考察、トークなどの企画を配信中。
https://www.youtube.com/channel/UCLqjn__t2ORA0Yehvs1WzjA/
有楽町の喫茶店と言えば、絶対に挙げなければいけない本があります。
森見登美彦『熱帯』(文春文庫)。森見登美彦と言えば、『夜は短し歩けよ乙女』『四畳半神話大系』など、阿呆でユーモラスな作風が有名ですが、本作は一冊の本を巡るミステリー風の奇譚です。主人公がふとしたきっかけから、かつて読んだ『熱帯』という本を思い出すところから物語の扉は開きます。とても面白かったのに、読了する前に失くしてしまった。続きを読みたい!とあれこれ調べるのですが、不思議なことに図書館やネットで探しても全然見つからない。思い違いかなと諦めていた頃、その本を読んだという女性と出会います。しかし、聞けばその女性も『熱帯』を途中までしか読んだことがなく、続きを読むべく探している……。それどころか、他にも『熱帯』を読み通すことに熱を上げる人々がいるというではないですか!『熱帯』を追い求める彼らは、定期的に集まり、それぞれの記憶をたどったり、『熱帯』を探したりするための会合を開いているというのですが……、そう、その会合の場所こそが有楽町の商業ビルの地下にある喫茶店なのです! 厳密にはローヤルではない可能性が高そうですが、おおよその位置や雰囲気がもうぴったりで、少なくともモデルになったとは思われます。そんな有楽町の喫茶店から物語は大きなうねりを描き、やがて歴史もSFも京都も読書論も全てを飲みこむ怒涛の展開となり、我々自身もその波にのまれること請け合いです。(私は5回くらい読んでます……!)

二冊目は、そんな交通会館にある博多や兵庫、北海道など、全国津々浦々の「物産展」にちなんで、伊藤賀一『47都道府県の歴史と地理がわかる事典』(幻冬舎新書)! 著者は、話題沸騰中の映像授業アプリ「スタディサプリ」の社会科講師。それもただの社会科講師ではなく、日本史を中心に、政治経済、地理など、社会科全体を担当する「日本一生徒数の多い社会科講師」です。幅広い知識に加えて、全国津々浦々を旅し、様々な仕事を経験したことによる、リアリティのこもった解説に定評があります。歴史、地理、政治、経済、生活ががっちりとスクラムを組んだ本書の面白さや説得力と言ったら!しかし考えてみれば、地理が人々の生活様式や風土を作り、やがてそれらの積み重なりが歴史となり、それがその土地の流通や名産品を生み出し…と、全部繋がっているんですよね。本書はそんな社会科の奥深さもわかる、必携の一冊です!

最後は、交通会館から少し足を延ばした「銀座」にちなんだ一冊。石井妙子『おそめ―伝説の銀座マダム』(新潮文庫)。かつて、川端康成や小津安二郎らが通い詰めたという伝説の文壇バー「おそめ」。そのマダムである上羽秀の伝記です。評伝や歴史としての信頼度も抜群ですが、それ以上にめちゃくちゃ面白い!綿密なインタビューと調査に裏打ちされた圧倒的な臨場感、そして、ルポらしいからっとした渇きと心の機微を掬い取る繊細でみずみずしさとを併せ持った文体、更に次々と巻き起こる大事件や現れる大人物にページを繰る手が止まりません。

物語の面白さにどっぷりとりつかれるもよし、知識と実感の両輪で日本全国を行脚するもよし、稀代の名マダムとともに昭和史を駆け抜けるもよし。今回も良い読書を!

またもや、悩ましすぎるラインナップ! “物語”を巡るか、“日本”を巡るか、“昭和”を巡るか……悩みに悩みましたが、ここはスケザネさんの熱量を素直に受け取ってみようかなと思い、こちらの1冊にしてみました。

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森見登美彦『熱帯』です。
つい先月、9月に文庫版が発売されたばかりの本作。購入したときには文庫化記念の特設帯がついていましたが、取って表紙を撮影してみました。その理由は、中を読んで頂くと得心いただけるかと。最後まで読むと、この装丁の意味がわかる仕掛けになっているので。


バナナジュース(650円)を注文し、読み進めます。
森見作品といえば代表作の『夜は短し歩けよ乙女』をはじめ、京都が舞台の作品が数多いことで知られています。しかし今作は珍しく、物語の序盤は東京が舞台となって物語が展開されていくのです。神保町の老舗ビヤホール(こちらは実在のお店「ランチョン」)、表参道の喫茶店などさまざまな場所が出てきますが、とある章のメイン舞台となるのはここ、有楽町。

もともと森見登美彦氏の小説は個人的に好きだったのですが、今作で「東京」が舞台となったことで改めて実感したのは、森見作品の「実際の風景や場所を想起させていく力」! 京都は個人的に土地勘があまりないせいか、自分の中で“異世界”として読んでいたのでしょうね。でも実際によく知っている風景の中を登場人物たちが闊歩していくのは、こんなにも体感を持って“劇的な面白さ”をもたらしてくれるのかと目からウロコです。この東京交通会館も、つい9月に営業を再開したスカイラウンジや1Fの三省堂書店、地下のラーメン店(ゆずラーメンで有名な「ひょっとこ」だと思われます)など、いくつも実在の店舗が登場してきます。
もしこれを読んで『熱帯』購入を考えた方がいるなら、東京交通会館1Fの三省堂書店で購入→この「ローヤル」で読む、というコース、オススメですよ!

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こちら、「ローヤル」店内奥側の席。作中では「交通会館内の店」とは言われてないけど、登場人物たちはこの赤い布張りの椅子に座って『熱帯』について話し合っていたんじゃないかしら。店内を見渡すと、ついそんなことを想像してしまいます。

そして……この小説の真骨頂は、後半からの怒涛の展開。これはぜひ実際に読んでいただきたいのですが、『楽園』を巡る謎がこんなふうに帰結するのかという驚きはもちろん、私たちはなぜ「小説」を読むのか、「物語」を求めるのか、そんな根本の部分を改めて考えてしまいました。
地下街のお店の片隅で、手に持った小さな文庫本1冊から始まるワンダーランド。
どんな状況であっても、私たちはどこにだって行ける。
だからこそ、読書はやめられないのです。

ローヤル
東京都千代田区有楽町2-10-1 東京交通会館
11:00~18:30(LO18:00)
(※新型コロナウィルス感染対策のため短縮営業中)
03-3214-9043
・・INFORMATION・・
現在、『小川洋子のつくり方』(田畑書店)の刊行記念として、スケザネさんが関連書籍を選書したブックフェアが開催中。会場限定で短評コメントとその本の紹介、小川洋子論を収録した冊子が無料配布されています。詳細は下記参照。
http://tabatashoten.co.jp/2021101401-2/

文・川口有紀

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