Record8 藤井一彦

ジョー横溝が、親交のあるミュージシャンを迎え“レコードと煙草”について語る連載『スモーキング・ミュージック』。
連載8回目のゲストは藤井一彦さん。
自身のバンドTHE GROOVERSソロSION石橋凌他をギタリストとしてサポート…と、日本の良質なロックシーンを支えている。
二人のとまらないレコード談議はロック好き必読

■著者プロフィール


ジョー横溝 -Joe Yokomizo-
ライター/ラジオDJ/MC。1968年生まれ。東京都出身。
WEBメディア『君ニ問フ』編集長や音楽&トーク番組『ジョー横溝チャンネル』にて音楽に関するディープなネタを発信。

■ゲストプロフィール

ゲスト:藤井一彦
藤井一彦 -Fujii Kazuhiko-
1967年生まれ。広島県出身。
ミュージシャンとして、ロックバンド「THE GROOVERS」のヴォーカル兼ギターを務めるほか、ソロ活動も積極的に行う。

▼こちらの記事は藤井氏厳選の「無人島に持っていきたい」プレイリストとともにお楽しみください
※記事の最後に藤井氏の解説もあります

――初めて買ったレコードは覚えていますか?
藤井「買ってもらったのはマジンガーZのサントラとかになるけど、自分で買ったのはジュリー(沢田研二)のEPかな。昔、7インチ33回転で4曲入ってるのがあったの。そこに『サムライ』とか『ダーリング』とか『あなたに今夜はワインをふりかけ』とか、美味しいのが4曲入ってて。たしかそれだったな。お小遣いを貯めて自発的に買ったのは」

――なんでジュリーだったんですか?
藤井「小学生の頃、大好きだったね。ま、音楽とかロックに目覚める以前の話ですけど」

――一彦さんのルーツミュージックのブルースやロックとの出会いはいつだったんですか?
藤井「それはもう少しあと。高校生になってからだね。音楽を掘っていく過程で。どうしても避けられないじゃない。今ほど掘りやすい時代じゃなくてさ。インターネットなんて、まだ影も形もないんでね。ローリング・ストーンズが、バンド名をマディ・ウォーターズの曲名からとったなんていう記事を読むと、もう絶対にチェックしないと気が済まないですよ」

――気が済まないですよね。マディ・ウォーターズって誰だ?って(笑)。
藤井「そうそう。誰だ?って。マディ・ウォーターズってバンド名かと思った(笑)」

――(笑)。雑誌もブルースなんて特集している雑誌なんてなかったですよね。
藤井「なかった。洋楽誌とかでそういうエピソードを読むと、これはチェックしなければ!ってことになるじゃないですか。それで、広島県の福山(藤井の出身地)の田舎に奇跡的に一軒置いてるレコード屋さんがあったんです。そこでアルバムとしてはファーストかな?『ベスト・オブ・マディ・ウォーターズ』を買ったのが、ブルースは最初だったと思うんですけどね」

――その時はまだギターは始めてないんですか?
藤井「小学6年生ぐらいから触ってはいますね。親父のガットギターがあったんで。ま、触ってる程度ですけど」

――ギターを弾き始めたきっかけは何だったんですか?
藤井「いわゆるフォークの人たちも気になっていて。キラキラしたスター以外にも、ギター持って何かやってる人を見るとさ、あれは何だ?ってことになるじゃん」

――わかります。ある種テレビでは異物でしたよね。芸能っぽくない感じで。
藤井「うん。だから、誰!って特定の感じではないけれども、あの楽器はなんだ?みたいな。持って歌うのなんかいいなって。で、お年玉数年分でアコースティックギターを買ったんだったかな」

――で、地元のレコード屋でマディ・ウォーターズを買って、ブルースに入っていったと?
藤井「そう。バンドものとかにも目覚めていった後にね。世代的に1980年ごろに我々は中学生になるじゃない。ちょうどRCサクセションとかさ、ARBとかルースターズとか、子供ばんどからジャパメタまで、一気にパイセン達が来たじゃない。それまで知識としてはビートルズとかカーペンターズとか聴いていいなとは思ってたんだよね。ラジオから流れてくる外国の音楽、素敵だな!みたいな感じで」

――わかりますね。リアリティではなくですよね?
藤井「リアリティではなく! ところが80年代に登場したパイセン達が、バンドってこうやるんだぜっていうのを海の向こうじゃなくもっと近くで見せてくれたその衝撃がすごすぎてさ。そっから掘り始めるわけですよ。そうすると、ラジオから流れてくる素敵な洋楽もそれまでとは意味が違ってきちゃってさ。バンドを見る目線で見始めるわけ。で、RCサクセションの清志郎さんチャボさんがさ、60年代のロックとか、ブルースとかリズムアンドブルースについて語っていたりしてさ、その流れでストーンズ、その周辺のバンド、それからブルース。昨今のR&Bじゃないリズムアンドブルースが一気に気になりだしたわけ。そういう探究が中学3年生から高校入ってすぐぐらいから始まるんですね。ベストヒットUSAも毎週観るしFMでチャートものも聴くんだけど。そんな中で、たまたま手に入ったマディ・ウォーターズの『ベスト・オブ・マディ・ウォーターズ』。これがさ、初めて飲むコーヒーがエスプレッソかよ!みたいな感じがしたんだよ。苦すぎて、良さが分かんなくて!」

――だって、子供が聴く音楽じゃないでしょ!
藤井「コーヒー牛乳からいかないとさ」

――普通そうですよ!普通、洋楽だってコーヒー牛乳的な例えば…ビリー・ジョエルとかから入るじゃないですか。
藤井「そうだね。ビリー・ジョエルなんかも、ちゃんとソウルが入ってるわけで、あれは上手い具合にコーヒー牛乳だね」

――なのにエスプレッソからいきなり行っちゃったっていう。
藤井「行っちゃって、最初よくわからなくて。よくわからないっていうか、すごいってことはわかるんだけど、良さを説明できるリスナーとしてのスキルもないし、知識もないんで。失敗したなって思ったんだけど、使えるお金に限りがあるから、失敗したと思いたくないわけ」

――なるほど(笑)。なけなしの金使ってますからね。
藤井「そう!2500円なり、2800円なり、もう絶対に元を取らなくちゃいけなくて(笑)」

――大枚叩いたんだんだからいいに決まってる!って(笑)。
藤井「そうそう。良薬口に苦しって言葉あるじゃん。良いものは苦いんだって(笑)、我慢して聴いてて。絶対いつか身になる、みたいな。そうやってマディ・ウォーターズだとか、ロバート・ジョンソンだとか、我慢して聴いてた覚えがありますね」

――ちなみに、今日はマディ・ウォーターズのレコ―ドは持って来られたんですか?
藤井「持ってきたよ。これはもう70年代。『Hard Again』。復活の一枚ですね。ジョニー・ウィンタープロデュース」

――ジョニー・ウィンターのプロデュース作は、三部作でしたっけ?
藤井「これを含めて三部作。この三枚は名盤ですよ。ジョニー・ウィンター、グッジョブすぎて!すごいよね!」

――本当そう思います!
藤井「『Hard Again』タイトルから素晴らしい!“もう一回ハードにキメようぜ”って意味かな。これは77年のアルバム。黒人音楽はもうディスコやファンクの時代だよね。ブルースなんて古い音楽はもう下火で。だけど俺たちこれしかできないし、どうするよ、これから?みたいな時に、たしかジョニー・ウィンターが手を差し伸べたわけですよ。もう一回やりましょうよ、カマしましょうよみたいな。録音も最高でさ!いやー、もう痺れるね、これ」

――これはもうちょっとあとで知ったんですか?
藤井「これはもう少しあとですね。エスプレッソが、だんだん慣れてきてから」

――慣れてきて、エスプレッソをお代わりできるようになってから(笑)。
藤井「アハハハハ」

――今レコードは何枚持ってるんですか?
藤井「1000枚は無いですね。置き場所問題もあるし。棚からたくさんはみ出すと、もう売りに行くみたいな」

――今でも掘ったりするんですか?
藤井「掘ったりしますけど、ちょっと最近また上がってきてるじゃん」

――高くなってますよね。海外から日本にシティポップのレコードをみんな買いに来てるし。
藤井「そうそう。掘る作業ってさ、千円ですごくいいのを見つけるっていうのが楽しいのにさ。金をいくらでも払うんだったらあんまり意味がなくて」

――そうなんですよね。2万円とか言われるとね(笑)。
藤井「物の価値としてそれはどうなんだろうかって」

――さて、煙草ジャケット、どんなの持ってきてくださったんですか?
藤井「そのお題で最初に思いついたのがボブ・マーリーの『Catch A Fire』なんですよ」

――やっぱりこれですか!ま、煙草じゃないんですけどね。
藤井「煙草じゃない説が濃厚なんだけども(笑)。っていうか、たぶん煙草じゃない」

――絶対タバコじゃないと思います。こんなタバコはないです(笑)。このレコードに何か思い入れはありますか?
藤井「これはボブ・マーリーとウェイラーズのファーストで、なんというかファースト感があるよね。つまりこれからブレイクする感じのムードがありますね。ちょっとダークな曲調が多くて、声もそんなにシャウトしてないっていうか。テンションもそんなに高くない。割と抑え気味な感じ。そこがまた良さでもあるんだけど。全体のムードがすごくいいっすよね。ここからレゲエが認知されていくんだなって感じが。世界に広まっていく感じ」

――パーティー前夜的な感じ?
藤井「パーティー前夜、革命前夜的な感じがすごくいい。そういうムードみたいなのって、アナログレコーディングのほうが閉じ込められてる気がするんだよね」

――ええ。他にも煙草ジャケット持ってきてくれてますね!
藤井「予備にいっぱい持ってきたんだけど、その次に浮かんだのはキース・リチャーズの『Talk Is Cheap』。キースはタバコないとね、成立しない人だから」

――間違いないです。ちなみにキース・リチャーズというギタリストは、どう評価していますか?
藤井「トップアイドルですね。ちなみに新譜をアナログ盤で買ってるのはこれが最後かもしれない。80年代終わりだよね?」

――ここから先はもうCDですね。
藤井「このあとは新譜に関してはCDを買ってた気がしますね」

――なるほど。そして更に煙草ジャケットを持ってきてくれています!!
藤井「今までこの記事に登場した方々と被らないために念のために持ってきたのが、吉田(拓郎)先輩

――同郷の先輩ですよね。
藤井「うん。これは『今はまだ人生を語らず』っていうアルバムで。調べたら、最近ノーカット版が再発されたらしいんだけど。歌詞の問題でね、CD化後すぐに発禁・回収になって。リイシューがずっと出なかったやつなんですよ」

――確か歌詞に差別用語があるんでしたっけ?
藤井「そう、差別用語だよね。『“テレビはいったい誰のためのもの 見ているものはいつもつんぼさじき”』っていう」

――嗚呼・・・つんぼ桟敷、か、なるほど。
藤井「その歌詞があるのが一曲目に入ってる『ペ二ーレインでバーボン』。最高ですね。あとこのアルバムのジャケットの灰皿に置いてあるのはハイライトなんだよね。で、ハイライト箱買いだったのよ」

――煙草吸ってたんですか?
藤井「吸ってたね。吸ってた頃は(笑)」

――ちなみに煙草を辞めて…
藤井「もう21年ぐらいですね」

――辞めるきっかけがあったんですか?
藤井「子供が生まれたのもあったけど、吸うことを疑問に思い始めてたし、他にもいろんなことや思いが重なったりして」

――昔はハイライトに憧れたと。
藤井「うん。辞めてから1本も吸ってないけど、煙草がカッコいいという時代も確実にあったよね。やっぱキース・リチャーズとかさ。ジャン=ポール・ベルモンドの『勝手にしやがれ』なんかタバコが無かったら成り立たない」

――そうですよ。日本で言ったら『太陽にほえろ!』の山さんだって、タバコ吸ってなかったら張り込みできないですよ。
藤井「アハハハハ!捕まえらんないよ」

――犯人捕まえられないですよ。
藤井「あれは必要だよ」

――必要な職業とか、必要なシチュエーションがあるんですよ。
藤井「そこまで深く考察しないで、闇雲に禁止するのはダサいとは思うけどね。俺はもう要らないけど」

――今はレコードジャケットに煙草なんてなかなかないと思いますが。
藤井「ないねー。自分もメジャー時代にはジャケットで煙草を手にしてたけど」

――ちなみに、 THE GROOVERSはアルバム何枚でしたっけ?
藤井「11、2枚? ライヴ盤やベスト盤を除いて」

――ソロではどれぐらい出してますか?
藤井「ソロは3枚」

――今後、THE GROOVERSもやりつつソロもというスタンスは変わらず?
藤井「そうだね。ソロは、もともとはバンドで毎年フルアルバム作って何十か所もツアーみたいなのは僕らの商業規模ではなかなか難しいから、自分が書いた曲を歌い足りない部分もあって。それで、弾き語りならフットワークは何倍も軽いので、と思ってやり始めたんですけど、やってるうちに別の価値が出てくるというか、これはこれで楽しいなって。こっちはこっちでやろうみたいな気持ちも大きくなって。今は割とソロにも重きを置いてますね。もちろんアイデンティティとしては、 THE GROOVERSの藤井一彦だっていうのはあるんだけれども」

――自身のバンドがあり、ソロをやり、サポートでもSIONさん石橋凌さん…と名立たる人達を支えていらっしゃる。
藤井「いえいえいえ、もっと忙しい方々たくさんいますから。足りないぐらい(笑)」

――よく切り替えられるなと。
藤井「むしろ何種類かある方が弾くことも歌うことも飽きないって感じですよ」

――そしてもう1枚の煙草ジャケットがRCサクセション。

藤井「『BLUE』。アルバムとしてはRCの中ではこれが一番好きかな。ジャケットの場所、レコーディングスタジオかな?リハーサルスタジオかな?チャボさん一人だけが煙草吸ってるんだけど、吸い方がカッコよくて。メイクバリバリの頃のRCですけど、みなさんグレースーツで、ノーメイクで、ネクタイなんかして。これがなんつーんですか、ロックバンドは仕事だから!みたいな、突き放し方がさ」

――あー、そういうメッセージか。
藤井「だと思うんだけど、どうだろう」

――名盤ですね。
藤井「名盤ですよ、これ。ジャケも無茶苦茶カッコいいな」

――それで『BLUE』っていう単語をピンク色で書くところがいい!
藤井「そこ!俺も高校生の頃から思ってた!」

――やった!
藤井「これで煙草ジャケ4枚になっちゃったよ!」

――いいんです!実は僕もタバコジャケ持ってきまして。今のRCの流れで行くと、これかなぁと。
藤井「おっ!『ブルース・ブラザーズ』!!」

――ブルースっていう黒人の音楽を白人がやるにあたって、拝借しちゃってるのを笑いに変えるっていう、このセンスが結構好きで。しかもメンツもすごいじゃないですか。
藤井「素晴らしいよね。バンドが」

――バンドが素晴らしいんですよ。映画自体も面白いし。映画に出てくる人たちも最高のメンツじゃないですか。ジェームス・ブラウン出てくるし。
藤井「アレサ(・フランクリン)も!しかも、食堂のカミさんの役で出てくるのがまたすごい。しかも旦那がマット・マーフィなんだけどさ、結構ガチなブルースギターリストで名人なんだけどさ、こんな役やらされてんのかみたいな(笑)」

――(笑)。内容的にも日本でも影響を受けたアーティストもたくさんいますよね。
藤井「たくさんの方が影響受けてると思いますよ、黒人じゃない人たちのブルースの正しい解釈の一つだと思います」

――そして無人島へ持って行きたい5枚を!
藤井「5枚じゃ収まんないよー。そもそもこのお題はよくあるんだけど、最初にまずね、電気あるのか?とか、つっこんじゃうタイプなんですよ」

――それ言ったら成立しないです。
藤井「成立しない!?じゃあ電気とオーディオはある前提で。Wi-Fiはないね?」

――Wi-Fiはないです!
藤井「音楽ライターの能地祐子さんが、その名も『無人島レコード』という本を以前にまとめられたんですが、そこに寄稿したことあるんですよ。それは1枚しか選べないんだけど。で、原稿を書くスタイルだったんだけども、さっきの電気の話と(笑)、なんで行くのか?とか、行ったらもう帰ってこれないのか?とか気になっちゃって、文章でもちょっと触れたり(笑)」

――血液型は何型ですか?
藤井「A型です!」

――A型だ! ぽい。わたしはBだから全然気にならない(笑)。
藤井「アハハハハ! そこで1枚だけ選ぶ時に、何枚か挙げつつ、これに絞りましたって言ったのがジョン・レノンの『ロックン・ロール』。アルバム単位だと、ジョンのソロでは一番好きですね。好きな曲はいろんなアルバムに散らばってるんですけど、アルバム単位だとこれが一番好き」

――一彦さんってジョンが好きな感じ、あんまりなかったです。
藤井「本当?たぶんそれは、今からする話ともちょっとつながってると思うんだけども、俺、愛と平和のジョン・レノンがあんまり好きじゃなくて。もう、ロックンロールシンガーとしてのジョン・レノン、そしてちょっと陰りのある部分が好きなのね。曲で言うと、『Nobody Loves You』とか『Gimme Some Truth』とかさ。ビートルズ時代だと『Happiness Is a Warm Gun』とか『Sexy Sadie』なんかが好きなんですよ、『Imagine』とかよりも。アルバムだともうこれ」

――確かにビートルズ初期も例えば『Twist and Shout』なんて、ジョンのあの歌がなければ成立してないじゃないですか?
藤井「そうだね」

――やっぱジョンってロックンロールシンガーなんですよね。
藤井「そう思いますよ。その魅力が一番大爆発してるのが、ヨーコと別居期のロックンロールやり放題のこれだと思う。最高です。これ高校生の頃に聴いて、ちょっと青春の1枚っぽいところもあるんだけどね」

――なるほどねー。俺もまた聴こう。どうしてもジョンが引っ張り出される時って、必ず愛と平和のジョンなので。
藤井「そうなんですよ。俺は愛と平和じゃないジョンが好きでね」

――めちゃくちゃな人ですからね。
藤井「基本、めちゃくちゃな人でしょ。ハンブルク時代とかも、活字にできないようなことばっかやってる」

――確かに。よくぞ愛と平和に行ったなと…。
藤井「もちろんそっちもジョンなんだけれども、っていう」

――これは確定ですね。2枚目は?
藤井「ビートルズからの流れで言うと、ローリングストーンズだけどさ、これもまたね、俺A型だから、5枚選ぶときに時に2枚組はどうすんだ?って」

――1タイトルで1枚ですよ(笑)。
藤井「1タイトルでいいの?では、ストーンズの『Exile on Main St.』。ストーンズの最高傑作に挙げる人も多いけどね。さっきボブ・マーリーの『Catch A Fire』の時にも言ったけど、ムードがさ、デジタル時代ではもう再現できないよ」

――これはどのタイミングで聴いてたんですか?
藤井「もちろんリアルタイムではないんだけども。ストーンズを深く聴きだした高校生から二十歳ぐらいまでの間に掘っていったものですよね」

――さて、残り3枚ですよ。
藤井「ビートルズ関連、ストーンズと来ると、自分的にはやっぱりこれを挙げなきゃいけなくて」

――やっぱりソロシンガーの極北にいる人ですからね、ボブ・ディランは。
藤井「はい。僕の弾き語りサイドの大先生。向こうは弟子とは思ってないと思うけど(笑)。これも評価高いアルバムなんだけど、ディランの中で一番有名とかではないですよね。血の轍、『Blood on the Tracks』」

――逆にディランのアルバムでこれを挙げる人を初めて見た気がします。
藤井「本当? ディランのアルバムで何が一番名盤か?って質問だとまた違ってくるかもしれないんだけれども、無人島へ持って行くんならこれだなって」

――その心は?
藤井「これがですね、また独特のトーンと雰囲気が、アナログレコーディングに封じ込められまくってて。ちょっと切ない曲とかも多いんですよね。たぶんこれ離婚後かな…? ディラン的にはナニ期なんだろう? 自分もカバーしたことあるんだけれども、『Simple Twist of Fate』って曲が2曲目に入っていて。これがね、このムードどうやって出すんだろう?っていう。もちろん自分のカヴァーは到底足元にも及ばなかったけど、いろんな人のカヴァーと、ディラン本人の別ヴァージョンを聴いても、やっぱりこれが一番良くてさ。ここ数年、ブートレッグ・シリーズをいっぱい出してるじゃない。その中にこのアルバムの曲の別ヴァージョンが何テイクも入ってる盤があるんだけれども…。この曲、アコースティックギターとハーモニカとベースのみをバックに歌ってるけど、当初はバンドで録音してて、最初そっちを出そうとしたらしいんだよ。ところがアルバム全曲録り終わった後に、もっとシンプルな方がいい!って、何曲かレコーディングし直して、この曲もその中の一つで。それぐらい、やっぱりこの雰囲気が正解なんだな、と。もちろんバンドのほうも聴いたけど、このシンプルで独特なヴァージョンを超えてないなって思って」

――なるほど。
藤井「全体的なトーンも、さっきのボブ・マーリーのファーストもそうだけど、 少し抑え気味のところが逆にいいみたいな。まぁ、テンション高い曲もあるんだけどね。『Tangled Up in Blue』とか、『愚かな風(Idiot Wind)』とか」

――この間の来日公演行きました?
藤井「1本だけ行きました。いやー、素晴らしかったね。ボブ・ディランオリジナルのオルタナみたいな。本当に究極の、わが道行ってる感じですね。ヒット曲やっとかなきゃとかまったく関係ない。もともとそうなんだけど。ちゃんとメロディー歌わなきゃとか、そういうものすべてから解き放たれていて。すごいライヴだった。80歳過ぎてね」

――たぶんミックと同い年ぐらいですよね?
藤井「ちょっと上じゃない? 1コか2コ上じゃないですかね? まぁ、ミックのように走り回ったりはしないんだけど」

――ある意味対照的というか。もうストーンズはどんどん開かれた方向に行ってますけど。
藤井「そうだね」

――ディランはどんどん閉じて。
藤井「うん。本当に自分がやりたいことだけをやって、それが一世を風靡した時期もあり、神格化もされ、挙句80歳を過ぎてもやりたいことしかやらないとこうなれるんだぜって見本を見せてくれるような、そういうライヴでしたね」

――なるほどね!突き詰めるとこうなれるよ、お前たちっていう。
藤井「そう。前例ないわけですよ。ロックっていうジャンル自体が初めて80過ぎた爺になるわけで。それを示してくれたようなライブだったし。やっぱり、デビュー当時の弾き語り期から、エレキを持ったばかりの頃、バンドやったり、近年のひたすらツアーやる時期とか、それぞれの時代に割と傑作を残しているし、その時々の自分の一番理想の形をやってるよね。やり切ってる感じがする」

――その時のスタイルを突き詰めてますよね。
藤井「そうそう。これは派手なアルバムではないんですけど、無人島へ持っていきたい1枚ですね」

――なんとなく、一彦さんのいる無人島の輪郭が見えてきた。
藤井「本当は見えてないだろ(笑)」

――見えてます!(笑)。
藤井「ジョーはB型だからな(笑)。『血の轍』はいいよー。無人島で夜に聴いたら泣くかも(笑)」

――さぁ、残り2枚です!
藤井「絞り切れてないんだけど、ブルース1個挙げとかないとやっぱりダメなんで。マディ・ウォーターズ、『Hard Again』。これは77年ですね。

さっきもちょっと話したのでそこは割愛しますが、ジョニー・ウインターがギター弾いたり、プロデュースやってるんですけど、1曲目の『Mannish Boy』が特に如実で、完全に一つの部屋で録ってるんだよ。ボーカルも含めて。これ日本盤はね、当時アナログ出てなかったの。ずいぶん経ってからCD化されて、その時に初めて俺ブックレットで、レコーディング風景の写真を見たの。輪になってさ、もう音の被りも気にしないというか、むしろ歓迎でやってた。その空気感もアナログテープにしっかり入ってるんだな、と。あ、これか秘密は!って思ったよ。ちょっとこれ聴いてみようか」

<レコードをかける>

藤井「ジョニー・ウィンターがさ、ギターとプロデュースだけじゃなく、ブースに入って、ガヤというかめっちゃ騒いでるの」

<曲がかかり、歌声が流れる>

藤井「ね。ジョニー・ウインターが騒いでる!!これでモチベーションあげるんだね。素晴らしいプロデューサーだよね」

――完全にレコーディングを作ってますね。
藤井「騒ぐ声うるせー(笑)。曲はワンコード、ワンパターンじゃん」

――ええ。
藤井「これで押し切るんだよ」

――すごいな。さぁ、ラスト1枚です!!
藤井「これが絞り切れなくてさー(笑)。やっぱり女性の声も聴きたくて…。ちょっとまだ迷ってるんだけど(笑)。カーラ・トーマス

藤井「お父さんがルーファス・トーマスって、ストーンズもカヴァーした『ウォーキング・ザ・ドッグ』という曲が有名なスタックスのソウルシンガーで、なおかつオーティスも彼女のことを気に入って、デュエットアルバム出したりしてるんですけどね。きっと周りからかわいがられたんであろうと思うけど、アレサとは違ってさ、クイーンすぎないところが好きで。ちょうど良さって必要だよね。俺はこの人大好き。声も好きですね。やっぱり聴くシチュエーションとか、条件とか気にするからね。やっぱ無人島ってさ、必ずしも大名盤だけじゃなくて、自分が夜聴きたいやつとか必要じゃん(笑)」

――ちょうどいいやつですね。いつもイタリアンのフルコースじゃなくて、家だったらたこ焼き食いたいみたいなことですよね。
藤井「そうですね。たまにはジャンクフードもさ」

――じゃないと飽きちゃう。
藤井「そう。この『Comfort Me』というアルバム、この人の中では傑作として挙げる人が多いです。バカラックのナンバーも入ってる。『Let It Be Me』という、これはスタンダードですね。すごい好きです。あと『Will You Love Me Tomorrow』というキャロル・キングの作品も、なかなかいいアレンジ。スタックスの連中がバックやってます」

――最高じゃないですか!!
藤井「最高なんですよ。『Will You Love Me Tomorrow』はちょっと聴いてもらいたいよ」

<曲が流れる>

藤井「これバラードのまま演る人が多いんだけど、ソウルのちょっとアップテンポなアレンジがすごく良くて」

――曲がいいですね。あと歌がクイーンすぎないですね。
藤井「そうなんだよ。ちょうど良さって大事じゃない? 来日した時観に行ったんですよ。何年前だったかな。そこで、チャールズ・ホッジスというハイ・リズム・セクションのオルガンプレイヤーの演奏がすごく良くて。レーベルを超えての参加というか、まあ僕らが考えるようにスタックスとハイとかって分かれてないんだろうけど。で、すごい良くて、GROOVERSの最新アルバム『RAMBLE』に一曲だけリモート参加してもらって」

――そうなんですか!いつ来日したんですか?割と最近?
藤井「割と最近。コロナよりは前。2018年か」

――この緩い感じいいなー
藤井「いいでしょ。アレサはもちろん素晴らしくて、誰もが認めるクイーンですけど、それゆえのしんどさがちょっとあってさ。正座して聴かなきゃ、みたいな。俺はわりと、ポールポジションじゃなくて、いい位置につけてる人が好きなんだよね。ポールポジションが好きな人がもっとビッグになるんだと思うんだけど、俺は違うんだな。だからダメなんだと思うんだけど(笑)」

――そんなことないじゃないですか!凛としてこの業界に存在してますよ!
藤井「もう端のほうで片手で掴まってるだけだから」

――いやいやいやいや。
藤井「で、無人島、残り1枚。どうしてもジュリー・ロンドンが外せなくて。この人はアメリカの女優さんで。もうエンタメのあるあるの感じですよね。歌も歌う女優さん。だけど向こうはレベル違うねー。もうセクシー系のハスキーの極上の感じなんですけど」

――ぜひ歌を聴かせてください。
藤井「これがね、バーニー・ケッセルという、俺の好きなジャズギターリストとベーシスト二人だけをバックに全編歌ってるアルバム」

――それで歌が成立するってすごいですね。

<曲が流れる>

――確かにこれは女優さんの歌のレベルじゃないですね。もう第一声で持っていきますね。
藤井「持ってくよねー。この2枚が…無人島で寝るとき聴くのに…選びきれない!」

――じゃあ、今回は同率2枚!計6枚!もうしょうがないですよ!そこまで先輩が言うなら。
藤井「ごめんなさい。選べなかった」

――しょうがないです。このオッパイ好きです(笑)。
藤井「そこか(笑)」

――この形がいいです(笑)。
藤井「形(笑)。SIONさん言うところの上目遣いの?(笑)」

――上向きの。無人島なんでそういうの大事ですから。
藤井「むしろ邪魔かもしれない(笑)」

――しかしこれは無人島の夜にぴったり。
藤井「ぴったりでしょ!この人は素晴らしいでしょ。この美貌で、たしか4回結婚してるんだけど。ギターとベースのみで、むしろ逆にいいっていうかね。他にもたくさん出してて。もっとゴージャスなやつもあるんだけど」

――ビッグバンドでやってるアルバムもあるんですか?
藤井「あるんだけど、全然こっちがいい。『I’m In The Mood For Love』って曲がすごい好きでね。愛の気分」

――これのレコードで口説いたことあるでしょ?
藤井「口説かないよ。こういうギター弾けるようになりたいね。弾きすぎない感じ」

――いいですねー。もうこれは2枚決定にしましょう。
藤井「いい?本当優柔不断でごめんなさい(笑)」

――一彦さんの人柄の出る1枚だと思います。見事なバランスです。
藤井「良かったー。バランス結構気にするんだよ俺(笑)」

――さすがだなと思いました。さすがこの業界に長いこと生きてるだけあるなって。
藤井「アハハハハハ! 崖っぷちで端に掴まってるだけだって」

――さて、今年はどんな予定ですか?
藤井「もちろんTHE GROOVERSでのツアーも例年通りやるつもりです。ソロ弾き語りも神出鬼没上等でやりまくって勢力拡大も図りたいです(笑)。ただ、そろそろ曲も書きたいけどね。ちょっとコロナ・イヤーズは、曲を書くモチベーションも上がらなくて。この隙に!って制作に向かった人もたくさんいたと思うんだけど、俺はなんか気持ちがちょっと違ったんだよね。歌にする状況じゃないっていうか。でもそれはそろそろ終わって、自分なりの次のフェーズにとは思っています。まだどうなるかはわからないけど。まぁ、ライヴ中心にはなると思いますけど、精力的にやっていきたいと思っています」

【藤井一彦の無人島に持って行きたいレコード6枚】

●ジョン・レノン『Rock ‘N’ Roll』:カヴァー曲だけの弾き語りライヴもやったりしてますが、思えばここからきてるのかもしれない。R&Rのジョン、最高。
●ザ・ローリング・ストーンズ『Exile on Main St.』:最高傑作に挙げる人も多い。無双状態のロックンロール・バンド が、スタジオでなく、当時キースが住んでた城(!)に機材を持ち込んでガチャガチャやってる感じが最高。
●ボブ・ディラン『Blood on the Tracks』:地味めだけど、当時売れたみたいだし、ベストに挙げる人も多いみたいですね。そんなアルバムなのになんとも言えないこの陰り。最高。
●マディ・ウォーターズ『Hard Again』:DISCOやウエストコーストの時代、PUNKも出てくる頃に、ドス黒く光るシカゴマナーのエレクトリック・ブルース一直線。音も最高。
●カーラ・トーマス『Comfort Me』:これは一応USオリジナル。「メンフィス・クイーン」とは呼ばれてましたけどね。彼女は別に女王になりたいとか思ってないですね、多分。そこが最高。
●ジュリー・ロンドン『Julie Is Her Name』:声ってやっぱり武器ですな。ギターとベースだけをバックに、というアルバムがシリーズっぽくあと2枚あるんですよ。どれもいいけどこれが最高。

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