野尻抱介の「ぱられる・シンギュラリティ」第10回 チェスをめぐる人類の環

1章 チェスとロシアと世界と

 ウクライナ侵攻が始まって4か月がすぎた頃、チェスのオンライン対局をしていたら、ロシア人に当たった。
 サーバーは最大手のchess.comで、世界中のプレイヤーが常時何万人もログインしている。「プレイ」ボタンを押すと自動ペアリングで近い棋力の人がランダムに選ばれる。
 プレイヤーの国籍は国旗で表示される。このときの相手は国旗がブランクになっていて、なんだろうと思ってマウスオーバーしたらこんなメッセージが現れた。(画面左上)

「ここをクリックして我々のウクライナ侵攻に対するスタンスをご覧ください」

 そこからさらに、ロシア人チェスプレイヤーからの反戦メッセージ集などにリンクされている。
 現在、chess.comでロシアのプレイヤーは原則排除されていない。とはいえスルーもせず、国旗を奪っている。ロシア国民のかなり多くが侵攻を支持するか看過しているのだから、それぐらいは背負えよ、ということだろうか。
 チェスサーバーのもうひとつの大手、lichess(リチェス)はどうかというと、対局画面ではそもそもプレイヤーの国籍表示をしていない。ユーザープロファイルには任意の国籍設定があり、ロシアとベラルーシを含めて国旗が表示されている。しかし運営blogにステートメント を掲げており、ロシアとベラルーシのユーザーに対する注意事項がある。ロシアのオフィシャルおよびジンゴイズム的なユーザーに対しては賞金を受け取る資格を失う、等々。またウクライナ人プレイヤーのコメントを集めたエントリもある。ウクライナはロシアと並ぶチェスの強豪国で、コメントはどれも痛ましい。

 というわけで今回はチェスにまつわるあれこれを語ろう。
 チェス界がなぜこんな反応をしているかというと、旧ソ連がチェスの中心地で、現在もチェスの盛んな地域だからだ。第二次世界大戦後の世界チャンピオンはずっとソ連が独占していた。国の威信をかけてチェスプレイヤーを養成していたこともあるだろう。
 1972年になって初めて、アメリカの若いグランドマスター(チェスの最高位タイトル)、ボビー・フィッシャーがソ連のスパスキーを破って世界チャンピオンになる。米ソ冷戦真っ最中のことで、双方とも国の威信を背負っていた。アメリカではアポロ計画並に注目され、空前のチェスブームが起きた。
 フィッシャーはパラノイアぽいところがあり、奇行が目立った。スパスキー戦でも対局をすっぽかしたり、細かい注文をつけたりしてすったもんだした。双方とも政府高官からコンタクトがあり、フィッシャーには「ちゃんと対局しろ」と圧力がかかったらしい。

 スパスキーに勝利したフィッシャーはアメリカの英雄になるが、その後もすったもんだがあった。政府のいいつけを守らずに対局してアメリカ国籍を剥奪され、世界を放浪する。そして転がり込んだ日本で、日本チェス協会の会長代行、渡井美代子と事実婚の関係になる。
 私は30年くらい前、日本チェス協会の運営するチェスセンターを訪れたことがある。ボビー・フィッシャーをかくまう前のことだ。そこは蒲田のひなびたマンションで、渡井さんが事務をしていた。テーブルにトーナメントサイズのチェスセットがいくつか並び、外国人の二人組がプレイしていた。
 同行した誰かとプレイしたら渡井さんがレーティングを記入してくれたので、へえ本式だなあと思った。レーティングとは棋力を示す相対的な数値で、対局相手とのレーティング差と勝敗で増減する。
 そのとき外国人のプレイするブリッツ(早指し)を初めて見た。目にもとまらぬ速さで手が駒と対局時計の間を行き来するのに驚いたものだ。チェスとはこんな遊びかたをするものか、と思った。当時Youtubeはもちろんインターネットも普及してなかったから、対局は映画で見るぐらいだった。

 こんな感じで、チェスをウォッチしていると話題が世界中を行き来する。
 西欧、東欧、北米、南米、アジア、アフリカのそれぞれにチェスの活発な営みがある。ほとんどの日本人が知らない世界だ。
 日本で羽生善治や藤井聡太の名前は将棋をしない人にもよく知られているが、「ヒカルがギリに勝ったよ」と言われても、「なにそれ。『ヒカルの碁』?」と言われそうだ。二人はともにグランドマスターで、ヒカル・ナカムラは父親が日本人、母親がアメリカ人で大阪生まれのアメリカ国籍。アニッシュ・ギリは父親がネパール人、母親がロシア人のロシア生まれでオランダ国籍で日本に住んでいたこともある。
 日本で生まれて日本人と結婚して日本で暮らして日本で死ぬ日本人、という生き方を普通と思っていていいのだろうか、などと思ってしまう。
 日本はチェス不毛の地と言われる。プレイヤーが少ないので国別ランキングではいつも50位~100位ぐらいのところにいる。将棋・囲碁という優れたゲームが根付いているので無理もないところだ。日本のチェスプレイヤーはマイノリティだが、近年はネットで結びつき、動画やライブ配信は毎日楽しめる。運営に問題があった日本チェス協会は解散して日本チェス連盟に代わり、こちらも活発にライブ配信をしている。

2章 チェスとコンピューター

 私のチェスは完全に下手の横好きだ。chess.comでのレーティングは1100、lichessで1500くらいをうろうろしている。毎日練習していればもう少し棋力がついたと思うが、いろんなことに手を出すので、年単位でブランクをつくってしまう。
 将棋や囲碁があるのになぜチェスに手を出したのかというと、かつてパソコンで人間とまともに対局できるソフトはチェスしかなかったからだ。
 私が所有した最初の市販パソコンは1980年代の中頃、名古屋大須の電気街で買ったApple IIのコンパチ機だった。CPUは初代ファミコンと同じ6502、RAMは48kB、フロッピーディスクの容量は140kBという、現在の100万分の一くらいのスペックだ。しかしこれで走るSargon IIIというチェスプログラムはまことに強かった。レベル3だとめったに勝てなかった。


 2年前、押し入れからApple IIeを引っぱり出して整備したとき、Sargon IIIの5インチフロッピーディスクを差し込んでみた。ちゃんと起動した。棋力をレベル3にして対局してみる。
 ……悲しいかな、私は負けたのである。
 39年前の6502とソフトウェアに、また負けた!
 自分の棋力が伸びてないのは情けないが、いっぽうApple II+Sargon IIIの棋力も、マシンスペックの差ほどには変わっていないように感じた。
 これと現代のチェスサーバーを戦わせたらどうなるだろう?
 chess.comやlichessはStockfishというオープンソースのチェスエンジンを使っている。何度か対局させたところ、こんな結果になった。

 Stockfishレベル6 > Sargon IIIレベル3 > Stockfishレベル5

 Sargon IIIのレベル3は一手30秒ほどかかるのに対し、Stockfishのレベル5はほぼ瞬時に応手する。チェスサーバーはマルチタスクだから、この対局にどれほどリソースを割いたかはわからない。
 Stockfishは設定したレベルに合わせて棋力調節をしている。そのためにときどき不自然な悪手を指す。
 Apple II+Sargon IIIは全力で計算しており、棋力は計算時間に依存している。私の棋力はStockfishのレベル5と互角なので、この順位でうなずける。
 中級者程度の棋力だとあまり差がつかないということだろうか。その先は探索空間が巨大になるので、6502だと手に負えなくなるかもしれない。

 かつてチェスを指すコンピューターは人工知能と呼ばれていた。
 1968年の映画『2001年宇宙の旅』の物語がジュピター・ミッションに入ると、宇宙船に搭載された人工知能HAL9000の描写が始まる。人間との自然言語による対話、手描きスケッチの顔認識とあわせてチェス対局シーンがある。当時はチェスを指せることが人工知能の目標のひとつだったことがわかる。
 キューブリック監督はチェスの愛好家なので、この対局は正当に作られている。
 HALと戦うのはフランク・プール。悲劇に遭う最初の乗組員だ。プールが隅にあった無防備なルークをクイーンで取ったのが大悪手で、手薄になった自陣をHALに攻め込まれる。HALはチェックメイト(詰み)を指摘する。実際には一意ではなく、HALの指摘よりもう少し延命できるが結果は変わらない。
 チェス界の検証によれば、この対局は1910年にハンブルクで行われたRoeschとWilliSchlageの棋譜を使っている。
 途中、HAL9000が最善手を指さないことがあり、「HALはDeepBlue(IBMが実際に開発したチェスコンピューター)より人間的だ」という指摘があったが、もちろんジョークであろう。最善手を指さない場面は棋譜上にはあるが、映画には登場しない。

 現実のコンピューターチェスは1960年代に現れ、30年後の1997年にIBMのDeep blueが世界チャンピオンのカスパロフを破った。Deep blueは専用の高性能なハードウェアだが、その後はソフトも進歩して、現在ではスマホアプリでもグランドマスター並の棋力を持っている。
 現在、Deep blueのようなコンピューターチェスを人工知能として扱うことはあまりない。
 コンピューター囲碁のAlphaGoはディープニューラルネットを使っており、これはAI技術のシンボルになった。コンピューター将棋も同様の技術が使われ始めている。チェスはAI技術を使う前に人類を凌駕してしまったが、今後はAI化が進むだろうか。
 先のジョークは現在のコンピューターチェスの課題を正しく指摘している。それは棋力を高めることではなく、いかに自然に弱くふるまえるかだ。

 『2001年~』に並べては僭越だが、私も1993年、『アンクスの海賊』でチェスの対局シーンを書いた。主人公の少女メイが白、宇宙海賊のボスが黒。10手めで宇宙海賊が緩手を指すと、メイは11手目でクイーンをサクリファイス(犠牲)する。最強の駒を捨てたことになるが、そこからはすべて強制手で黒のキングが引っ張り出され、ついに敵陣の最下段に達した18手目で詰む。
 冗談のような展開だが、Ed Lasker – George Thomas, London 1912 という実際にあった対局だ。ただし白の最後の手が異なる棋譜もあって議論になっている。私が参照したのはЯ.Г.ロフリン『楽しいチェス読本』に載っていたものだ。

 チェスサーバーにはチェスの学習や訓練、研究に便利な機能が揃っている。これはAIが社会に組み込まれたらどれほど便利になるかを知る先行例と言ってもよい。優秀な教師がマンツーマンで指導してくれる。「先生、これはどうですか?」と聞きたいとき、チェスサーバーは人間と同等かそれ以上にうまく答えてくれる。

 lichessの「研究」機能を使って『2001年宇宙の旅』と『アンクスの海賊』の棋譜を動かせるようにしておいた。lichessはすべての機能を無料で使えて広告もないので、安心して使っていただきたい。PCでもスマホでも使える。
 リンク先では以下の操作をしてほしい。
・「ローカルブラウザ内での解析」ボタンをONにして、局面の評価値がバー表示されるようにする。
・「2001年宇宙の旅」「アンクスの海賊」をタップorクリックして棋譜を選択し、再生する。
『2001年』の大悪手は12手めの白で、このあと評価値バーはほぼ黒一色になる。チェックメイトはここでほぼ決定していたことになる。
『アンクスの海賊』の対局は、10手目の黒の着手で評価値バーが白一色になり、この時点で8手先の結果が確定したことがわかる。メイは瞬時に7手先まで読む才能の持ち主、という設定なので、その通りになった。
 このようにチェスの研究でコンピューターチェスはまことに有用で、局面の評価がただちにわかる。メイトまで読めない場合、たとえば10手まで読んだ最善手が11手めに覆ることもあるから、局面の評価は確実ではないが、実用性は充分だ。

3章 チェスと人間

 人間が機械に知力で敗北した点で、チェスはシンギュラリティの予行演習でもある。
 世界チャンピオンが機械に負けたことで、チェスは終わったのか?
 答えはノーだ。あれから四半世紀が経つが、チェス界は衰退していない。その後、将棋と囲碁でも人類が敗北したが、活動は続いている。
 そもそもなぜ「コンピューターに負けたらチェス終了」などと思ったのだろう?
 人類を破ることはあくまでコンピューターチェスの目標であって、人間側の目標とは噛み合っていない。この達成によって目標の転換を迫られたのはコンピューターチェス側で、先に述べたように、よりナチュラルな棋力調節に研究が移っているように見える。これからのコンピューターチェスは、「自然な弱さ」を備えていくだろう。

 chess.com のコンピューター対局には最近、多数のアバターが実装された。キャラクターごとに棋力と棋風を設定して、人間の指し方に近づけている。
 とはいえ、コンピューターの指し方はまだ人間とかなり異なる。
 人間同士であるべきオンライン対局で、たまにチートしてコンピューターを援用する不届き者がいるのだが、これは指し方でわかることがある。ネットのライブ対局で配信者が「あー、この人チートしてますね」と指摘する場面を何度か見かけた。
 チェスのレーティングは人間どうしの対戦で決まるので、対人戦で勝つことがプレイヤーの目標になる。だから指し方が違うコンピューターを相手にしてもいい練習にならない、というのが定説だ。
 私はコンピューター戦から入ったくちで、機械が指そうが異星人が指そうがチェスはチェスで、ロジックは同じだから、コンピューター戦も面白いと思う。人間の棋力が上がるほどコンピューターの指し方に近づくのではないだろうか。

 対人戦は何が違うかというと、コミュニケーションがあることだ。
 現在、対人戦のほとんどはオンライン対局になるから、相手の姿も声も、年齢や性別もわからない。にもかかわらず、驚きや戸惑い、恐れなどの感情がひしひしと伝わってくる。それがプレイに反映されることもあるので、ブラフで相手をゆさぶることもある。
 自分の対局でよく反省するのは、攻撃的になれなかった時だ。つい臆病になって防御に力を割いてしまい、じりじりと圧倒されていく。攻撃的であることは精神力を要するから、相手のブラフでぐらついてしまう。

 チェスは潔くないゲームで、劣勢になったら引き分けに持ち込むことが重要な戦術になる。「キングは自殺手を使えない」「手番をパスできない」というルールから「キングが自殺手以外指せなくなったらドロー(引き分け)」というルールが導かれる。これをスティールメイトという。相手がキング一個になってこちらが圧倒的に優勢だったのに、スティールメイトに持ち込まれてドローになり、地団駄を踏むことがよくある。
 将棋の千日手にあたる、同型反復3回でドロー、というルールもある。この無限ループも意図的に始められる。
 チェスサーバーには「ドロー・オファー」という機能もある。「このままやっても引き分けだからやめませんか?」という提案だ。どうみても劣勢なのにドロー・オファーしてくるずうずうしい者もいる。勝敗が見えないときのドロー・オファーは「二人で幸せになろうよ」と言っているようで、ちょっとほっこりする。オファーを拒んで負けたら後悔しそうだから受諾しようかな、という機微もある。
 グランドマスターの戦いは双方が深読みするのでドローになりやすく、これがチェスをつまらなくしている、という指摘もある。オリンピックの柔道が地味な組み手ばかりになるのと似ているだろうか。

 オンライン対局の対義語はOTB(On The Board)という。盤を囲んで対面でプレイする昔ながらのスタイルだ。コロナ禍でOTBが難しくなり、欲求不満をため込んでいる人も多いと聞く。公式戦はチート防止のためにOTBで実施される。対局では握手がつきものだが、かわりに肘をぶつけあう。

 これは2007年7月、チュニジア南部の街トズールの道端で見かけたOTBだ。
 時刻は夕方。すり切れたチェス盤とプラスチックの駒を使う、カジュアルな対局だ。対局時計を使っていないが、二人はかなりの速さで指していた。金は賭けていないようだった。観戦していたら「あんたもやるか?」と誘われたが、そんなに速く指せないので遠慮してしまった。
 チュニジア南部はサハラ砂漠の際にある質素な世界だ。スターウォーズの1作目、ルーク・スカイウォーカーが暮らす惑星タトウィーンのロケを行ったことで知られている。実際の街もタトウィーンとそんなに変わらない。乾いた土地で、ほとんど雨が降らない。街はオアシスのあるところにできる。電気も水道もある。携帯電話は普及しているし、インターネットカフェもある。
 しかし経済活動はあまり活発ではない。金はないが人は余っているので、人どうしで遊んでいる。私は基本的に一人ですごすのが好きだが、こうして人々が街角でたむろしている様子を好ましく思う。人間どうしで遊ぶというのは現代ではなかなか贅沢なことで、チェスがそうであるように、いまのところ代用品がない。

 こちらは2018年6月、イギリス南部イースト・グリンステッド。古風な書店の前にチェステーブルを並べてOTBしている。座っているのはイラン人で、私が日本人だと知ると「『おしん』知ってるか?田中裕子は俺の嫁だ」と言った。イスラム圏でおしんが大人気なのは本当なんだな、と思った。
 通りかかった警官が白番になり、ロンドンシステムという邪道……とは言えないが毀誉褒貶ある定跡を使った。終盤では黒が有利に見えたが警官は巧みに相手ポーンを削り、イラン人は投了した。この地では警官がストリートチェスに興じていてもとがめられないらしい。
 帰国後に調べてみると地元のチェスクラブがあって、週に一度、書店の前でプレイするとのこと。
 2019年にはこの書店がEAST GRINSTEAD BOOKSHOP CHESS CLUBを立ち上げた。イギリスらしい古風な書店内で対局していてうらやましい。

 自分で見たわけではないが、NYCのワシントン・スクエアにあるチェステーブルにはハスラーがたむろしていて、現金を賭けたり、指導料を取ったりしていることで有名だ。この2016年の動画ではグランドマスターのモーリス・アシュリーがお忍びで対局している。
 1993年の映画『ボビー・フィッシャーを探して』にも同じ場所が出てくる。ハスラーと少年の対局シーンは名場面だ。ハスラーはいつもどおりトラッシュトークを連発するが、実際には少年を激励している。「昔のように直感でプレーしろ。負けるリスクを負え。全てを危険に晒せ。ボードをプレイしちゃだめだ、常に人をプレイするんだ。私を打ち負かせ、ボードではなく。その調子だ、いいぞ、良くなった!」

 オンラインにせよOTBにせよ、チェスは非言語コミュニケーションのひとつで、映像なしのオンラインでも伝わるところが面白い。簡単なルールを理解するだけで全人類と心を通わせることができるのだから、やって損はない。海外に行けばOTBの機会もあるだろう。共通の話題を持つのはいいことだ。
 チェスを始めたい人に入り口を示しておこう。
・チェスサーバーのlichessとchess.comでアカウントを作る。
 lichessは完全無料で広告なしのオープンソース系だが、ログインしているプレイヤー数はやや少ない。
 chess.comはプレイヤー数もコンテンツも豊富だが、商業的ではある。無料でも使えるが、私は月300円ほど払ってゴールドメンバーになっている。
・チェスサーバーに入門者のための解説や練習教材がどっさりあるので、それで練習して対人戦を始める。自動ペアリングで自分と同レベルの相手が選ばれるので恐れることはない。英語のページは機械翻訳で読める。ただし「黒のビショップ」を「黒人の僧侶」と訳すなど、チェスの文脈を無視することに慣れる必要がある。
 対人戦に英語力は不要だ。そもそも相手が英語圏のプレイヤーとは限らない。チャットもあまりない。終了後に挨拶するときは「good game」が定型文だが、黙って去る人も多い。
・入門書を読む。チェスサーバーの教材でもいいが、入門書を1冊通して読むと系統的な知識がつく。「はじめてのチェス」みたいな、読んでいるのが恥ずかしいようなタイトルの入門書をまず1冊読もう。2~3冊読めば要点が浮かび上がる。あとはどんな本を読んでも理解できる。日本語のチェスの本は少ないので片っ端から読めばいいだろう。
・Youtubeを「チェス」「chess」で検索して動画やライブを見て回る。
・Redditでチェス関係のサブを検索して巡回する。
・映画を見る。ボビー・フィッシャーについては書籍および映画の『完全なるチェックメイト』が詳しい。
 『ボビー・フィッシャーを探して』も良い。映画にはないが、原作のノンフィクションではソ連に遠征する場面にかなり紙幅を割いていて、これも興味深い。
 Netflixのドラマ『クイーンズ・ギャンビット』は架空の物語だが、チェス界でも大好評のTVシリーズだ。これがヒットしたせいで各地のチェスサーバーは負荷が倍増したという。物語の最終決戦は、これもロシア人との戦いになる。

・カフェで名局の棋譜を並べるのは無上のひとときだ。チェスサーバーの棋譜入力を使ったほうが便利だが、私は非電源を好むので、こんな携帯セットを使っている。鬼滅の刃が流行ったとき、ダイソーに市松模様の生地が出回ったので、ミシン掛けしてチェスボードにした。禰豆子の生地でがま口の収納袋も作った。既製品は「チェス トラベルセット」で検索するといろいろ出てくる。

(第10回おわり)


▶今までの「ぱられる・シンギュラリティ」

野尻抱介の「ぱられる・シンギュラリティ」第一回野尻抱介

SF作家、Maker、ニコニコ技術部員。1961年生まれ。三重県津市在住。計測制御・CADのプログラマー、ゲームデザイナーをへて専業作家になったが、現在は狩猟を通して自給自足を模索する兼業作家。『ふわふわの泉』『太陽の簒奪者』『沈黙のフライバイ』『南極点のピアピア動画』ほかで星雲賞7回受賞。宇宙作家クラブ会員。第一種銃猟免許、わな猟免許所持、第三級アマチュア無線技師。JQ2OYC。Twitter ID @nojiri_h

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