HR ”ボロい洋服”のルーツを辿る
突然だけど、古着の魅力について考えたい。
もちろんそんなものは星の数ほどあって、たとえば”安い”とか”人と被らない”とか”希少性がある”とか、それぞれがいろいろな視点で古着に魅力を見出していることだろう。
でも、僕は思う。
古着には普通の洋服にはない、逆説的な魅力があると。
それすなわち「ボロの美学」あるいは「退廃の美学」とでも言おうか。
破れやほつれ、擦り切れ。
お高いブランド品ではあり得ないそんなボロこそ、古着ならではの大興奮ポイントなんだと思うのだ。
そこで、今月のテーマは「グランジ」。
語源は「汚れた」「薄汚い」という意味の形容詞”grungy”。
ファッションとしての”グランジ”は、1989年ごろからアメリカ・シアトルを中心に生まれたロックミュージックの潮流”グランジ”をルーツに持っている。
カート・コバーン率いるグランジ・ロックの代名詞”NIRVANA(ニルヴァーナ)”は91年発売のアルバム「NEVERMIND」を皮切りに超ビッグなムーブメントを築いたわけだが、そんな彼らの気取らない装いこそが、グランジ・ファッションの原型にあたる。
ダメージジーンズ、モヘアカーディガン、よれよれのネルシャツなどなど。
そんな愛すべきボロや愛おしいだらしなさを求めて、鳥居服装学院は東京・原宿に降り立った!!
■SHOP DATA
No.04:Queens
ABOUT
2022年、原宿にオープン。フェアリーグランジを中心としたコンセプチュアルな古着屋。”All gender”と掲げているように、店内にはセクシャリティを問わず、フランス、カナダなどの欧米圏ほかインドなどのアジアを含む世界中からセレクトされた古着が並んでいる。
OPEN:14:00〜20:00
ADDRESS:東京都渋谷区神宮前4-25-7 3F
Instagram:@queens_tokyo
オーナー:ASAKAさん
1限目 カート・コバーンが遺したもの
鳥居みゆき(以下「鳥居」) ここの洋服って全部古着ですか?
ASAKA 古着です。
鳥居 やっぱり古着ってセンスが問われるねぇ~。
担当編集(以下「編」) 前回のUPPERUPPERさんも古着屋さんでしたけど、雰囲気はがらっと違いますね。
鳥居 全然違う。古着って生き方が表れますね。
編 鳥居さんは普段、グランジっぽい服装ってされますか?
鳥居 全然。
だからグランジっていうジャンルについて聞くところから始めてもいいですか?
吉本に”グランジ”ってコンビがいて、その人たちとは仲いいんですけど…。
吉本興業所属の平均身長が高いことで知られる(?)お笑いトリオ。なお、ボートレースが大好きなのは写真右側の大さん。(ちなみに椿鬼奴さんの旦那さん)
編 見事にグランジ違いですね(笑)
ASAKA もともとの言葉の由来にもある通り、簡単に行ったら汚い感じです。
鳥居 確かに汚いわ、グランジって芸人。お金に汚い。ボートレースばっかりやってます。
編 それはまた”汚い”違いじゃないですかね…(笑)
グランジって、元はロック・ミュージックのジャンルのことだったんですよね。
ASAKA 代表的なのはNIRVANAですね。カート・コバーンが着ていた”アメリカ人の普段着”みたいな飾らない洋服が、音楽シーンでのヒットと一緒に広がっていったんです。
編 ファッション史的には、ファッションになって中身のなくなったパンクに対するカウンターとして生まれたのがグランジだそうです。
アイテムとして分かりやすいものだと、ダメージジーンズとかくたびれたシャツとか穴のあいたTシャツとかですかね。
■90s STREET ARCHIVE
■TFC STYLING
トップス:USED
ボトム:USED
ネクタイ:USED
シューズ:CONVERSE(編集部私物)
ASAKA 今でこそ当たり前に履かれているジャックパーセルですが、当時はオールスターが圧倒的に人気だったそうでほとんど履かれていなかったみたいですね。
鳥居 じゃあ最初に履きだしたのが、NIRVANAの人だったんだ。
1935年に誕生したCONVERSEを代表する人気モデルの1つ。かかとのラベルはデザインから「ヒゲ」、つま先のラインは笑った口元に見えることから「スマイル」と呼ばれている。ちなみに”ジャックパーセル”は同名のバトミントンプレーヤーが開発に参加したことからつけられた名前。
鳥居 リメイクじゃなくて本当の穴とかほつれのほうがいいんですか?
ASAKA 今はどっちもありますね。もともと綺麗な状態のTシャツに穴をあけたりして売らないじゃないですか。でも、今のお客さんは「これ上手に穴あけましたね」って聞いてくる方もいます(笑)
鳥居 見栄えがアートとして成立してたらいいってこと?
ASAKA というよりも、今は色んなブランドがグランジの要素を取り入れていて、ボロさや汚さみたいなものがデザインの1つとしてごく普通に考えられるようになった感じなのかなって思います。
90年代~ゼロ年代当時も既にグランジに注目してたブランドもありました。
No.12:ANNA SUI
ABOUT
パンクやグランジの音楽的バックグラウンドを持ち、90年代から人気を博してきたブランド。1993年春のコレクションはセクシーで退廃的な美が印象的で、現代のフェアリーグランジに通ずるような部分も感じられる。
No.13:Perry Ellis
ABOUT
当時、Perry Ellisのデザイナーだったマーク・ジェイコブスは1993年春に’グランジ’コレクションを発表している。
「現代のウィメンズウェアの方向性を変えた最初のコレクションの一つ」として称賛されるコレクションの誕生25周年を受け、2018年にはMarc Jacobsでは1993年春の完全リバイバルとなるRedux Grunge Collection 1993/2018 Marc Jacobsが発表されて話題となった。
ASAKA うちのお店がメインとしてやってるのも、NIRVANA的なグランジじゃなく、そこから派生した「フェアリーグランジ」っていうジャンルなんです。
妖精らしい綺麗で可愛い雰囲気とグランジの持っている汚さが合わさったような世界観のあるスタイルですね。
鳥居 妖精なんだ。真逆の要素だけど、だからってプラスマイナスゼロにならずに、両方のいいとこどりをしてる感じですね。素敵!
2限目 トリュフオイルみたいな服…?
編 店内のモチーフも王冠とかロザリオとか、ファンタジーっぽさがありますよね。
ASAKA ファンタジー要素もありますね。グランジがパンク・ロックの流れのなかで生まれたように、うちが出しているフェアリーグランジも色んな要素が複雑に絡み合って成り立ってる感じです。
鳥居 ASAKAちゃんはもともとフェアリーグランジとか古着ばっかり着てたんですか?
ASAKA 最初はDCブランドを中心に黒ばっかり着てました。
鳥居 あ、やっぱり黒好きなんだ! 今日、黒だと被るかなぁと思ってあえて白を着てきました。
ASAKA 私も最近はよく白着るから、たまたま黒だったんですけど、ちょうどよかった(笑)
編 ASAKAさんはどんなきっかけでフェアリーグランジにハマっていったんですか?
ASAKA フェアリーグランジってここ2、3年くらいのうちに、SNSで海外を中心にして生まれたスタイルって言われてるんですけど、最初は全然知らなかったんです。
鳥居 SNSとかで見つけてハマっていったわけじゃないんだ。
ASAKA 自分が好きなものを着ているうちに誰かにフェアリーグランジだねって言われるようになったのが最初です。
たしかにエッセンスとしてフェアリーグランジが入ってる部分もあるなって。
鳥居 じゃあさ、最初は勝手にカテゴリーに分けられるのイヤじゃなかった?
ASAKA 最初はフェアリーグランジって自分で言うのは抵抗ありました。これは私ですって(笑)
鳥居 そうだよね~。人ってやっぱりカテゴリーとかに縛られるんですよ。
編 鳥居さんはフェアリーグランジ初体験だと思いますが、店内見てみて気になる洋服とかありますか?
鳥居 どうしていいか分かんなくて持て余してます…。トリュフオイルみたいな感じ。
ASAKA&編 (笑)
編 最初はテンション上がって買ってみるけど、後から何に使おうか…ってなる感じですね(笑)
今日はASAKAさんの力を借りて、トリュフオイル攻略しましょうよ(笑)
3限目 キラキラの悪い思い出
鳥居 ほら、これだよ、これ。こういうの絶対履けない。ちょっと恥ずかしくなります。
編 まさに90年代にあったぞって感じですね。
鳥居 本気のスパンコールを知っちゃってるから着れないのよ。家にスパンコール的なきらきらしてる母親のジャケットとか掛かってると本当にイヤだったもん(笑)
編 そう考えると、今スパンコールが再評価されてるっていうのは面白いですね。
鳥居 再評価されてたとしても、その時代をそういう目線で生きちゃった人は、これを着ちゃダメだって思ってる人代表だから、悪い思い出しかない(笑)
やっぱり古着ってセンスが問われるね。
ASAKA フェアリーグランジってくすんだり褪せたりしたトーンが中心で、使う色がけっこう決まってるんです。モノトーンでも、白は真っ白じゃなくて少し生成りっぽいベージュがかった白だったり。
鳥居 ASAKAちゃんはけっこうレイヤードして着てますよね。
ASAKA そうですね。レイヤードもですし、あとはレースで透け感があったり、もちろんほつれみたいなグランジっぽさも、スタイリングではポイントですかね。
鳥居 そういう感じであればまだ着やすいかもしれないですけど…。
ASAKA こんなのどうですか?
鳥居 うおー、またぎじゃん!
■TFC STYLING
ブラウス:USED
ベスト:USED
スカート:USED
ブーツ:USED(すべてQueens)
鳥居 このフリフリのブラウス、PTAになってない?
編 なってないし、またぎでもないです。
鳥居 私、親戚にまたぎの人がいるから、こういうのお洒落だと思ったことがなかった。親戚の家に行くとクマの毛皮が飾ってあったりするんですよ。
ASAKA かっこいいとかわいいが混ざってるのがフェアリーグランジです。
ウエスタンブーツは私の推しなんですけど、ショートブーツはちょうどゼロ年代っぽさもあると思います。
鳥居 ウエスタンブーツ初めて履きました。いい! かわいい!
ASAKA スカートもかたちはシフォンっぽいかわいらしさのあるシルエットなんですけど、スタッズがついていることで甘くなりすぎずに着れるんです。
鳥居 かわいいものはかわいいものとして着るのが1番だって思ってたんですけど、色んな合わせ方をしていいんですね。
4限目 スパンコールを払拭したい!
鳥居 やっぱりこういうスパンコールって、PTAとか謝恩会の親とか、ステージ衣装みたいに見えそうで、うまく着こなせるイメージが全然湧かない。
ASAKA 全部きらきらにしちゃうと確かにステージ衣装ですけど、ポイントで使うとセクシーでかっこよくなります。
鳥居 セクシーは私にないものですね。
ASAKA そんなことないと思いますけど…あんまり好きじゃないですか?
鳥居 うーん、好きだけど、持ってないんだって。私の引き出しにないらしい(笑)
前に演技のお仕事で、監督にセクシーな声でって言われてやってみたんですよ。そしたら、終わったあとに「鳥居さん、次はセクシーな声で」ってもう1回言われたんです。
やってなかったことになってた(笑)
ASAKA (笑)
編 せっかくだから、スパンコールは今日ぜひ挑戦してほしいです。
鳥居 だからスパンコールは本当にイヤなイメージしかなないんだって。でも過去は払拭したいですね。
編 前にご挨拶に伺ったとき、男性の常連さんがいらっしゃってましたけど、お客さんの層的には男性もけっこういらっしゃるんですか?
ASAKA そうですね。
フェアリーグランジはレディースファッションってわけじゃなくて、ジェンダーに関係なく楽しめるジャンルだと思います。
編 そこもカート・コバーン的な姿勢と通じてるのかもしれませんね。
カート・コバーンは当時、ゲイだと思われることもしばしばだった(※結婚していて子供もいた)。
90年代ともなれば、女性やLGBTQに対する抑圧や偏見は今よりもさらに強かった時代。カートの音楽活動の根源の1つには、そんな世界に対する違和感や怒り、疎外感が強く息づいていると言える。
「自分でもゲイだと思ってたくらいだったからね。自分が抱えている問題の答えはそこかなと思ったりしたこともあったよ。実際に試す機会はなかったけれども、ゲイの友達がいて、その後、母がその友達と親しくするのを俺に禁止したんだ。母はまあ、ホモ嫌いだったからさ。俺には本当にうちのめされるような体験で、というのもようやくみつかった男子の友達で、ハグしたり本当に好意を持ってたからなんだよ。いろんな話もし合ったからね」
――rockin’on.com「ニルヴァーナのカート、「自分でもゲイだと思ってた」と語る93年のインタヴューが発掘」より引用
ASAKA (さっきのスタイリングが)スカートだったので、次はパンツで組んでみたんですけど、こんなのはどうでしょう?
鳥居 えー、無理だよ。これは無理な気がする。だってトレンディだもん。
編 とりあえず着てみましょう!
鳥居 みんなで私をハメる気でしょ!?(笑)
■TFC STYLING
ジャケット:USED
シャツ:USED
タンクトップ:USED
ボトムス:USED
ブーツ:USED
アクセサリー:USED(すべてQueens)
鳥居 こうやって着るとスパンコールもいけるんだ…。
編 呪いが解けた(笑)
全体の退色したグランジ感とスパンコールのキラキラ感が絶妙ですね。
ASAKA 退色したようなくすんだ感じで合わせると、ひらひらしたアイテムでもかっこいい雰囲気が出やすくなりますね。
鳥居 すごい。自分じゃ絶対にできない。これはプロにしか無理だ。
どうやってこんなコーディネート考え出すんですか。
ASAKA 感覚…(笑)
鳥居 それは天才だ(笑)
編 参考にしている人とかっているんですか?
ASAKA いないんです。コーディネートは感覚ですけどあえて言葉にするなら、ウエストの絞りがあるジャケットだから他をだらしなくしてもいい感じにバランス取れるな~とかですかね。
鳥居 袖と腰回りが絶妙ですよね。これメンズのスタイリングとして着れるのすごくいい。
ここにきたら、これはどう合わせたらいいか教えてもらえます?
ASAKA もちろんです。
HR 時代が変わるとファッションも変わる
そもそもカート・コバーンがやったことはファッションでもなんでもなかった。
彼らにとってはそれはあくまでただの普段着で、それがいつしかスタイルとしてカッコいいファッションになっていったのだ。
90年代当時は”ダサい”代表だったスパンコールみたいなものが、時を経て再評価され、こうやってお洒落に着こなされていることも、カート・コバーンがファッションに与えた影響とどこか通ずるものがあるのかもしれない。
フェアリーグランジという現代のなかには、90’sのグランジが持っていた芯のような部分はしっかりと生きている。
■SHOP DATA
No.04:Queens
■BRAND DATA
No.12:ANNA SUI
No.13:Perry Ellis
■鳥居服装学院×Queens
~放課後~ ”今日初めて良さを知ったかもしれない!”
Coming soon…
1981年生まれ。2001年に芸人デビュー。「ヒットエンドラーン」のネタでブレイクする。映画・ドラマ・舞台出演のほか、小説・絵本の執筆も。発達障害をテーマにした番組『でこぼこポン!』(Eテレ)に出演中。
Instagram:@triimiyukitrii
YouTube:「鳥居みゆき地獄」
Twitter(X):@korekore_koume
ケムール編集部員。前は古着屋。潰れたソフトケースのなかにあるしわしわの煙草がすき。担当連載は「鳥居服装学院」「Talk at Fillers」「ネオホームレス-自由と稼ぎの流儀-」。
株式会社アクロスソリューションズ所属。
HP:https://www.acrossjapan.co.jp/