【#1】スモーキング・ウーマン・クロニクル/映画とタバコと21人の女優たち【シガレット・バーン/映画的喫煙術】

二台の映写機を交互に使って映画を上映していた時代。切り替えのタイミングの合図は、フィルムの端に出る黒丸印。
この印のことをアメリカ映画業界では“シガレット・バーン/煙草の焼け焦げ”と呼んでいました。
そう、昔から煙草と映画は切っても切れない関係にあったのです。
愛煙家ならもちろん、煙草を吸わない映画ファンにも、心に火をつけた魅力的な煙草の名場面があるはず。銀幕を彩った紫煙の名シーン・名優を紹介する新連載です。
どこのメディアもやらない・追いつけない「最強のスモーキング・ムービー・ガイド」をどうぞ。

初回テーマはーー『女優』です。

▶#2:後編はこちら【たばこは動くアクセサリー】

文・小玉大輔
レンタルビデオ業界を退いた後、『キネマ旬報』等雑誌、WEBでの執筆やTwitter (@eigaoh2)で自分の好きな映画を広めるべく日夜活動している70年代型映画少年。Twitterスペースで映画討論「#コダマ会」を月1開催。第2代WOWOW映画王・フジTV「映画の達人」優勝・映画検定1級・著書『刑事映画クロニクル』(発行:マクラウド Macleod)

 

煙草は”ダメ女”の烙印か?

©東映 画像出典:amazon

 無愛想でがさつ。自称「女を捨てた」32歳の引きこもり、安藤サクラ/『百円の恋』(’14)
 若さを無駄にするおバカな田舎のキャバ嬢、高畑充希/『アズミ・ハルコは行方不明』(’16)
 過去の栄光にすがるキャリア崖っぷちの毒舌脚本家、木村文乃/『伊藤くん A to E』(’18)
 男なしでは生きていけない虐待母、長澤まさみ/『MOTHER マザー』(’20)
 亡き友の遺骨を抱き、怒り、慟哭するOL、永野芽郁/『マイ・ブロークン・マリコ』(’22)

 彼女たちに共通するのは“煙草を吸うこと”。どうも昨今の日本映画では喫煙は“ダメ女”、“アカン女”の烙印扱いです。
 2019年に行った厚生労働省の調査では、日本の喫煙女性の割合は7.6%という絶滅危惧種ですから、この扱いも仕方がないのかもしれません。
 ファイザー社が2011年に日本で行ったアンケート調査によると、喫煙男性の実に46.0%が「煙草を吸う女性とは結婚したくない」と答えています。
「俺は煙草を楽しんでいいけど、女はダメ!」どうしてこんな理不尽な考えを男性は持つのでしょうか?
 きっと彼らは知らないのです。ならば、紹介しようではありませんか!
 素晴らしき喫煙女優たちを!

ハリウッドとヌーヴェルヴァーグ 二大スモーキング・ビューティ

 日本の喫煙女性が増え始めたのは1962年(昭和38年)で、この年、日本女性の喫煙率は13.5%(JT調査)になりました。その流行のきっかけには二人の女優の存在があるのではないかと思います。
 一人はご存じオードリー・ヘプバーン。妖精と譬えられる彼女がなぜ?と疑問を持たれるかもしれませんが、実は彼女、映画の中でかなり煙草を吸っているのです。
 世界にその名を知らしめた初主演作『ローマの休日』(’53)では、ヘプバーン演じるアン王女は初めて両切り煙草を吸ってもケロリとしていました。エスコート・レディのホリーを演じた『ティファニーで朝食を』(’61)では、コミカルに煙草を扱う様がとても小粋でした。シガレットホルダーを優雅に持つヘプバーンを映したポートレートは永遠に人々の記憶に残るものです。

©Paramount Movies 画像出典:amazon

 その他、『シャレード』(’63)、『パリで一緒に』(’64)、『おしゃれ泥棒』(’66)、『いつも二人で』(’67)でも煙草を手にしています。彼女が手慣れた感じで煙草を吸う姿に下品さは微塵もなく、煙草はまるでティファニーの宝石の如き淑女の装飾品に見えてくるのです。
 50~60年代にこうしたヘプバーンの姿に憧れて煙草を始めた若い女性は多かったのではないでしょうか。その影響力は70年代の少年が松田優作から受けたのと同等か、それ以上のものだったに違いありません。
 ちなみにヘプバーンは十代半ばで煙草を始め、日に60本吸うヘビースモーカーだったそうです。映画の撮影中は1カット撮り終わる度に一服したそうで、煙草を吸う姿があれだけ様になっていたのも頷けますね。

 二人目はデンマーク出身のフランス女優、アンナ・カリーナです。彼女はワンランク上を目指す文学&芸術女子に煙草を勧めた存在と言えるでしょう。
 今なお女性の喫煙率が30%のフランスでは、これまで数多くのスモーキング・ビューティが銀幕を飾りました。その中でアンナ・カリーナを選んだ訳は、当時の夫だったジャン=リュック・ゴダール監督と作った『女と男のいる舗道』(’62)があまりにも鮮烈だったから。
 カリーナが演じたのは夫と子供を捨てて女優になろうとしたものの、やがて街娼に転落していく女性。でもそこに哀れさは皆無。まるで踊るかのように軽やかに堕ちていきます。
 そんなカリーナの口元を飾るのは太巻きのフランス煙草。男に抱かれる時も煙草を手離しません。彼女にとって体を売るのは煙草を吸いながらコーヒーを飲むのと同じくらい日常的な行為。あるシーンでは煙草を吸っている客とキスをして、男の煙をカリーナが吐き出します。この煙リレー、喫煙カップルなら一度はやってみたい粋なムーブではないでしょうか?
 舗道で客待ちをしながら煙草を吸うカリーナの姿も忘れられません。

©1962 . LES FILMS DE LA PLEIADE . Paris 画像出典:amazon

『ティファニーで朝食を』のヘプバーンとはまるで違いますが、真似したくなる魅力に溢れています。ヘプバーンを気取るにはジバンシーのドレスが必要ですが、カリーナなら市販のコートで充分。簡単にカリーナのコスプレが出来ますよ。

煙草を咥える小悪魔

 当時の日本の若い喫煙女性の代表といえば、加賀まりこさんです。彼女は小学生でヘプバーンと同じ髪型にしようとひとりで美容室に行き、『マルキ・ド・サド選集』を愛読する早熟な少女でした。まさにヘプバーンとカリーナ時代の申し子です。
 女優になったまりこさんが、デビュー2年目に主演したのが『月曜日のユカ』(’64)。演じたユカは同世代の純な恋人(中尾彬!)がいながら、会社社長の愛人でもある、今でいうパパ活女子。米兵相手の娼婦だった母の教え「男を喜ばせること」をモットーにした、暗さが微塵もない生き方は、『ティファニーで朝食を』のヘプバーンや、『女と男のいる舗道』のカリーナに通じるものがあります。

 まりこさんの魅力はスタイリッシュなスチール写真を連続させ、下着姿になっていくオープニングから大爆発。“小悪魔”という形容がこれほど似合う女優は日本では他にいないと思います。煙る横浜のクラブで笑顔を振りまきながら、慣れた手つきで煙草を咥える表情、自宅で新聞を読みながら煙草を吸う仕草に誰もが惹かれるはず。
 しかし、最も記憶に残るまりこさんの喫煙姿は映画の中にはありません。それは本コラムのためにトニー・ステラ画伯が描いてくれたイラストの基になったポスター用の写真です。上に羽織った男性パジャマの隙間からチラリとのぞくパンティ。煙草を咥えて鏡の横に立つまりこさんは、若い喫煙女性の完成形といえるでしょう。撮影したのは本作の脚本を共同執筆し、後に映画監督に転身する写真家、斎藤耕一。まりこさんの話によると彼は本作『月曜日のユカ』の実質的な監督でもあったそうです。

©日活 画像出典:tsurudama

女性の自立と”ファム・ファタール”の誕生

 ここで少し時代を遡って女優と煙草の歴史を見ていきましょう。
 20世紀初頭、アメリカでは煙草を吸う女性に厳しい目が向けられていました。ニューヨークをはじめ各都市では公共の場で女性の喫煙が禁止されていたのです。この条例のために退学や退職を強いられた女性も多かったといいます。
 その空気が変わったのは1929年。煙草会社が一大キャンペーンを張ったのです。女性の喫煙を男女平等、女性解放のシンボルとしてアピールし、“自由への松明”と名付けた喫煙女性の行進を企画します。これにより、ある調査によると1923年に5%しかなかった女性の煙草購買者が1929年には18.1%に増加したそうです。
 1930年代になると煙草会社はハリウッドのスター女優たちと契約を結び、映画の中で積極的に喫煙させます。やがて煙草は自立する女性の象徴というイメージが定着し、1940年には女性の喫煙率は20%を越えたのです。

 しかしまだまだ煙草を吸う女性への偏見が残っており、喫煙がフェミニズムに結び付いたこともあって、男性の中には喫煙女性へ恐怖を覚える人たちがいたようです。
 この男性心理を背景に、ハリウッドが生み出したのが犯罪映画の一ジャンル、“フィルム・ノワール”に登場する “ファム・ファタール”です。男を誘惑し、犯罪の道に陥れようとする自らの欲望に忠実な魔性の女。その傍らには必ず紫煙が漂っていました。彼女たちは男性の脅威の実体化であり、「堕ちていきたい」という男性の秘めたマゾヒズムを刺激する存在でした。
 “ファム・ファタール”の代表といえば『ギルダ』(’46)リタ・ヘイワース。堂々と煙草を咥え、パーティ会場で男に火をつけさせる態度があまりに刺激的だったので、その姿は宣伝ポスターでも大々的にフィーチャーされ、“ファム・ファタール”のイコンになりました。

©Columbia Pictures Industries, Inc. 画像出典:sothebys

 ローレン・バコールも忘れてはいけません。映画デビュー作『脱出』(’44)でのハンフリー・ボガートとのマッチのキャッチボールや、『三つ数えろ』(’46)での “上から目線” で煙草を吸う姿はとんでもなくクールでした。男なら「この女に虐められたい!」と思ってしまうかも。信じられないのは当時、バコールは二十歳になったばかりだったこと。

画像出典:chefslastdiet.com

 ところで “ファム・ファタール”について言われている風説があります。それは“フィルム・ノワール”の煙草は男根の暗喩というもの。男たちが“ファム・ファタール” の誘惑から逃れられないのは、彼女たちが指に挟んだり、口に咥えたりする煙草から良からぬものを連想するからだとか。この説が正しいかどうか考えながら観るのも一興です。

ヘビースモーカー、吉永小百合?

 さて、お話を日本に戻しましょう。
 江戸時代の日本は一説によれば人口の90%が煙草を吸う喫煙大国でした。しかしその中の女性の割合はとても低く、芸者や遊女などが主でした。
 明治時代、儒教的良妻賢母思想の浸透で、ますます女性の煙草は許されなくなっていきます。
 明治後期になると、その考えに反旗を翻す女性たちが現れます。国の近代化によって知識欲に目覚め、独学で勉強したり、女学校で学んだりしたインテリ女子たちです。彼女たちは“自由の松明”デモに参加したアメリカ女性たちのように、煙草を新たな価値観の象徴として誰に憚ることなく楽しみました。彼女たちにとって喫煙は女性を家庭に押し込めようとする社会への抵抗だったのかもしれません。
 この時代の喫煙女性でひと際目立っているのは女流作家たちです。5千円札に描かれている樋口一葉、「原始、女性は実に太陽であった」の言葉で知られる日本フェミニズムの母、平塚らいてう、「君死にたまふことなかれ」と詠った与謝野晶子がその代表です。彼女らは男性に負けない才能を持つ自分たちのアイデンティティーとして豪快に煙草を燻らせたのです。

 その中で特に注目したいのは与謝野晶子。執筆中、片時も煙草を離さず、いつも紫煙に包まれていたといわれていますが、11人の子供を立派に育てた母であり、夫・鉄幹が失業していた時、一家の屋台骨を自らの筆で支えた良き妻でもありました。そのエネルギッシュな生涯は喫煙する女性を認めない当時の価値観を真っ向から否定するものでした。
 そんな与謝野晶子の生き様を描いた映画が『華の乱』(’88)です。晶子を演じたのは吉永小百合さん。吸い殻が山積みになった灰皿の横で執筆したり、畳に寝転がって煙草を燻らしたりと我らが国民的女優は“ヘビースモーカー晶子”を頑張って再現しています。小百合さんと煙草が結びつかない人も多いと思いますが、若い頃は隠れて煙草を吸っていたという噂があります。本当のところ、どうなんでしょうね? 映画を観て推理してください。

©東映 画像出典:京都ヒストリカ映画祭


あなたのスモーキング・ウーマンNo.1は登場していましたか? えっ、桃●かおりさんがいなかった? 『●の微笑』のシャ●ン・ストーンが出てない? ご安心ください。【#2 後編】はこちらです。


▶いままでの「シガレット・バーン/映画的喫煙術」

著:小玉大輔(https://twitter.com/eigaoh2
扉絵:Tony Stella(https://twitter.com/studiotstella

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