シガーを愛する女性。
銀座の7丁目のあたり。名前のついていない通りにある、小さなワイン&シガーバー「Fillers」。
イタリア出張から帰ってきたばかりのマスターと、お客様の気まぐれなお話に耳をかたむけてみましょう。
今夜のお客様は、#1でワインのお話を聞かせてくれたソムリエール・江畠由佳梨さんのご紹介で、シガー愛好家・Tsubasaさんをお迎えします。
ワインとシガー、ちょっと聞きなれない組み合わせ。女性と葉巻のストーリーが語られます。
ーーそろそろ、バーに寄ってもいいでしょう?
シガー愛好家。
イタリア産を中心に世界各地から取り寄せたワインとキューバ産のシガーを集めたバー「Fillers(フィラー)」のマスター。
ワインと葉巻を合わせたことは?
Tsubasa お店に来る途中、ショップの袋を下げたインバウンドの人をたくさん見かけました。銀座にもすっかり人が戻ってきましたね。
マスター 観光客が多くて、中央通りと晴海通りは歩けないくらいですよ。今日は葉巻のお話だね。Tsubasaさんのように女性のシガー愛好家は珍しいんじゃない?
Tsubasa Instagramで女性を見かけることが、だんだん増えてきました。日本人にもいますよ。意外と若い方が多くて。
マスター そうなんだ。銀座にはシガーバーが多いよね、よく来るのかな?
Tsubasa ええ。「Bar Lamp」など、名店が多いので、好きな街です。でもこのお店みたいに、ワインを飲みながらシガーを愉しめるお店は本当に珍しいですね。
マスター でしょう。FIllersはワイン以外のハードリカーも置いているけど、シガーにワインを合わせることはなかなかないと思う。なによりワイン愛好家からすれば、シガーは「敵」みたいなところがあるじゃない(笑)?
Tsubasa ええ(笑)。あくまで好みだと思いますけど。今日は楽しみに来ました。
マスター Tsubasaさんは、ワインと葉巻を合わせることはありますか?
Tsubasa 一度だけ。甘みの強いワインで、たしか「ラルコ」というワイナリーのものでした。
マスター ほう、ラルコもイタリアワインですね。なるほど…。じゃあまずは1杯め、軽めのものから注ぎましょうか。
■今回のワイン:サンドロ・デ・ブルーノ【ピノネロ IGT ヴェネト ロッソフーモ 2015】
マスター これはイタリアのヴェネト州・ヴェローナという地域で作っているピノネロ。標高600mくらいの火山灰土壌で栽培しているワインです。
Tsubasa マスターが買い付けてきたんですか。
マスター サンドロ・デ・ブルーノとは、僕がイタリアにいたころからの知り合いでね。日本ではあまり流通していないけど、いいワイナリーですよ。
Tsubasa 栽培する標高が高いと、味はどう変わるんですか。
マスター 基本的にはアルコール度数も、酸も高くなります。オーストリアのグラス、ザルトでどうぞ。
マスター ブルゴーニュなんかと比べるとちょっと苦みがある。彼らは「バリック」という225リットルほどの小さな樽で熟成していて、しかも新樽じゃなくて数年たった樽なんです。新樽だとバニラやハチミツっぽい香りが強く出るけど、これは香りも落ち着いているでしょ。
Tsubasa では、一緒にシガーも。イタリアワインが中心のバーと伺っていたから、イタリアの葉巻を持ってきました。「トスカーノ・クラシコ」です。
マスター お!…イタリア葉巻と言えばこれだね。
Tsubasa 吸い口が両方カットしてあって、真ん中からふたつに分けて喫うタイプ。葉巻仲間に教えてもらったんですよ。じつは私はふだんはキューバ葉巻しか喫わないんですけど、今日は特別。一緒に喫いましょう。
マスター 「お近づきのしるしに」ってことですね(笑)。
Tsubasa ええ、イタリアっぽいと思って。
マスター 嬉しいね。
Tsubasa ギロチンタイプのカッターでふたつに。葉巻はカットの方法で切り方で味の違いが出るのも面白いです。ワイングラスと同じですね。
Tsubasa 吸い口も軽いですね。
マスター たしかにこの軽いシガーならワインとも合わせられるかも。重たいシガーならワインが負けちゃいそうだけどね。
“一日一本、かならず葉巻を喫いなさい”…?
Tsubasa 私にとってはお酒と葉巻はセットだから、FIllersのように葉巻を持ち込めるバーはありがたいです。オーセンティックバーでも、最近は喫煙できない場所が増えましたね。
マスター しょうがないけどね。うちも換気設備にずいぶんお金をかけた。
Tsubasa 私はむしろ煙がモクモクしているくらいがいいんですけど。アロマを浴びたいから(笑)。
マスター 換気するともったいないか(笑)。シガーバーって、たいてい葉巻を持ち込みできるの?
Tsubasa うーん、持ち込みはOKだけど、テーブルチャージのほかにシガーチャージがかかるところもあります。
マスター うちは持ち込みOKでテーブルチャージだけだから、良心的でしょう(笑)。
Tsubasa ですね(笑)。マスターがはじめて葉巻を喫ったのは?
マスター このFIllersをはじめる前。ワイン輸入会社にいたときだから5年前くらいかな。「山崎」の12年と合わせて喫ったのを覚えてるよ。でもそのときはタバコも喫わなかったから、ちょっとのどを痛めたねえ(笑)。Tsubasaさんはどうして葉巻を嗜むことになったの?
Tsubasa それが面白い話があって。私、新卒で精神科のカウンセラーになったんですよ。
マスター すごいじゃない。
Tsubasa いまは違う仕事をしているけど、大学のころからカウンセラーを目指していたんです。だからだと思うんですけど、仕事に就いてからけっこう頑張りすぎちゃったんですよね…。
マスター そうなんだ。カウンセラーさんって、そんなに忙しいの。
Tsubasa いえ、私の性格なんだと思います。プライベートも仕事を覚える時間にあてていて、睡眠もあまりとれないような生活になっちゃって。
マスター 好きな仕事だったから、なおさらなのかな。それで?
Tsubasa そんなときに、ある先生から勧められて、葉巻を喫うようになるんですよ。「一日1本、違う銘柄の葉巻をひとりで喫うように」と言われまして。
マスター えっ、なんで葉巻を?
Tsubasa つまり「自分の時間を作りなさい」ということなんですね。葉巻は火を点けたら1時間ほどかかるから、その間はムリヤリでも1時間、何もできない時間になるでしょう。
マスター そうでもしないとずっと働いちゃうから、ということですか。でも、そんなノルマのようにされたら、きつかったんじゃない?
Tsubasa そうなんですよ(笑)。もともと紙巻きのスモーカーだったので、たばこに抵抗はなかったんです。患者さんにも喫っている人はたくさんいたし。
ちょっと話がそれちゃいますが、精神科とたばこってすごくかかわりが深くて。タバコのニコチンはセロトニンを分泌させるので、むかしは病院から患者さんにタバコを配給していた時代があったくらいなんです。だから精神科の待合室に喫煙ルームがついていたりして。だから葉巻も喫うことはできたんですけど、最初はとにかく喫いきるまでの1時間がもったいなかった(笑)。
マスター なるほどねえ。
シガーがくれた、呼吸と時間。
Tsubasa なんとか1分でも早く喫いきりたくて色々な方法を試すんですけど、急いで喫うと葉巻酔いしてしまって余計に回復するのに時間がかかるとか、失敗を重ねて(笑)。なんとか攻略してやる! って感じでいろいろ喫いかたを試していたんですね。
マスター 性分だねえ(笑)。
Tsubasa そのうち、けっきょくゆったりと1時間喫うのがいちばん効率がいいと気づいてきたんです。そのときに思ったんですよ、どれだけ自分が、心が落ち着く時間をないがしろにしてきたか。
マスター マインドが変わってきたんだ。
Tsubasa 喫っているときの1時間、様々なことを考えるんです。たとえばカウンセリングがうまくいかないときに、どうして患者さんを理解できないんだろう、信頼されていないのか。自分に余裕がなかったのか、視野が狭いのかもしれない、とか。
マスター まるで治療だ。
Tsubasa 本当にそうなんですよ! 同時に葉巻の味の違いに気づくようにもなりました。葉っぱの違い、巻き方。同じ葉巻でもロケーションで味わいが違うのはなんでだろうと。2本一緒に火をつけてみて比べたり、食事やドリンクなどのマッチングも試すようになって。
マスター それでいつのまにかハマっちゃったんだ。
Tsubasa はい、けっこうコロッとハマりました(笑)。はじめは葉巻は喫わなくちゃいけないものだったんですけど、いつしか頑張ったご褒美になっていきました。
マスター 体調は良くなった?
Tsubasa はい、葉巻を喫う時間がルーティンになると、睡眠もとれて体調も心も穏やかになってきました。ニコチンもセロトニンが出るので、有酸素運動と効果は似てるんですよ。呼吸も、自然と腹式呼吸になって。私にとってはヨガと同じようなリラックス効果があったんだと思います。
マスター いい先生に出会ったね。
Tsubasa 本当にそう思います。
マスター それからどうなったの?
Tsubasa それで…葉巻の業界に転職しちゃいました(笑)。
マスター ははは(笑)。
Tsubasa たまたまキューバ葉巻の日本の代理店が募集していて、飛び込みました。私、ずっと精神科だったから他の仕事を知らなくて。外の世界を理解したいと思うようになっていたんです。
マスター そうなんだ。それじゃあ、先生も止められないよな(笑)。
葉巻には干しブドウのワインを。
マスター もう一本、葉巻を出しましょうか。じつは僕も「トスカーノ」を用意しているんだよ。
Tsubasa 同じ葉巻を?
マスター 先月までイタリアに行っていてね、お土産です。トスカーノの日本未発売の葉巻。
Tsubasa えっ。それは楽しみ!
マスター さっきのより重くて、しっかり味がするよ。
Tsubasa どうやって手に入れたの?
マスター 知り合いのトラットリアのオーナーが葉巻好きでね。その人に紹介されてもらってきた。一日に500本しか生産しないみたいだよ。
Tsubasa …トスカーノ・クラシコより味わいも深いです。巻き方も綺麗…この両方がすぼまっているのは難しい巻き方ですね。
マスター 合わせるワインはこれでいきましょう。
マスター 「VALPOLICELLA GIUSEPPE QUINTARELLI 2014」。
Tsubasa ジュゼッペ・クインタレッリ。…これは?
マスター 「ダブルフェルメンテーション」(※二重発酵)という特殊な製法で作っているワインです。一次発酵させたワインを、陰干しして干しブドウのように発酵させた搾りかすに混ぜて2回目の発酵を促すわけ。時によっては貴腐菌がつくこともある。アルコール度数が高く、甘みも強い。ブドウ品種は3つ使っています。
Tsubasa あ…蜜みたいな甘さ。酸味が少なくて。
マスター でしょう。
Tsubasa これ、私がシガーに合わせたことがある「ラルコ」に近いかも?
マスター 実はね、その「ラルコ」のオーナーのルーカ・フェドリーゴは、このクインタレッリで修業した人なんだよ(笑)。
Tsubasa えっ!
マスター クインタレッリは「アマローネ」という干しブドウワインの代表的な生産者だね。この「VALPOLICELLA GIUSEPPE QUINTARELLI 2014」はアマローネほどの力強さはなくて、エレガントです。
Tsubasa どんな場所で作られているワインですか?
マスター 一杯目のワインの場所と同じベネト州。ネグラール・ディ・ヴァルポリチェッラという街です。でもサンドロ・デ・ブルーノよりすこし標高は低いかな。街のど真ん中に川が流れてて、「ジュリエットの家」って名所がある。
Tsubasa そうなんだ…。
マスター うん、やっぱり葉巻と合うね。
Tsubasa そうですね…やっぱり地のものだからでしょうね。
キューバだけじゃない、あたらしい世代。
マスター Tsubasaさんは、普段はキューバ産しか喫わないと言っていたけど、最近キューバ産はすごく値上がりしているよね。
Tsubasa 本当にそう……。3年前の価格と比べたら、2~3倍は当たり前という感じです。それでもコイーバは日本が価格設定は一番安いくらい。だからこそ日本で買える数も少ないんですけれど。
マスター みんな欲しがっているよね。コロナ中は葉巻だけ買いに来た人もいましたよ(笑)。でもそんななかでキューバ以外の産地が切磋琢磨して、高級ラインも出していると聞いたけど。
Tsubasa 実際、新しいブランドはすごく出ています。それぞれの国の葉巻の質もすごく上がってますよ。巻き方も綺麗ですし。キューバのタバコの種を他の産地で育てた葉も増えているんです。
マスター フィリピン産とかね。前に試したけれど、400円くらいで、味もなかなか悪くなかったですよ。驚いた。
Tsubasa 味の強さやスパイシーさを求めるなら、ニカラグア産もとても良いと思います。私は香りの高さや変化の豊かさでキューバ産が好きだけれど。
マスター もしキューバ産にひけをとらない葉巻が出てきたら、嬉しい?
Tsubasa もちろん!喫ってみたいですね。じつは私、日本人が手掛けたら絶対にいい葉巻ができると思っているんです。
マスター えっ、日本人が作っている葉巻があるの?
Tsubasa ええ。ニカラグア葉を日本で加工している『GOTA MIYAMOTO』というブランドはぜひ試してください。ニカラグアはスパイシーでフルボディな葉なのに、ものすごく繊細でやわらかな味わいに仕上がっていて。
マスター 葉巻にも新しい世代が出てきているんだねえ。
Tsubasa 調べるのが追いつかないくらい変化していますよ。マスターも新しいワインを探しているでしょ?
マスター ふふふ。じつは日本に一度も入ってきていない、特殊な製法でスパークリングワインを作っているワイナリーを見つけてね。トスカーナのような代表的な地域でもない無名の土地のワイン。でも美味しいんです……買い付けてくるのをお楽しみに(笑)。
つくるひとの話を。
Tsubasa 今日は楽しかったです。
マスター 僕も、勉強になりました。
Tsubasa じつは、プレゼントを持ってきたんですよ。キューバの葉巻です。「Vegas Robaina Famosos」。
マスター ベガス・ロバイナ。キューバ葉巻といったらコイーバやモンテクリストだけど。有名な人なんだね?
Tsubasa キューバの伝説的な葉巻の生産者で、その畑の名前でもあります。ロバイナさんはカストロと対等にわたりあえるくらいの方だったんですよ。
マスター そりゃすごい!
Tsubasa 圧倒的に葉の品質が良い農家さんだから。葉巻でいちばん作るのが難しいのは、外側を巻くラッパー用の葉なんです。穴が空いていてもいけない、葉脈も多くてはダメ。そんなハードルの高い部分も作っています。いまでもキューバの葉巻の約30%は、ロバイナの畑で生産されているといわれるほど。しかもロスがとても少なくて、80%が製品化されています。だから、キューバの葉巻で唯一、生産者の名前がブランドになっているんです。
マスター へえ。じゃあ今は…
Tsubasa 91歳で大往生しました。4月17日が13回忌。葉巻仲間で集まってロバイナを喫う会をしました。今日はたくさん、ワインの作り手の話をしたでしょう。だから生産者に敬意を表して…。
マスター ありがとうございます。それじゃ僕も、もう一杯出そうかな…(笑)。
■ Talk at Fillers #2
■フィラー ワイン&シガー(FILLERS WINE&CIGER)
東京都中央区銀座7-7-15 銀座HARAビル 3F
080-7961-5704(予約可)
営業時間:月~金 19:00~00:00
定休日:土・日・祝日
Instagram:@fillers_ginza
HP:https://fillers-ginza.jp/
■Tsubasa
Instagram:@tsubasan.jp
■今回のワイン
サンドロ・デ・ブルーノ【ピノネロ IGT ヴェネト ロッソフーモ 2015】
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