Talk at Fillers #1 ソムリエール・江畠由佳梨様

リストのないワイン屋さん。

銀座の7丁目のあたり。名前のついていない通りにある、小さなワイン&シガーバー「Fillers」
世界のワインと本宮ひろ志のマンガが好きなマスターと、お客様の気まぐれなお話に耳をかたむけてみましょう。
今夜のお客様はリストのないワイン屋さん、プルールの江畠 由佳梨さんです。

ーーそろそろ、バーに寄ってもいいでしょう?

江畠由佳梨/ Yukari EBATA
(社)日本ソムリエ協会認定ソムリエ
1988年名古屋生まれ名古屋育ち。
神戸松蔭女子大学 英米文学科卒業後、東京のワイン輸入会社に勤務。
フランス語とワインを学ぶ為、ボルドーに約1年間留学。
2018年、プルール株式会社設立。
現在はワインのコーディネート販売、イベントの企画、セミナー講師として活動中。
マスター 鈴木 則志
イタリア産を中心に世界各地から取り寄せたワインとキューバ産のシガーを集めたバー「Fillers(フィラー)」のマスター。

再会したり。はじめて出会ったり。

マスター 先週の金曜日に、コロナになってからはじめてのインバウンドのお客さんが来てね。香港の人でさ。ウイスキーが好きだって言ってた。

江畠 海外の方で日本のウイスキーを探されてる方は多いですよね。

マスター たくさんいますよ。 …そうだ、ちょっと前にもブルネッロ・ディ・モンタルチーノの生産者が日本に来ていたよ。

江畠 お知り合いなんですか?

マスター 友達でね。昼下がりにお店の前でばったり会ったんだよ。5年ぶり! 嬉しかったな。

江畠 マスターはイタリアに長く住んでいたんですよね。

マスター うん、1996年から2014年までミラノに住んでいて、3年半前にお店を開けました。

江畠 あまりイタリアワインは詳しくないんです。今日はたくさん教わります(笑)。

マスター じゃあ、イタリアの泡から空けますか。

今回のワイン:ノーチラス・ヴァルカモニカ 2016

※makuakeにて250%以上の募集額達成。現在先行出荷準備中【2023年4月末に一般発売を予定しています】

江畠 ーーやっと、きがねなくバーに来れるようになりましたね。

マスター 江畠さんのお仕事はソムリエールだよね。

江畠 はい。でも、お店に立っているわけではなくて、オーダーを受けてお客様に合ったワインを選んでお送りしたり、ワインのイベントを開催したり、ワイン講座を開いたり。あとは飲食店のワインリストを作るお手伝いや、店舗のプロデュースに関わることもあります。

江畠 イタリアワインってエチケットやボトルがおしゃれですよね。フランチャコルタも珍しい形をしていたり。

ーー変わったボトルですね。この澱のようものはなんですか?

マスター ”砂”だね。湖の底で熟成させたワインなんですよ。場所はイゼオ湖、フランチャコルタのすぐそば。引き上げたときは瓶の表面に小さな貝がついているらしいよ。

江畠 湖底ワイン。湖に沈めて熟成させたスパークリングってことですか。

マスター そう、水深40~60mに沈めて60ヶ月熟成させている。伝統の製法だよ。

瓶内二次発酵といっても、いまはジャイロみたいな機械で瓶を回して発酵させるところも多いでしょ。このワインでは湖の水流と水圧で発酵させるわけ。

江畠 手間がかかる製法ですね。湖や海に沈める熟成方法は聞いたことがありますが、飲むのははじめてです。

マスター 2015年の製造本数はボトルで5040本、マグナムで120本、ジェロボアムで25本だったかな。2016年の総生産も多くて7000本くらいじゃないかと思います。

江畠さんのnoteより。”フランチャコルタ”は、イタリアのロンバルディア州でシャンパーニュと同じように瓶内二次発酵方式で造られるスパークリングワイン。”シャンパーニュ”の製法はこの図のように、通常のスパークリンワインよりも多くの工程がある。

江畠 あ、フルートグラスとはちょっと違う形ですね。

マスター 今夜はフランチャコルタの公式グラスに注ぎます。決して高価なグラスじゃないけど、これで飲むと美味いよ。

もともとシャンパンはフルートじゃなくてコッパに注いでいたみたいだね。「シャンパンマドラー」っていう道具があって、泡を抜いて飲んでいたらしい。ご婦人がシャンパンでげっぷが出ないようにするためだって。

江畠 夜のおねえさんも、シャンパンの泡を抜く人がいるって聞いたことがありますよ。そのほうがたくさん飲めるからって。

マスター そうなんだ。面白いね。

江畠 きめ細やかな泡ですね。

マスター 伝統的な製法のほうが、機械で作るよりもペルラージュ(泡立ち)が美しい。

江畠 香りはかなり深みがありますね。ちょっとスモーキーな香りも。ーーでも味は思ったよりスッキリとしていてドライですね!香りとのギャップがあります。補糖はしてないんでしょうか?

マスター Pas Dose(パ・ドゼ)、思いっきりドライです。

江畠 品種は?

マスター 10種以上のブドウを使っているらしいね。古い木が多い。チリエジョーロ・バルベラ・メルローチリエジョーロ、インクロチーオ・テルツィ、バルベーラ、メルロー、スキアーヴァ、マルツェミーノ、レボ…ほかにも。

江畠 休日にレストランのテラスでガレットを食べながら、昼から飲みたい感じ。でもせっかくイタリアのワインですから、イタリア料理と合わせたいですね。あのジャガイモとチーズの……なんでしたっけ。

マスター フリコだね。ちょっと前までサイゼリヤのメニューにもあったんだよ、知ってる?

江畠 そうなんですか。私はサイゼリヤだとイカスミパスタが好き(笑)。

マスター でもミラノに住んでたからこそ言いたいのは、あのサイゼリヤ名物の「ミラノ風ドリア」はミラノにはない(笑)。ミラノ風リゾットはあるけど、ドリアとは全然違う!

2009年のボジョレー・ヌーヴォー。

マスター 江畠さんは、なんでこの仕事をはじめたの?

江畠 学生時代にフランス語の勉強をしていて、フランス人と日本人のご夫婦と家をシェアしていたんですよ。一軒家で、リビングが共同だったから夕食の時に一緒のテーブルにつくこともあって。それでフランス文化に興味を持ったんです。

マスター じゃあフランスにはまったんだ。

江畠 そうでもなくて、スペイン語も中国語も韓国語もかじってました(笑)。旅も好きでバイトでお金を貯めてバックパッカーしたり、いろいろやるんですけど飽き性なんですよね。それで就活の時期になっちゃって。そのとき2009年だったんです。

その年に何気なく飲んだボジョレー・ヌーボーが美味しくて。2009年は特に飲みやすくて果実味が出てたじゃないですか。「あっ、ワインの仕事にしようかな」って思ったのがそのときなんです。

マスター 2009年のボジョレーでなんだ。そのままずっとワイン業界?

江畠 はい、転職しながらワインショップのスタッフもインポーターの営業もさせてもらって、役割はいろいろと変わりましたけど。

マスター ワインは飽きなかったんだね。

江畠 そうなんですよ。ワインって何を勉強しても役に立つんですよね。語学でも旅でも、サイエンスでもワインにつながりますよね。だから私には合っていたんだなって。飽き性のままで続けられる仕事なんです(笑)。

マスターはどうしてワインに興味を持ったんですか。

マスター 僕は埼玉県の草加市の生まれで、母親の母親の実家はせんべい屋でね。高校を卒業して、オヤジの友達の会社で映画の宣伝会社から仕事をもらって、映画の垂れ幕を作る仕事をしてた。でも海外に行ってみたくて、お金を貯めるために深夜にかけもちで配膳係とか、レストランで働いたのね。当時、ワーキングホリデーができはじめた頃なんだよ。バブルが終わったかどうか、くらいの時代です。

江畠 行先は?

マスター オーストラリアのシドニー。今みたいにどこの国でもいけるわけじゃないの(笑)。それで、西洋フードシステム(昔のレストラン西武)という会社があって、日本橋にあった「レストランプリンセス」ってところでバイトしたんだ。日本橋高島屋のちょっと横にあるビルだね。伝統的なフレンチの店だった。そこではじめてワインを飲んだの。

江畠 じゃあフランスワインですよね。

マスター フランスばっかりだったね。そうそう、さっき江畠さんが言っていたボジョレー・ヌーヴォーが日本でちょうど流行りだした時期で、酔いすぎてカバンから財布まで全部なくしちゃったことがあって、痛い目見たねえ。強くもないのに飲みすぎた。解禁日は本当にすごい騒ぎでね。大して美味くもないのにさ(笑)。品質のいいものも中にはあったけどね。

江畠 ヌーヴォーはお祭りですよね(笑)。シドニーに行ってからは?

マスター 現地の和食の店でアルバイトしたけど、半年で帰ってきてパリに行った。料理用語しかわからなかったけど。92年の12月かな。

パリからスイス、ブルゴーニュに入ってニース、ボルドー、またパリ。昼も夜もミシュランの星付きに行っていた。ブルゴーニュの田舎にカジノがあって、カジノで勝った金でワインを買ったりしながら旅したよ。

驚いたのはホテル・ネグレスコという矢沢永吉の歌にもなってるホテルで、子供は入れないのにマダムが連れている犬にご飯を出している。ミシュラン2つ星のレストランだよ(笑)。これが文化なのかって。懐かしいね。

江畠 すごく海外に行きたくなってきました(笑)。

歌舞伎町のホストにワインを教えて気づいたこと。

マスター 最近、江畠さんのところには、どんなオーダーが来るの。

江畠 すごく多様で。もともと飲食店のお客様がほとんどだったから、コロナ中はのきなみお店を閉めてしまっていたので、私自身の収入も殆どなくなって本当につらかったですね。でもコロナの間に新しい仕事もはじまったんです。

ーーわたし、いまホストの方にワインを教えているんですよ。

マスター 個人的にじゃないよね(笑)?

江畠 ふふ。ホストクラブでソムリエ対策講座を開いているんです。意外にも、みなさんプロ意識が高くて、真面目な方たちですよ。歌舞伎町のゴミ拾いをしていたりもするんです。

ーー実はソムリエになってから、ワインを楽しむために必要な知識が多すぎて、逆に飲む人のハードルを上げてしまうんじゃないかと思っていたんです。頭でっかちにならずに、ただ美味しく飲めればいいのにって。

マスター たしかに、何を飲むかよりも誰と飲むか、みたいなところがあるよね。こんな風に会話しながら飲むのがいい。

江畠 ソムリエの勉強をするよりも、ワイナリーを見てどんな人が作っているかを知るほうが全然楽しいと思う。

そういう考えで、玄人向けというより初心者向けイベントに力を入れてきたんですけど、私に声をかけていただいたホストクラブのオーナーの方は、ホストとして高いお金をいただいているのなら、教養を身につけて質の高いサービスを提供しなくてはならないと考えていたんです。たしかにそうだなって。

私がソムリエ資格を取ったのも10年くらい前だから、今また勉強しなおしています。

ーーイタリアワインは、どこから手を付けたらいいでしょうか。

マスター やっぱりブドウ品種から入って選ぶのがいいんじゃないかな。イタリアには土着品種とか、聞いたことのない品種があるからね。僕がワインの業界に入ったときは、ちょうど「ワイナート」っていう雑誌がトスカーナに注目しはじめたときだった。

江畠 どんな品種が好きですか。

収穫されたばかりのシャルドネ種と黒ブドウのピノ・ノワール種。ブルゴーニュのワイナリー”ドメーヌ・トロ・ボー”の畑にて。
記事はこちら▶https://kemur.jp/yukari-wine-story-210929

マスター 昔はインターナショナルな品種が好きだったよ。カベルネやメルローとか。今は…ネッビオーロかな。

江畠 私もネッビオーロ大好き!

マスター トラディショナルなつくりかたをするとゆっくり熟成するから、長い年月が経たないとなかなか飲み頃までが長い品種だけどね。

江畠 品種以外にも、製法もたくさんありますよね。

マスター いま流行っているビオ系のエッグタンクとか。古い製法をあえて使う生産者もいるよね。

江畠 アンフォラも、そうですよね。最近はどんなことに興味がありますか。

マスター それで思い出した。せっかくだから、ワイン以外のお酒も一杯だけ飲みませんか。

すこしだけ、はじめての体験を。

江畠 ウイスキーですか。味わいは好きなんですけど、ぜんぜん詳しくないんです。

マスター 白州です。さっき、海外の人が日本のウイスキーを探していると言ったでしょう。左が日本のもの。右側はじつはスペインで買ってきたものです。

江畠 同じ白州?

マスター そう思うよね。日本のほうから先に飲んでみて。

江畠 思ったよりもフルーティーな、きれいな香り。

マスター 外国のほうはどうですか。

江畠 あっ、香りが違う。海外のほうが穀物っぽい? わらっぽい香り。深み、熟成感がある。チョコレートが合いそう。

マスター 面白いでしょう。日本のほうは口に入れたときの余韻が短いのね。キャラメルやアルコールが来るけど、パッと消えちゃうの。外国のほうは余韻が長い。アフターが長いという感じ。

ボトリングの時に変えてるんじゃないかと思うんですよ。シャンパーニュでも出荷する国によって微妙な違いがある。デゴルジュマンの時に何かしてるんじゃないかな? こういうのが面白くなってきてね。

また、新しい旅へ。

江畠 マスターが会った生産者の方の話、また聞かせてください。

マスター フランスは地域で結束してるイメージだけど、イタリアの生産者は「俺が俺が」という人が多いよね(笑)。

江畠 ふふ。フランス人のワイン生産者にも、主張が強い人はいますけどね。

マスター イタリアにも行ったの?

江畠 主にはフランス。チリとアルゼンチン。スペインやアメリカにも何回か行きました。

スペイン、”ビーニャ・ソルサル・ワインズ”熟成室にて、ボトリング前のワインを樽からいただいたとき。
記事はこちら▶https://kemur.jp/yukari-wine-story-210726

江畠 イタリアには…フリウリのラディコンとか。車がなかったので2時間かけて歩いたんですよ。

マスター えっ、あの坂道を歩いて行ったの!? すごいなあ。もう亡くなっちゃったけど、オーナーのスタンコはお酒が好きで。近くにGRAVNER(グラヴネル)があったでしょ?

オーナーのJOSKOから特別なピノ・ネーロをもらった。うまかったねえ…イタリアのピノ・ネーロで一番うまかったかもしれない。

江畠 イタリアにも、もっと行ってみたい。私はピエモンテにずっと行ってみたくて。11月にトリュフ祭りがあるって。

マスター ピエモンテは、白トリュフもだけど、スモークした生ハムがすごいよ。フリウリのコルモスで作っているんだけど、絶対に日本に輸入できないやつなんだ。昔は密輸してたみたいだけどいまは罰金がすごいから無理だね(笑)。出された先から、全部食ってきた。

江畠 また旅に出たいですね。

マスター 実は…3月の末から行ってくるんだ。イタリアに。

江畠 えっ、いいなあ!

マスター いいワインを買って帰ってくるよ。また来てください。


■ Talk at Fillers #1


■フィラー ワイン&シガー(FILLERS WINE&CIGER)

東京都中央区銀座7-7-15 銀座HARAビル 3F
080-7961-5704(予約可)
営業時間:月~金 19:00~00:00
定休日:土・日・祝日
Instagram:@fillers_ginza
HP:
https://fillers-ginza.jp/

■江畠 由佳梨【ワインショップ・プルール】

HP:http://pleurs.jp/
Twitter:@pleurs_yukari
Instagram:@pleurs_yukari

■今回のワイン
ノーチラス・ヴァルカモニカ 2016 
イタリア・イゼオ湖の湖底で熟成されたスパークリング。2023年4月末に一般発売を予定しています。
2015年のヴィンテージはこちらのサイトで販売中です。
▽ノーチラス・クラストリコ 2015
https://rabbitrun.jp/view/item/000000000270

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