煙のあった風景 04 世界の果てで眺めた煙【ケニア】

煙草はリラックスのための嗜好品。しかし命がけの一服もある――。
「危険地帯ジャーナリスト」としてスラムやマフィアなどの裏社会に取材し、世界の生々しい姿を平和ボケの日本に届け続ける、丸山ゴンザレスさん。
本連載では愛煙家でもあるゴンザレスさんの数々の体当たり取材の現場に欠かせなかった煙草のエピソードを通して、その刺激的な旅の足跡をたどります。
第4回は、アフリカへ。「世界一危険な湖」に浮かぶ、ある島での一服のエピソードです。

丸山ゴンザレス


ジャーナリスト、國學院大學学術資料センター共同研究員。國學院大學大学院修了後、出版社勤務を経てフリーのジャーナリストとして日本の裏社会や海外危険地帯の取材を重ねている。主な著書に『アジア親日の履歴書』(辰巳出版)、『世界の混沌を歩く ダークツーリスト』(講談社)、『MASTERゴンザレスのクレイジー考古学』(双葉社)、『世界ヤバすぎ!危険地帯の歩き方』(産業編集センター)など多数あり。

04 世界の果てで眺めた煙【ケニア】

 

連載03 マンハッタン・アンダーグラウンドの吸い殻【アメリカ】より

NYの地下で目に入った吸い殻。その思い出に引きずられて思い出した「世界の果て」で見た煙のあった風景のことを話してみたい。

ケニア、ウガンダ、タンザニアにまたがるビクトリア湖。アフリカ最大の湖には大小多くの島がある。テレビ番組の企画でケニアを訪れたついでにどうしても行ってみたい場所があるということで、そのうちのひとつミギンゴ島を訪れた時のことだ。

前日の夜に立ち寄った小さな町。深夜で行くところもないので食事を済ませるとホテルの部屋にこもった。外に出るのも危ないかなと思いベランダに出てタバコを吸った。
暗く街灯もない町だったが、それでも陸地で過ごす時間がこれで終わりかと思うと名残惜しくもなる。周囲からは怒号や叫び声が聞こえていたが、特に気にすることもない。直前には世界最大級のスラム街とされるキベラに滞在していたので、この手の空気にはだいぶ慣れていた。

ケニア・キベラスラム

翌朝、早くからの移動で舗装もされていない土の道を進む。未舗装の道がずっと続くこと、土の色が赤いこと。どうでもいいかもしれないが、そういったことで自分がアフリカにいるのだと実感できた。
昼前に目的の港に到着した。港といっても小さな漁村である。


水辺には5〜6人が乗員の限界と思しき小さなボートが並んでいた。この小さな船で沖に出て漁をするのだという。手漕ぎのボートもあったが、モーターを搭載したものもある。
事前の調べでは、ビクトリア湖は高地にあるため天候が変わりやすく1年間で5000人が亡くなることもあるそうだ。ほとんどが船の沈没によるものだという。 この情報に触れた時に「嘘でしょ?」と思っていたのだが、出発の準備で船内に溜まった水をかき出していたのを見ていると、あながち誇張でもないような気がしてきた。
湖の巨大さに対して船の脆弱さは死亡事故の多さに説得力を持たせてくれているようだった。

命がけのボートでの一服

【ビクトリア湖】68,800 km2の湖水面積を持つ 画像出典:朝日新聞

本土からミギンゴ島までは2時間ほどかかる。実は、この島の位置が非常に厄介な状況にあった。俺たちはケニア側から入ったが、隣接するウガンダも領有権を主張しているのだ。念の為、ウガンダ政府にも入島の許可は取っていた。だが、担当者から気になることを言付かっていた。
「島に常駐する警察の判断に従ってください」
政府の発行する紙(パーミッション)よりも、現場判断が優先される。そんなことがまかり通るのがアフリカなのだ。土の色や路面状況なんかでアフリカを感じている場合ではなかった。

島影も見えない海原を進む。しばらくぼんやりとしていたら足元が冷たい。冷えてきたのかと思うとくるぶしぐらいまで水が溜まっていた。もしかして出発した時に掻き出していた水は雨とかで溜まったものではなく単なる浸水なのか? 疑問より先に船頭からペットボトルの底の部分(上部をカットした円筒状のもの)を放り投げられた。何を言ってるかわからなかったが、身振り手振りを総合すると水を掻き出せということのようだ。
それから数分間、溜まった水を掻き出す。船頭も慣れた様子。一仕事終えたところで一服したくなるところだが、この頼りない船でタバコなどありえない。船で火気厳禁のルールは、さすがに俺でもわかる。

ところがくわえタバコをしている人物がいた。他ならぬ船頭である。
「いいの?」と思わず問うと「問題ない」と返された。
それから俺もタバコを燻らせ、そして船底に水が溜まると率先して掻き出した。

島での拘束時間

サッカーコートの四分の一ほどのサイズの島は、へばりつくようにトタンで作られた小屋が密集している。
「地球外の風景」「宇宙のどこかの星の風景」と言われても信じてしまう。


上陸した俺たちを待っていたのは、そんな場所に似つかわしくない人間関係、国家間のいざこざだった。
双方が領有権を主張していることは許可を両国に求める程度には承知していたので、取材を始める前、最初にケニア警察へ挨拶に行った。特に問題もなく、むしろ歓迎された。彼らが同行してウガンダ警察へと赴く。
ここまでは順調だったが、一気に雲行きが怪しくなる。俺に相対するのはウガンダの警察署長。目つきがギョロッとした迫力のある男だった。必要書類を提出したが「俺は認めねえ」と取材拒否された。それから、その場で強制的に取り調べというか尋問が開始された。
ここでの緊張感のあるやりとりを続けたところ、
「明日の朝まで小屋(留置所的な意味)に滞在を認める。外(トイレとか)に出るときはウガンダ警察が監視をする。撮影や取材は認めない」
めっちゃ強い口調で断言された。事実上の拘束である。これはまずいことになったとチラッとケニア警察の方を見ると「無理」とばかりに首を振る。どうにもできないようだった。
もはや諦めるしかないのか。
意気消沈した男だけで拘束用の小屋にいた。俺たちのチームには同行していたディレクターとベテランの通訳Iさんがいた。彼らと話しても愚痴しか出ないし、別に大人しく待っててやる必要もないだろうと、開き直った俺はすぐにウガンダ警察と交渉して「アレが欲しい。コレが欲しい」と要求を突きつけてみた。
モンスター拘束者になってやろうと思ったのだ。
彼らはすぐに話に乗ってきた。無茶な要求をしたのではない。むしろ彼らに賄賂を渡すタイミングだ。俺が買い物をする際に彼らに何かしら買ってやることで便宜を図る。カメラはダメでも取材にはなりうる。
警察から小屋に移動する時の会話で、「島には飲み屋がある」とかあれこれアピールしてきたので、俺はその辺りを察していた。

”美味しそうに吸いますね”

俺は島内の施設を巡りながらひっそりと取材をする。俺の張り付いた若い警官も大胆に要求してくるようになり、飲み物が欲しいとかあれこれ言われる。
夕飯時になって小屋の前で料理をする女性たちの姿が見られた。そんな様子を見ていて、ふと「タバコが欲しい」と思った。
「タバコは売ってるか?」
お付きの警官に聞くと「もちろん」とのこと。売店まで行くと、通訳のIさんがいた。
「どうしたんですか?」
「いや、コレをね」
そう言って売店で買ったタバコを見せてくれた。
「止めていたんですけどね」
「ここまで吸ってませんでしたよね?」
「そうなんですが、船でゴンザレスさんが美味しそうに吸ってるのを見てね。他にすることもないですし、島にいる間だけでもと思いまして」
Iさんは器用にマッチでタバコに火をつけた。そして煙を大きく吸い込んだ。
俺はIさんから1本もらって吸った。決して美味しいタバコじゃなかった。ニコチンも重くきつい。普段はメンソールのスッキリ味を好む俺には合わない。それでも、この島で起きた出来事にくらべればどうということもない。
「やっぱり美味しそうに吸いますね」
Iさんは微笑みながら言った。
それから雑談しながら、「明日はどうなりますかね」とか他愛のないことを話していた。

”日本人はフィルターを再利用するのか?”

しばらくしてIさんが先に小屋に戻った。俺はお付きの警官がちょっと離れたところに控えているのを確認してから、お礼代わりにビールでも奢ろうと思った。警官が飲み物を買ってきてくれるという。
俺はしばらくここで景色でも見ているからと、島の縁に腰掛けていた。
見渡す限り水面。視界情報から孤立した場所にしか感じられない島。
この世の果てだと思った。
ここから日本に帰れるのだろうかと思うほどだった。あまりに別世界すぎたのだ。

そこにドリンクを持った警官が戻ってきた。俺は自前のメンソールタバコを携帯灰皿に入れて火を消した。すると、警官が不思議そうな顔をして言った。

日本人はフィルターを再利用するのか? さっきからずっとそのケースに戻しているよな」
「はい?」
情けない声が出た。理解ができなかったからだ。ちょっと落ち着いて考えるとすぐにわかったが、そこから妙に納得できた。灰皿どころかその辺にポイ捨てしている彼らから見たら、携帯灰皿の存在意義など皆無。俺の行動はフィルターを大事そうに持ち帰っているように見えていたのだ。

ニューヨークで環境保護団体のように思われた出来事と似たようなものだ。
今回の煙の記憶は、そこが繋がって出てきたものだ。


この島での滞在は俺にとって忘れ得ぬ衝撃となった。結果的には取材はなんとかなるが、それはまた別のお話である。

次回は再びニューヨークへ戻して煙のあった場所についての話をしようと思う。

▶いままでの「煙のあった風景」

文・丸山ゴンザレス
Twitter:@marugon

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