村田らむの”裏・歳時記2022” 【2月】”鬼”に会う旅

2022年明けから始まった、ケムールの国内旅行連載。毎月、日本のちょっと変わったスポットを訪ねていきます。
その旅の案内人は「ホームレス」や「樹海」取材のパイオニア、村田らむさん。


村田らむ
一九七二年生まれ。愛知県名古屋市出身。ライター、漫画家、イラストレーター、カメラマン。ホームレスやゴミ屋敷、新興宗教などをテーマにした体験潜入取材を得意とし、中でも青木ヶ原樹海への取材は百回ほどにのぼる。著作に『樹海考』(晶文社)、『ホームレス消滅』(幻冬舎新書)、『人怖 人の狂気に潜む本当の恐怖』(竹書房)などがある。

2月といえば、節分、さっぽろ雪まつり、針供養。バレンタインで社内で配布された義理チョコの、ホワイトデーのお返しはもう決まりましたでしょうか?
ケムールがオススメするのは「フィナンシェ」。詳しくはこちらの連載記事をご覧ください。
▶奇才紳士名鑑~③フィナンシェ200種を食べ比べた紳士

さて、今回は和歌山・奈良へ。国内外の癖のある地を遍歴取材してきた村田さんですが、ついに念願の場所を訪れたようです。そこには2月の節分よろしく「鬼」の名のついたモノがいるのだとか…。

西成から始まる二月の旅

 寒いさなかに、大阪に出張した。
 トークライブイベントを2本開催するのが主な目的だったのだが、コロナもおさまってきたことだし久々に飲んだり食ったり遊ぼうと計画していた。しかしあっと言う間にオミクロンが広がってしまって、あんまり外に出られなくなってしまった。
 前もって大阪西成のドヤを9日間も予約していたのだが特にやることもなく、部屋の中で鬱々と漫画を描いて無駄に大阪ライフを過ごしていた。
 するとトークライブを一緒に開催した写真家の小林哲朗さん
「車出すので、どこか写真撮りにいきますか?」
 と声をかけてくれた。
 小林さんは、ドローンを使った工場写真や、廃墟の写真など、めちゃくちゃカッコいい写真を撮る。もしも知らない人がいたら、ぜひ見てほしい。

小林哲郎氏・公式Twitterより(▶リンク)

 ご時世的に外出するのはちょっと気まずい雰囲気だが、風景を撮りにいくぶんには迷惑もかからないだろう。
「ぜひぜひ行きましょう!!」
 と前のめりに返事をした。
「どこに行きたいですか?」
 と聞かれ、基本的にはお任せにしたのだが、個人的にどうしても行きたかった場所を最後の目的地にしてもらった。
 昔からどうしても見たい像があったのだが、奈良の山の中にあった、見に行くことができなかったのだ。

其の一:かんなみ新地

 スタートラインは兵庫県尼崎市にあるかんなみ新地にした。いわゆるちょんの間という場所だ。飲食店の形態をとりつつ、2階で性風俗的なサービスをするのが目的の店だった。
 なぜ過去形かと言うと、去年末に急に一斉閉店、70年の歴史に幕を閉じてしまったのだ。現在は普通の飲食店がポツポツと入っているらしい。。
 かんなみ新地は、昔に一度だけ立ち寄ったことがあった。基本はズラッと店が並んでいるだけなのだが、トンネルのようになっている場所があった。ピンクのキッチュな光で照らされ、春を売る女性が立っていた。
 淫猥で幻想的でとても魅力的な場所だった。

 まだ午前中にかんなみ新地についた。
 陽の光に照らされて、淫猥さは飛んでいた。

 狭い引き戸がズラリと並び、ドアの上にはエアコンの室外機が何十機も設置されている。
 トンネルのようになっている場所はまだあり、赤い文字で『いらっしゃいませ』と書かれている。


 夜のかんなみ新地は大きな生物の体内にいるような雰囲気だったが、朝のかんなみ新地はまるで大きな生物の死骸のような迫力と殺伐さがあった。
 70年前の建物が残っているのもとても貴重だし、ぜひとも日本遺産に認定して、末永く保存して欲しいなあと心から思う。

其の二:和歌山集落ツアー

 続けて、和歌山県は中之島に移動する。
「和歌山県は良い集落が多いんですよ」
 と小林さんに言われてワクワクしてくる。
 近くの量販店の屋上の駐車場に自動車を停める。ビルから見下ろすと今から行く、集落が見えた。
 線路に囲まれている三角州のような場所だった。とても閉鎖的な空間だ。
 線路の下の分厚いコンクリートをくり抜いたトンネルの前に立った。トンネルは小さく、卵型で、ちょっと不安な気持ちになる。


「この集落は、ここからしか入れないみたいです」
 そう言われ、ドキドキしながらトンネルを潜る。
 いくつもの建物が建っていたが、どれも赤茶けていた。トタンが錆びて流れて、古い血液のように壁を汚していた。

 草は刈られておらず、枯れた雑草がいたるところに野放図に生えていた。
 家の前にはおそらく何十年の間オルガンが放置されていて、鍵盤が波打っている。
「いいですね~」
「ね、いいでしょ~」
 と、廃墟好きの二人で愛でて称えた。
 ふと元々庭だった場所を見ると、アロエがうじゃうじゃと繁殖していた。家でアロエを育てているのだが、なかなか上手くいかず枯らしてしまうことも多い。放っておかれてるのに、勝手にこんなに繁殖するのか!! とちょっと嫉妬する。


 非常に魅力的な場所だったが、面積は小さいのですぐに一回りしてしまった。
「和歌山競輪場の近くにもこういう場所がありますので行きましょう」
 と言われてホイホイとついていく。

 線路と高速道路と競馬場に挟まれた、三角地のような場所だった。

 

 競輪場の競馬場の真向かいには、大きな廃アパートが立っていた。壁はヒビが入り、ガラスには割れないようにガムテープが貼られ、シャッターは錆びて赤茶けていた。
「最高じゃん!!」
 と思ったが、唯一良くない点は、ドアに某新興宗教の政党のポスターが貼ってあることだった。廃墟廃屋に回ると、決まった2~3の政党のポスターが貼ってあることが多い。
たぶん廃墟に無許可で貼っているのだろう。マジで写真撮るのに邪魔なんでやめてほしい。
 細い路地沿いに古い家屋が建ち並んでいた。道もまっすぐではなくうねっている。不思議なつくりで、歩いているとすぐに方向がわからなくなる。
 線路の反対側から見ても、この地域はとても魅力的だった。線路沿いに赤茶けた古い建物が並んでいる。建物からほんの近い距離を電車が走っていく様は、とてもフォトジェニックだった。

 和歌山で最後に足を運んだのが『天王新地』だった。かんなみ新地と同じく、ちょんの間だ。こちらは現役らしいのだが……看板を見ると『天』の一文字しか残っていなかった。天に続く『王料理組合』の部分は割れて落ちてしまったのだろう。


 かなり古い建物が並ぶ、通り沿いには確かにそれらしき建物があって看板に『中村』『青江』と名前が書かれていた。おそらく夜になると看板に明かりがともり、営業するのだろう。
「わあ、電柱が木製だ。めったに無いんですよ、生きてる木製の電柱」
 と小林さんが喜んでいた。確かに使われなくなった木製の電柱はたまに見るが、現役バリバリの電柱は珍しい。

 ちょんの間としては100年ほどの歴史があるらしい。ちょんの間の建物の近くには最近建てられたであろう住宅もあった。新旧が混在しているところも良かった。

 和歌山で3ヶ所をめぐり終えて、しょっぱ美味い和歌山ラーメンを食べて英気を養う。
 最後は、俺が昔からどうしても見たかった像を見にゆく旅に出るのだ。

其の三:美しき鬼に言葉を失う

 目的地へは、和歌山県から2時間半ほど。
 航空写真を見ると、目的地の周りは緑色しかない。山、山、山……ひたすら山である。
 自動車の中にいても、外気の気温が下がっていくのが分かる。窓ガラスごしに冷気が伝わってくる。道路の周りには白い雪が見えはじめた。
 最後に赤い鉄橋を渡ると、目的地である『林泉寺』に到着した。

 階段をのぼると寺院がある。
 お寺自体は普通の禅寺だ。
 お寺の前に、アールデコ風の椅子やベンチが並んでいるのがちょっと変だが、さすがにこれを見るためにはこんな山奥までは来ない。
 その像は、寺院の正面に向かう形で建てられていた。


 その名も
『護鬼佛理天像』
 ごきぶりてんぞう、と読む。
 世にも珍しいゴキブリの像だ。『護鬼佛理天像』は山に沈みゆく太陽に照らされ、堂々と力強く立っていた。
 ゴキブリに逞しい4本の手が生え、野太い足がついている。堂々たる体躯だ。

 そして腹の部分は、複雑怪奇な都市になっている。近くで見ると階段、カエル、建物などが密集しているのが分かるが、遠くから見ると、複雑な機械人形にも見える。とんでもないインパクトのある立体造形作品だ。
 天野裕夫さんという彫刻家の作品で、彼の作品は動物と機械と街が融合したような作品が多い。その中でも『護鬼佛理天像』はかなりのインパクトがある。
 写真では見たことがあったが、実物のサイズ感や造形の素晴らしさに目がくらみ、しばし佇んでしまった。


 しかし、
「なぜゴキブリを祀ってるの?」
 と疑問に思う人も多いだろう。
 この像を建立した株式会社SONOは、ゴキブリなど害虫駆除の会社だ。これまで駆除してきたゴキブリを供養するために、建てた『鎮魂の碑』『いのちの碑』だという。
 しろあり、犬、猫などの碑石は見たことがあったが、ここまで立派な像は初めて見た。普段は駆除する対象であるゴキブリに、リスペクトを感じている気がした。
 長年見たかった像を見ることができて、一気に疲れが出てきた。

 日はまもなく沈み、夜の帳が下りた。
 小林さんには、再びかんなみ新地まで乗せてもらい、現在の夜のかんなみ新地を少し見学した後に解散した。
 今度来た時は、気兼ねなく飲めるご時世になってるといいなあと思いながら、一人ドヤに戻って寝た。

▶これまでの「裏・歳時記」

文・村田らむ Twitter:@rumrumrumrum

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