野尻抱介の「ぱられる・シンギュラリティ」第21回 オープンソース・ユートピア

SF小説家・野尻抱介氏が、原始的な遊びを通して人類のテクノロジー史を辿り直す本連載。
人工知能や仮想現実などなど、先進技術を怖がらず、翻弄されず、つかず離れず「ぱられる=横並び」に生きていく。プレ・シンギュラリティ時代の人類のたしなみを実践します。

今までの【ぱられる・シンギュラリティ】

第21回 オープンソース・ユートピア

1章 ないものを作る人々

 先端テクノロジーをこの目で見たい、触れたい、理解したいと思ったとき、あなたはどこへ行くだろうか。私のおすすめはMaker系イベントだ。
 この文脈でのMakerとはオライリーの『Make』マガジンが進めているDIYムーブメント参加者のことだ。紙飛行機や竹とんぼのような玩具から有人航空機や核磁気共鳴撮像装置まで、なんでも作ってしまう。ただ作るだけではなく、気前よくデータやノウハウをシェアする。コンピューター・ソフトウェアにおけるオープンソース運動の延長上にあって、それをDIY全般に拡張したのがMakerムーブメントだ。これについては後述する。
 狭義のMakerイベントは「Maker Faire (地名)」と名乗り、そのブランドを使うには何十万円かの使用料が発生する。しかし広義の「Makerイベント」なら各地で自由に開催されている。
 そんなMaker系イベントのひとつ、NT金沢2023  が先日開催されたので、一泊二日でじっくり見てきた。今回はこれを紹介しよう。
 NTとはニコニコ技術部、NicoTechの頭字語で、2007年に始まったときはニコニコ動画を主な発表の場にしていた。サークルのような組織ではなく、「ニコニコ技術部」タグをつけて作品を発表する人のゆるい集まりだった。それを実世界で展示・交流するのがNTイベントで、2008年から各地で開催されている。当初はMakerイベントというよりIT勉強会をモデルにしていた。
 今回の開催地は石川県の金沢駅前、おもてなしドームの直下にある地下広場。出展ブースはおよそ70で、とても全部は紹介できないが、まず動画で雰囲気を味わっていただこう。
「これのどこが先端テクノロジーなんだ?」と思ったかもしれない。Maker系イベントはハイローミックスで、むしろハイテク一辺倒にならないように配慮するのが特徴だ。
 本連載も古いローテクと現代のテクノロジーを併置して語ってきた。そのほうが過去と現在の二点から外挿して、精度良く未来を占えるからだ。Maker系イベントが温故知新を尊重するのも同じ理由だろう。
 さらにNTイベントはニコニコ動画が出発点なのでネタ成分が多い。多かれ少なかれ受けを狙った作品になっていて「才能の無駄遣い」「努力の方向音痴」などとタグ付けされる。
 しかし私の観察するところ、ネタ系工作ができる人はものづくりの基礎ができている人だ。普通のものが作れる技量があってこそネタに走れるのだし、対象を深く咀嚼できているからこそ、笑いを引き出せるのである。
 NTイベントの出展者は逸材ぞろいで、しかも話しかけられるのを待っているので、質問するとフランクに答えてくれる。「これ面白いですね」とか、何でもいいから声をかけてみるのがおすすめだ。
 以下、一部だが作品を紹介しよう。
*デジタル万華鏡
 動画にもでてくるが、実際には円形に並んだ25個のカラーLEDがあるだけで、それを鏡の反射で増やしている。万華鏡で遊んだ人は多いと思うが、それをデジタル工作と結びつけているのが面白い。
*合わせ鏡を使った分子模型
 これも万華鏡の一種で、固体分子の配列を合わせ鏡で増殖しようとした作品だ。球体部分を透けるようにして反射像を見えるようにしている。
「作ってみたらいまいち広がりが出ませんでした」とのことだったが、固体の分子構造は反復するから、合わせ鏡に置いてみたという発想は面白い。これに限らず、出展作品の多くは異なるものを結びつけることで組み立てられているので、そこに注目すると面白さがつかめる。
*サイボーグ・ゴーグル
 着用して自撮りしたのだが、自分の視覚と客観的な見え方はまったく異なる。眼窩の奥のほうでLEDが光っているように見えるが、着用してみると普通の素通し眼鏡で、LEDの光も見えない。どうやらペッパーズ・ゴーストという光学的トリックを使っているようだ。
*ヒゲキタドームの3D影絵


 イベントの常連で有名な作品だが、あらためて紹介しよう。これは半球ドーム内面に投影する3D影絵だ。観客は赤青メガネをつける。投影装置(写真3枚目)は驚くほどシンプルで、ドームの中心付近に2~3cm離して固定した赤と青の点光源があるだけだ。
 さえぎるものがないとき、ドームスクリーンは赤と青が混ざった白っぽい光で照らされている。光源の近くに物体をかざすと、赤い光だけが遮られた影(=青い像)と、青い光だけが遮られた影(=赤い像)ができる。ふたつの影は光源の間隔だけずれて映るので、それが赤青ステレオ映像になる。
 赤と青の光源は、赤青メガネをつけた観客の両眼と相似関係になる。影をつくる物体が光源に近づき、やがて密着すると、観客には物体の影が自分の眼に急接近して衝突するように見える。ヒゲキタドームの観客がいっせいに悲鳴や歓声をあげるのはMaker系イベントの風物詩だ。
 この仕組みは本来、立体影絵を平面に投影するアイデアだが、それをドームスクリーンに結びつけたところがポイントだ。写真や動画では伝わらないので、ぜひどこかで体験してほしい。
 ドーム自体も工夫が随所にある。それはビニールシートを貼り合わせたもので、扇風機の風で膨らませている。エアコンもついているが、畳めば機材一式を軽バンで運べる。
*イメージ書道

 そりゃ書道もイメージでしょ、と戸惑うのだが、ここで体験できるのは書というより「記号としての文字の力」だ。こんなインパクトがあるからには、文字は脳のなかで特別な扱いを受けているにちがいない。順序を考えると、脳が(なぜか)そのようなアーキテクチャを持ったがゆえに文字が発明されたのではないだろうか。そんなことを考えさせてくれるブースだった。
*漆・螺鈿工芸
 金沢は伝統工芸の盛んな土地で、漆器の特産地でもある。この作品群は伝統的な漆塗りの手法で木地から丹念に下地を作っているのだが、グラデーションを与えるなど、モダンなデザインを取り入れている。螺鈿工芸には光源が組み込まれていて、これも目新しい。
*フロッピーディスク・ドライブを使った音楽演奏
 知らない人も増えてきたが、かつてコンピューターに広く使われていた磁気記憶メディアだ。そのドライブ装置は物理的に動くので「ブーン、カッカッ、ゴッゴッ」と特有の動作音を発した。その時定数を変えると音の高低が表現できる。動画にも登場するのでメロディとリズムを聴き取ってみよう。
 こうした機械装置を動かすのは基本的に電磁石で、その点ではスピーカーと同じだ。玩具などに入っている直流モーターも、交流的に使うことで音声や音楽を鳴らすこともできる。
*リレーコンピューター
 半導体素子(トランジスタ)は、水道の蛇口をひねるように弱い力で強い力をオンオフする部品だ。リレーは電磁石を使って大きい電流をオンオフする機械的な部品で、論理的には半導体素子と同じ回路が作れる。実際、初期の電気計算機は多数のリレーでできていて、演算中は騒々しい音を立てた。それを現在の部品で作ってみたのがこの作品だ。
*マリオAIと対戦
 マリオAIチャレンジという、スーパーマリオを学習したAIプレイヤーと人間が競争するブース。私もやってみたが、そもそもスーパーマリオのプレイ経験がないので勝負にならなかった。
*人を認識するぬいぐるみ
 この熊のぬいぐるみは人を認識して反応する。子供を想定しているので、姿勢を低くして顔を向ける必要があった。動画にも登場する。
*IoT縛りの勉強会/LT会
 会場の一角にあるステージでパフォーマンスや研究発表が行われた。LTとはライトニング・トークという5分程度の発表のこと。IoTとはInternet of Things「モノのインターネット」、ネットにつながった機器のこと。ネット越しに操作できる家電機器や工場設備などをさすが、本イベントでもIoT作品は珍しくなかった。Maker界隈にはラズベリーパイというLinuxベースの安価なコントローラー基板が普及している。
 これはIoTLT会の中、KMiura氏の発表資料で、今月実装されたばかりの機能が解説されている。
 ChatGPTはLINEのようにテキストでやりとりするのが普通が、自分のプログラムからインターネットを介してAPI (Application Programming Interface)で機能を呼び出すこともできる。たとえば音声入力からテキストに変換してGPTに渡し、返答のテキストをもらって自分のプログラムで使う。アバターに音声出力させたり、チャイムを鳴らしたり、ロボットのポーズに反映させるなど、応用は無限にある。
 以上、NT金沢が漆塗りからAIまで幅広くカバーしていることをおわかりいただけたと思う。共通点はただひとつ、「ないものを作る」だ。ないものを作ることは未来を作ることと同義なので、この人々の進む先に未来があることは自明だろう。

2章 オープンソースが拓く世界

 冒頭で述べたとおり、Makerムーブメントはオープンソース文化がベースになっている。それがどういうものか、自分の感覚で語ってみよう。
 私が子供の頃、1960~1970年代は冷戦たけなわで、米欧ソはロケット、誘導ミサイル、ジェット機、原子力潜水艦、核兵器、レーダー、ソナー、レーザー、電子計算機などの剣呑なテクノロジーを競っていた。それらは自分たちにはまったく手の届かない、雲の上の存在だった。
それが身近になってきたのは、パーソナルコンピューターが普及してからだ。ハードウェアだけでは作れなかった複雑な機能がソフトウェアで実現できるようになった。
 ソフトウェアは容易にコピーして共有できる。後から来た人は、先に来た人が積んだ階段の最上段から出発できるから、どんどん発展していく。ソフトウェアに限ったことではないが、ソフトウェアではこの「積み重ね」と「使い回し」が著しく効果的だ。
 コンピューターの普及とともにソフトウェアは重要になったが、大きなアプリケーションを作るには莫大な費用がかかる。そこでふたつの流れができた。
 ひとつはプログラムのソースコード(人間が読める形式のプログラム記述)を隠して、実行ファイルを販売するスタイル。これをプロプライエタリ・ソフトウェアという。WindowsやExcel、Photoshop、ほぼすべての市販ゲームソフトが該当する。
 もうひとつはオープンソース・ソフトウェアで、ソースコードを無料公開してその利用、修正、再配布を可能にしている。オープンソースの定義は団体によって異なるが、オープンソース・イニシアティブによる定義が広く使われている。それは以下の10条件からなっている。
1.自由な再頒布ができること
2.ソースコードを入手できること
3.派生物が存在でき、派生物に同じライセンスを適用できること
4.差分情報の配布を認める場合には、同一性の保持を要求してもかまわない
5.個人やグループを差別しないこと
6.利用する分野を差別しないこと
7.再配布において追加ライセンスを必要としないこと
8.特定製品に依存しないこと
9.同じ媒体で配布される他のソフトウェアを制限しないこと
10.技術的な中立を保っていること
 これは、いうなればユートピアの定義である。オープンソースはすでに広く普及していて、それだけでなんでもできるし、最先端のソフトウェアはオープンソースで配布されるのが普通だ。この連載で紹介したAIボイスチェンジャーや画像生成AIもオープンソースだ。PCを動かし、ネット接続さえできれば、世界中のどんな人でも公平にソフトウェア技術を享受し、参加していける。
 つまりソフトウェアに関して、人類はすでにユートピアで暮らしていると断じてよい。もしあなたが「昔はよかった。世界は悪くなる一方だ」などと誤った信念を持っているなら、この夢のような現状を理解すべきだ。
 とはいえ、オープンソース界にもいろいろ揉め事や議論がある。
 オープンソースという言葉は1990年代の終わり頃に現れたが、それより先に自由ソフトウェア運動(Free Software Movement、FSM)というものがあった。創始者のリチャード・ストールマンが1985年に発表したGNU宣言が始まりとされる。
 これはオープンソースよりもラジカルで、コピーレフト という自由を強制する仕組みを持っている。GNUフリーソフトウェアのライセンスをGPLというが、これは下流側に発生した二次著作物にもGPLが適用される。1行でもGPLのソースコードが使われるとGPLが適用され、全ソースリストの公開が義務づけられる。これを俗に「GPL汚染」「GPL感染」といい、商業利用するとき都合の悪いことがある。
 オープンソースはこれより世俗的で、自由の強制が弱いぶん、商業利用しやすい。それでさえ、すでに述べたとおり、十分にユートピア的だ。
 2006年頃から始まったMakerムーブメントは、オープンソース・ハードウェアというものを提唱してきた。これはオープンソースの考え方をハードウェアに拡張したものだ。回路図や基板のデザインをデジタル情報にして共有し、自由に改変、再配布できるようにする。電子回路は回路図どおりに作っただけでは安定して動かないことがよくあるが、回路基板のCADデータがあれば再現性はぐんとよくなる。
 回路基板のCADデータは国内や中国の業者に送ると一週間程度で実物が届き、料金もリーズナブルなのでアマチュアの間でもすでに広く普及している。
 Makerムーブメントの歴史は、3Dプリンターの発達史とよく重なっている。これもすっかり成熟していて、NT金沢でもこんな作品が並んでいた。
 3Dプリンターは、「ビットからアトムへ」という思想を担ってきた。ビットはソフトウェア、アトムはハードウェアの最小要素だ。3Dプリンタやレーザーカッターなど、デジタル制御の工作機械を使えば、ハードウェアもソフトウェアとして扱えるようになる。データをダウンロードして工作機械に流し込めば、同じものが複製できることになる。
 3Dプリンター自体を3Dプリントで作る試みも初期から続いていて、全部というわけではないが、かなりの部品を自分で作れるようになってきた。これは連載第1回で述べたシンギュラリティの三要素のひとつに結びつく。再掲すると、
【1】大規模汎用人工知能
【2】人間のデジタル情報化
【3】自己増殖機械
 この三番目、自己増殖機械がそれだ。ナノマシンが使えれば理想的だが、実現は未知数なので、3Dプリンタのようなアプローチが現実的かもしれない。
 Makerムーブメントの盛り上がりはこの十数年で一段落した感がある。オープンソース・ハードウェアの発展は続いていて、「ムーブメントなんかなくたって普通にやってるよ」状態だ。それが示唆するものは大きい。ソフトウェア界でユートピアが実現したのだから、それをハードウェアに拡張すれば、実世界もユートピアになることが期待できる。
 NT金沢を一巡するだけでも、それが着々と進行していることがわかった。
 ユートピアの実現は近い。まもなくほとんどの人が職を失う。
 にもかかわらず誰も困らず、遊んで暮らす生活が始まることは避けられない。
 ワーカホリックの人は、いまのうちにカウンセリングを受けたほうがいいだろう。
(第21回 おわり)

▶今までの「ぱられる・シンギュラリティ」

野尻抱介

野尻先生
SF作家、Maker、ニコニコ技術部員。1961年生まれ。三重県津市在住。計測制御・CADのプログラマー、ゲームデザイナーをへて専業作家になったが、現在は狩猟を通して自給自足を模索する兼業作家。『ふわふわの泉』『太陽の簒奪者』『沈黙のフライバイ』『南極点のピアピア動画』ほかで星雲賞7回受賞。宇宙作家クラブ会員。第一種銃猟免許、わな猟免許所持、第三級アマチュア無線技師。JQ2OYC。Twitter ID @nojiri_h

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