”火付け役”はだれだ?謎のタバコカルチャー「シーシャ=水たばこ」の現在を探る

不定期連載「たばこのことば」第4回

紙巻たばこ・パイプ・葉巻…喫煙の楽しみはさまざまある。粋な「きせる」や、鼻から吸い込む「嗅ぎたばこ」、口の中に小さな袋を含む「噛みたばこ」なんてものも。
最近ガンガン勢いを増しているのは、なんといってもたばこ葉に火をつけず、電気で加熱する「加熱式」。
「VAPE(電子たばこ)」の蒸気のもとになるリキッドにもニコチン入りのものがあり、これらも最新型の煙草と言える。
そんな多様なスモーキング・スタイルの中で今回とりあげるのは「シーシャ(水タバコ)」。

▶ケムール特製「シーシャ」紹介記事より

シーシャとは、豊富な種類の中から選んだフレーバーとタバコの葉を使っていぶした煙を、専用の「水パイプ」という器具を使って吸う大人のための嗜好品です。器具内の水に煙を一旦くぐらせるため、紙巻きタバコに比べるとやわらかい味わいになります。
タバコの味わいとともに、様々なフレーバーを加えて楽しむことができるので、新たなタバコの楽しみ方として注目されています。かつては「水タバコ」という呼び方が一般的でしたが、シーシャというエキゾティックでおしゃれな呼び名に変化したことも、現在の流行を後押しした理由と言えるでしょう。

シーシャは「火皿」で熱した煙草葉のけむりを水の入った「壺」にくぐらせ、「ホース」を通して吸い込む喫煙器具だ。使われる水パイプにはガラスや金属製のものが多く、道具そのものも異国情緒にあふれ、美しい。シーシャ特有のたゆたう煙とあいまって、リラックスした空間を演出してくれる。
そのおかげか、喫煙スタイルのなかでも若い女性の認知度が高いと言われていることも特徴だ。たばこのマーケットのなかではちょっと異質な存在というわけ。

そんなシーシャの起源は諸説あるが、16世紀のインド周辺ーー。東インド会社がガラス輸入を先導したことで水パイプがうまれ、たばこがお好みのインド貴族たちに親しまれた。その後ペルシャ文化のなかに居場所をみつけ、トルコから中東へ広まる。絶景の砂漠・ラクダ・ムスリムの優美な装飾がそこかしこに見られる街角。暑く乾燥した中東の気候のなかで、シーシャの涼しげでチルな煙は人々の憩いに欠かせないものとなったのだ。

▶ケムール連載「魔女が教える秘密のシャグ・カクテル」で現代魔女のマハさんが訪れた「シーシャ・ストリート」(エジプト・カイロ)

…と言われても「うわあ。オシャレだなあ」というくらいしか感想が浮かばなかったケムール編集部は、その道の専門家に話を聞きに行くことにした。

テーマは「いま、日本のシーシャはどうなっているのか」。都市部では繁華街にちらほらと「シーシャ」を掲げるカフェやバーの看板を見かけるようになった。しかもコロナ禍に入ったころから年々増えてきている気がするぞ? さすがに屋外でシーシャを喫っている人を見たことはないが、雑貨屋なんかでも3000円とか5000円とかで銀色のパイプが売っているのを見たことがあるような。自宅でも試せるのだろうか。
このあたりの事情も掘り下げていこう。

日本初のシーシャ専門メディア

▶出典:JAPAN SHISHA TIMES

以前に取材した「手巻きタバコのドン」ことVon Klarenの松本社長(▶記事リンク)や、ヴィンテージライターの世界を語った「たばこと塩の博物館=タバシオ」(▶記事リンク)など、どの分野にも専門家がいるものである。
そしてニッチな道ほど知的であり、面白い。これは取材の鉄板と言える。

というわけで、今回たずねたのは日本初のシーシャ専門メディア「JAPAN SHISHA TIMES」。全国のシーシャが愉しめる店舗を網羅的に紹介し、ずばり「シーシャ道」という名店紹介のシリーズ記事も発信している。

運営会社AWAY LLCのファウンダー・常井 裕輝(とこい・ゆうき)さんに話を聞いた。

上智大学法学部法律学科卒。在学時に1年間マレーシアに在住していた際にシーシャと出会う。帰国後ほぼ毎日シーシャカフェに足を運ぶ中で、誰もがサードプレイスを持つ社会を目指してJAPAN SHISHA TIMESを立ち上げる。
リクルートにおけるサービス/商品企画・事業推進を経てコンサルティング会社勤務。

インタビュー場所に指定されたのは、もちろんシーシャ・ハウス。
原宿にある「ホリデイ」という店だ。

▶竹下通りから一本外れた裏通りのビル4階。カルチャーがぎゅうぎゅうに詰まった空間で男女を問わない若者たちが集っている。

今回は「ホリデイ」店主のレオさんも一緒にインタビューに応じてくれた。

ーー「JAPAN SHISHA TIMES」のスタートはいつからですか?

2016年です。日本のシーシャを紹介している専門メディアとしては、いちばん古いメディアですね。

ーー6年ほど前ですか。日本でシーシャが流行し始めたのもそのころ?

いいえ、全然(笑)。
2016年には国内にシーシャを専門に扱うお店は両手に収まるほどだったのでは、と思います。
2016年から徐々に増えはじめ、急増したのはコロナ禍の2020年以降。専門店だけでなく、カフェやバーなど様々な業態のお店でシーシャを喫える店が盛り上がっています。居酒屋・ラウンジ・スナックのようなお店にもオプションとしてシーシャが置かれているケースが多いんですよ。


▶「ホリデイ」店内。コロナ禍、都内では飲食店がのきなみ営業を自粛するなかで、飲食店と喫煙スペースの中間のような役割を持つシーシャハウスは営業を続けていた。シーシャのトレンドの背景にはコロナ禍があったのだ。

ーー 実際、いま店舗数はどのくらいあるのでしょうか。

全国で1000店舗程度だと思います。かなり増えましたね。
分布としては大都市圏が圧倒的に多いです。東京、大阪。経済圏の大きさに比例して、最近は愛知・札幌あたりにもオープンしてきました。地方の都市にも出はじめています。
時期で言うと、アーリアダプターがはじまったくらいなのかな、と。

▶JAPAN SHISHA TIMES が紹介するシーシャ店舗リスト

ーー 1000店舗というと…

目的や規模が似ているカフェチェーンで比較するとイメージしやすいかもしれません。スターバックスが約1700店舗。ドトールコーヒーが約1100店舗。この程度の規模までは来ていると見ています。

ーー スタバより少ないけど、ドトールと同じくらい。なるほど、思ったより多いですね。

新しい世代を癒すCHILLな煙

▶常井さんの隣に座るのが「ホリデイ」オーナーのレオさん。タトゥーががっつり入ったいかついお兄さんだが、ものすごく優しかった。もともとITの分野でデザイナーやディレクターとして働いていたが、30歳を間近に店を構えて8年目になる。

ーー シーシャのファンはどんな人がメインですか?

2018年時点では、利用者のメインは20代で、男女比はだいたい1:1でした。若年層のファンが多いことがシーシャの大きな特徴です。しかし最近は店舗が増えてきたこともあり、年齢層も幅が広がりつつあります。

▶「ホリデイ」のオープンは2015年。当初は、「シーシャハウス」を検索して訪れる客しかいなかった。その後徐々にリピーターが新規客を呼ぶようになり、コミュニティ化していく。

ーー やっぱり、ユーザーはたばこを喫う人がほとんど?

ところがそんなことはなくて。
一般の喫煙者がシーシャも楽しむようになったのは割と最近で、2020年くらいまでのファン層は若い非喫煙者でした。日本で最初にシーシャを愛好し、広めていった層、いわゆるイノベーター層は女性。特に夜のお店で働く女性が仕事の終わりにリラックスするためにシーシャを好んだと言われています。
シーシャは煙が水をくぐることで煙が柔らかくなりますので、ガッツリ煙草を喫う人にはすこし物足りない部分があったのでしょう。そもそもニコチンが入っていないフレーバーも人気です。
つまり、シーシャはいわゆる煙草の置き換えではない。煙草でありながら、むしろ喫煙者とは異なった層に愛好されているカルチャーだと言えますね。

ーー そうなんだ、これは新しい…。どのくらいの数の人がシーシャを経験しているのでしょうか。

現在のところ、一度でもシーシャを喫ったことがある人は約20万人、うちリピーターが5万人ほどいると見積もっています。

ーー かなりリピート率が高いですね。

ええ。その点が、日本のシーシャの受け入れられかたの独特なところです。
シーシャの魅力はコミュニティ性。喫う行為そのものが目的というよりは、お客さんどうしの交流を含めた、場所としての居心地の良さです。
紙巻きたばこであれば、一本5分程度ですよね。シーシャは炭をおこして喫い終わるまで、だいたい2~3時間かかります。そのあいだ、ソファにゆったりと座り、お茶やお酒を楽しみながら、作業をしたり本を読んだり。そうした時間の中で周囲の人との会話が生まれることもあります。そして店に通うリピーターが生まれていく。
都会の喧騒を離れてリラックスできる「サードプレイス」として、とても価値が高いのです。私もこの性質に惹かれて、いままで関わってきました。

第三の場所

 

▶記者自身も、もちろんシーシャを喫ってみた。使い方はパイプを渡され、吸い込むだけ。点火も消火もなく、灰も出ない。
ポコポコと壺の中で泡が移動する音がして、すこしひんやりした蒸気が肺に流れ込んでくる。フレーバーはジャスミン・ティーとシトラスが混じった爽やかな香りだった。
煙草の臭いは全然なく、いわゆるキックはかなり弱い。ただニコチンは入っているので、喫っているとゆっくりと効いてくる。

ーー この店の中は不思議な雰囲気ですね。原宿のど真ん中にあるのに、友人の家に遊びにやってきたような気楽さがあります。

リラックスした店内で、フレーバーをオーダーして過ごすというシステムのお店が主流ですね。居酒屋のように飲んで騒ぐという感じのカルチャーではありません。
1フレーバーで2時間は滞在できますから、若者の中には、遊んだ後に終電を逃して、シーシャの店に移って始発を待つようなスタイルの人がたくさんいますよ。
料金はお店の立地などで変動しますが、フード・ドリンク・テーブルチャージと、シーシャ1フレーバーが2500~3500円ほど。けっこうコスパも良いです。フレーバー単位で費用がかかっていくので計算もしやすく、実はかなり利用しやすいと思います。

▶シーシャでは炭をコントロールすることで火力を調整する。炭の位置を調整したり、小さくなった炭を取りかえたりするケアはスタッフがケアしてくれることが多い。

ーーいいお店の条件は?

サービスのクオリティ。それからコミュニティがあることですね。すごく特別なシーシャのフレーバーや道具を置いていたとしても、あまり大きな差別化要因にならない。居心地が一番です。
今回取材場所に選ばせてもらった「ホリデイ」には毎日来ていた時期もあります(笑)。店主のレオさんがお客さんひとりひとりをちゃんと覚えていて、そのことで訪れた人のストーリーがお店に蓄積していく。そこがシーシャハウスらしい魅力ですね。

▶レオさんが「ホリデイ」を開店したのも、シーシャを通して人と人が自然にコミュニケーションをとれる場所を作ろうと考えたからだという。「ここに来るとついつい余計なことまで話してしまう」場所を。「店主の自分も、店をやっていることでホッとする」。

ーー「ホリデイ」の他にも、JAPAN SHISHA TIMESのおすすめのシーシャハウスは?

さまざまありますが、たとえば大阪「RAS」グループ。ここは老舗です。なんばの「シフル」も評判が良いお店ですね。

▶「RAS」UMEDA

東京では上野の「ANDU(アンドユー)」かな。新宿の「チルアップ」も名店です。
私が個人的に好きなのは、渋谷の「ライラック」。同じく渋谷の「DADA」も店主の腕が確かで、サービスも良く信頼できるお店ですね。ほかのスタッフさんもしっかりしていて、お酒にもこだわりがあります。

▶ANDU

シーシャ「自宅派」の楽しみ方は?

ーーシーシャは雑貨屋などでも見かけることがありますね。自宅での楽しみ方について教えてください。できれば失敗の少ない買い方も。

個人で楽しみたい方は、手軽にオンラインで探すのが良いと思います。
シーシャの道具やフレーバーを扱っているネットショップはかなり多いのですが、amazonなどから買うと、質がばらける印象があります。
個人的におすすめのサイトを紹介するなら……

▶「CLOUD SHOP」
▶「tokyoshisha」
▶「Hookah Tokyo」

このあたりのショップは、はじめてシーシャを買う方におすすめです。
日本では残念ながらシーシャはたばこの調理にあたるので製造ができないので、国産のシーシャブランドは存在しません。欧米のブランドが全体的に品質が良い印象ですね。
私がいま愛用しているのは「アフザル」のフレーバーですが、ちょっと扱いが難しいんですよ。慣れてきたら試して欲しいと思います。

―― 常井さんが初めてシーシャに触れたきっかけは?

2016年、マレーシアに滞在していた時です。もともとシーシャはイスラム教文化圏で普及しました。教義としてタバコは禁じられていますが、シーシャはOKなんです。そこでまずはカルチャーとして興味を持ちました。当時はシーシャは日本では全く話題になっていなかったので、「JAPAN SHISHA TIMES」を立ち上げて観測をはじめたわけです。

――マレーシアではシーシャはどんな存在でしたか。

国ごとにシーシャの扱いも違うものです。マレーシアではホテルのようなラグジュアリーな場所にもシーシャを楽しめる場所があり、東南アジアには屋台のようなシーシャのお店が並んでいます。欧米では中東の留学生や、イラン戦争から帰ってきた軍人からシーシャが広がっていきました。そしていま日本では、カフェやバー、ラウンジなどに置かれはじめているというわけです。

日本にシーシャは根付くのか

ーーこれから日本でシーシャはどのように普及していくのでしょうか。

シーシャは、まだまだ盛り上がるでしょう。けれど、大ブームにはならないと考えています。
ビジネスの視点からお話します。店舗数は現在1000店舗ほど、これが2000店舗までは見えてきましたが、限界があります。理由はたばこ販売の許可があるため、申請しないとシーシャをお店に置けません。受動喫煙防止法も適用されます。ですから、どうしても出店できる数に限界があるんですよね。

【編集部注】たばこの販売許可
たばこ事業法に基づき、営業所ごとに財務大臣の許可が必要。 さらに既存のたばこ小売店との間に一定の距離(25 ~300メートルの範囲内で地域に応じて設定)が要件となる。

中間商流やドリンク売り上げを除いたざっくりとした市場規模的な意味合いですと、店舗あたり1日20名の来客があるとして、シーシャの売上が3,000円、店舗数1,000店舗とすると、219億円くらいには積み上がります。ただ、シーシャに関する売上の利益率はそこまで高くありません。

流通しているフレーバーは、品質も生産量もあまり安定しません。代理店のような存在もほとんどなく、整備が待たれている状況です。国内ではシーシャは煙草の調理にあたるため製造できませんから、輸入時にたばこ税がかかります。基本的にはタバコと同じグラム単位で課税されるのですが、純粋な煙草葉だけでなく、グリセリンの重量も含んで課税されていることが問題視されています。

ーー ニコチンが入っていないシーシャの場合は?

ノンニコチンのシーシャでも、用途としては喫煙目的ですから、たばこ税がかかるケースが多いです。
こうした背景があり、そこまで大きなマーケットではありませんが、もちろん価値はあります。私が考えている日本のシーシャの落ち着きどころは、なじみのお客さんが集まるカフェ・バー・ラウンジなどにシーシャが置かれているという、いまの状況に近いんですよ。今増えているコンセプトカフェなどにもとても合うと思います。
シーシャの魅力はサードプレイス性ですから。年齢・性別・国籍・嗜好が異なる者同士でも、シーシャを通すとお互いの壁を外して交流できる。


タバコ・カルチャーの新しい潮流である「シーシャ」の世界をちょっと覗いてみた。
いまは都市のなかで目立つことのない、隠れ家のような存在のシーシャハウス。取材前はミステリアスなシーンだと思ったが、実際に店を訪れてみると敷居は低く、営業時間も長く使い勝手は良い。
店主の価値観が色濃く反映されて、店ごとに個性があるようだ。そのマイペースさが心地よかった。
そこには規模や効率を追い求めがちな社会のなかに、ひととき自分自身に戻れる場所を作ろうという、都市生活者の思いが凝縮されているように感じた。


【取材協力】

◆JAPAN SHISHA TIMES
https://www.japanshishatimes.jp/
👆記事内で紹介したシーシャハウスの情報も掲載されています◆シーシャハウス Holiday
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