吉田悠軌の怪談一服~深夜放送(銘柄不明)~

怪談・オカルト研究家の吉田悠軌さんによる、「タバコ」の怪談です。
今夜も、怪談を一服いかがですか。

■今月も煙草の実話怪談をお届けします

 早いもので本連載もちょうど丸二年を越え、三年目に突入したところだ。


 そんな連載の最初期である2話目にて、私は『丁子が燃える』という怪談を書いている。

吉田悠軌の「怪談一服」〜丁子が燃える〜【ガラム】

 事故などよくないことが起こるたび、ガラムというタバコの独特な匂いを感じるというエピソードだ。
 体験者は竹下さん(仮名)という地方在住の男性で、メールのやりとりにて取材させてもらった。私は直接お会いしたことがなく、実はそのお顔すら存じていない。
 そのような関係性なので、ケムールに体験談を掲載させてもらったお礼を伝えて以来、竹下さんとはながらく連絡が途絶えていた。それが最近になって――つまり二年ぶりに――先方からDMが届いたのである。

 メッセージの書き出しはおおよそ以下のようなものだった。

「お久しぶりです。ケムールでは私の実体験を書いてくださり、ありがとうございました。タバコの件は、あれから嘘のようになにも起きず、ほっとしています」

  どうやらもう厄災がらみの「ガラムの匂い」に悩まされることはなくなったようだ。喜ばしいことではあるが、ではなぜ竹下さんが私に連絡をくれたのかと言えば。

「以前に勤めていた会社の同僚男性から、奇妙な話を聞いていたのを思い出しました。なにぶん昔のことですし、人から伝え聞いた話ではあるのですが、送ってもよろしいでしょうか? 銘柄は不明ながら、タバコには関係あります」

  もちろん断る理由などあるはずもない。そのまますぐに教えてもらったものが、今回の怪談となる。

 

深夜放送

 竹下さんの同僚が高校生だった時の体験だという。

 当時、彼が入っていた柔道部は練習が厳しく、夜遅くの帰宅になることもザラだった。その日もようやく帰りついたのは22時過ぎ。

 明日は日曜日で授業も部活動も無いのが救いだ。夜食を腹にかきこみ、風呂で汗を流した後、すぐにベッドにもぐりこむ。そのまま昼までぐっすり熟睡できるかと思いきや。

 おかしなタイミングで、ふと眠りが破られてしまった。

 カーテンの隙間からは深夜の気配が漂っている。枕元に置いたガラケーの画面を見れば就寝からまだ2時間しか経っていない。こんな風に起きることなどこれまで一度たりともなかったのだが。

 ……なんで目が覚めちゃったんだろう……。

 ぼんやりした視界で部屋を見渡したところ、その原因がわかった。部屋のテレビがついている。ブラウン管のモニターはぼんやりと明かりを発し、出演者たちの声が漏れ聞こえてくる。

 ただ、それはおかしいのだ。風呂上がりにすぐベッドへ飛び込んだのだから、テレビ本体にもリモコンにも触れてすらいない。

 ……そうか、寝返りをうったはずみでリモコンを押したとか……。

 一瞬そう考えたものの、リモコンはいつものように机の上に置いてある状態だ。

 訳がわからないままベッドをおり、テレビを消すため本体へ手を伸ばした。古い時代のテレビなので、モニターの下に電源スイッチが付属している。それを押そうと体を傾けつつ、なにげなく画面に目をやる。

 映っていたのは、犬の着ぐるみを全身にかぶったアクターと、十歳になるかならないかの男の子だった。二人とも畳の敷かれた室内に立ち、楽しそうに会話をしている。内装のつくりやフラットな照明からして、本物の部屋ではなくスタジオだろう。

 雰囲気としては、当時3チャンネルとも呼ばれていたNHK教育テレビの子ども番組に近い。

 ……いやでも俺、3チャンに合わせてるはずないし……。

 ましてや真夜中である。NHKの放送は0時前後に終了していた時代だ。また美術やら画面づくりやらがチープというか変に素人くさい。もしかしたら教育テレビのパロディを目指したバラエティ番組だろうか。当時のフジテレビなら、たまにこうした実験的な深夜放送を行っていたし。

 ……それにしたってあまりに雑というか、音声だって聞き取りづらいよな……。

 そう、子役も着ぐるみも、やけに滑舌が悪いのだ。男児は口を大きく開けず、あやふやなセリフを発している。口元は見えないものの、着ぐるみ内のアクターも同様だ。

 ……なんかおかしいぞ、これ……。

 だんだん眠気よりも好奇心が勝ってきた。電源スイッチから指を離し、あらためて画面に目を向けてみたところで、彼らが口ごもっている原因が判明した。

 着ぐるみも子役も、なにやら白く細長いものを咥えているのだ。

 ペロペロキャンディの棒? 飴を舐めながら会話してるってこと?

「そんな番組あるかっての」

 思わず笑い声が出た。いくら実験番組だとしても、ここまで意味不明な企画を流したらさぞかしクレームが凄いだろう。そう思って緩んでいた自分の口元が、あるものを見たとたん、ぐいと引き締まった。

「おい、嘘だろ」

 二人が咥えている白い棒の先端が、赤く光ったのだ。さらに凝視すれば、スタジオ内が煙に包まれていることも見て取れる。

「こいつら、タバコ喫ってるじゃねえか」

 小学生ほどの男児が喫煙している場面など、たとえフェイクであっても異常すぎる。すでに眠気は完全に消し飛び、とんでもない番組を観ているという興奮に体が包まれた。 

 だが異様な点はそれだけに収まらなかったのである。

 以下、当の同僚男性が竹下さんに語ったコメントを記しておく。

「あの時はまず、ガキが煙草を喫ってるっていう、なんというか教育的なマズさ? みたいなのに気を取られていたけど……。だんだん、それよりおかしいことあるぞ、と思ってきてさ」

 飲み会の席で、同僚は吐き出すように一気にまくしたてた。

「だって、着ぐるみが煙草を喫ってるなんてありえないだろ。犬の口のところに穴なんてないんだから。まあ、小さく穴を開けたのかもしれないけど。それでも、顔にぴったりフィットする覆面じゃない訳で、実際の着ぐるみにはアクターの口までだいぶスペースがあるはずだろ。中のやつが喫えてるとしたら、どんだけ長いタバコだってことだろ。そんなもの売ってるわけねぇだろ」

「それだけじゃなくて。よく考えてみたら普通の場合、着ぐるみの中の奴は動くだけで、喋るのは別の声優がアテレコしてるはずだよな。だとすると声優もタバコ……じゃなくてもいいけど、わざわざなにかを咥えて喋ってるってことになるだろ。そんな番組ありえない」

 ブラウン管を見つめている同僚の好奇心はもはや混乱へ、さらには恐怖心へと変化していった。と、まるでそれが伝わったかのように、急に画面サイズが二人の顔のアップへと切り替わった。そして子どもと着ぐるみの犬は、こちらを見透かすようなカメラ目線で、ゲラゲラ笑い出したのである。

 なにも反応できずかたまっていると、画面はまた引きの絵にスイッチした。すると着ぐるみが喫っていたタバコが、するすると内部へ飲み込まれていった。一方の子役は、火がついたままのタバコを畳の上へ投げ捨てた。そのまま足でもみ消そうともせず、二人はフレーム外へと退場してしまった。

 すると画面手前下から赤いセロファンテープがのぼってきて、わざとらしくザワザワと揺らめきだした。照明も赤く変化し、まるでスタジオが炎に包まれたかのような演出となった。

「いや、本当に火のついたタバコをポイ捨てしてるじゃねえか。こんな安っぽい演出してる暇あったら、まずそれを消火すべきだろうと思ったんだけど」

 その瞬間、テレビ画面がいきなり通販番組に切り替わった。北海道の昆布を使った出汁がどうのというレトルト食品を、男女数名が声高に宣伝している。

 ……俺、なにを見てたんだろう……。

 もう考えることすら疲れ切って、同僚はテレビの電源を切った直後、倒れるように眠り込んでしまった。

 翌朝、目覚めたのは午前11時過ぎ。ぼんやりした頭で一階のキッチンに向かうと、母親がやけに慌てた様子で、次のような報告をしてきた。

「あなた部活で疲れていたから起こさなかったけど。ほら、スポーツジムの隣の家あるでしょ。あそこ、火事になったのよ」

 早朝5時頃、消防車数台によるけたたましい騒音で、母親は飛び起きた。すぐに現場へ駆けつけ、野次馬よろしく消火活動を見物していたのだそうだ。幸い隣家へ延焼することなく鎮火したのだが、出火元の家は全焼した。そして焼け跡からは家族のものと思われる焼死体が複数発見されたのだという。

「え、マジかよ。あの、やけに口うるさいオッサンの家だよね」

 同僚は驚いたものの、その時は昨夜の奇妙な深夜番組と結びつける発想は浮かばなかったそうだ。

 それから数日経つ頃には、母親経由にて様々な情報が入ってきた。

 火事の原因はタバコの火の不始末。出火元と思われる主人の寝室に、溶けた灰皿と大量の煙草の燃え滓があったことからそう判断されたのだという。

「いや、それはおかしいでしょ」

 その家の主人は嫌煙家で有名だった。それも超がつくほどのタバコ嫌いである。

 玄関前どころか向こう三軒両隣の路上に捨てられた吸い殻を、大声で文句をつけながら回収している姿をよく見かけていた。近くで歩きタバコするものを見つけたら、竹刀を振りかざしながら怒鳴りつけることまであったという。そうした奇行を、自分も小中学生の頃にからかいの対象として仲間と笑っていた記憶がある。

「あのオッサンがタバコ喫うはずないし、集めた吸い殻だったとしても家の中まで持っていかないでしょ」

 やや詰問ぎみに食ってかかると母親は「そうよねえ、ご近所さんも不思議がってたけどねえ」と曖昧な笑顔になって。

「でも、消防署の人や警察がそう言ってたのを聞いたから……。あ、お母さんは直接聞いてないわよ。けど、そう言ってたのを聞いた人がどうやら何人もいるらしいのよね」

 だからもうこれが真相なのではないか。そんな空気が、近所中に蔓延しているのだという。

 同僚としては納得こそできなかったものの、それ以上反論できる訳でもない。とりあえず、ふと気になったことを訊ねるだけだった。

「……あの家の人って、全員亡くなったの?」

「ううん、亡くなったのはご主人と奥さん」

「いやだから、それで全員じゃないの。夫婦で住んでたでしょ」

「違うわよ、あなた知らなかったっけ?」

 あの家には、当時としては高齢の夫婦から産まれた小さな男の子がいた。

「小さいといっても、もう小学生になってたけどね」

 例の火事の夜、男の子はたまたま友達の家にお泊りをしており、そこで難を逃れたのだという。

「でもあの子、親戚の家に行くのか、それとも施設かしら。かわいそう……」

 眉をしかめた顔を神妙にうつむけた母親だったが、

「あ、そうそう!」

 すぐまた溌剌とした声で向きなおり。

「あそこ、はなし飼いされてたワンちゃんがいたじゃない。あの犬もなんとか無事に逃げられたんだって!」

 でもそれだって保健所行きなのかしらねえ……。

 犬や子どもの将来を心配する母の声は、もう同僚の耳には届いていなかった。

 彼の頭の中では、ひたすらあの深夜番組がリプレイされていたからだ。

 喫煙する子どもと犬。火を消さずに畳へ捨てられたタバコ。真っ赤に燃えたように演出されたスタジオ部屋。それを後目に立ち去っていく二人……。

 

 

 それからしばらく同僚は、あの深夜の放送を見かけたものが他にいないか、周囲に聞いてまわったそうだ。結果はもちろん、皆さんご想像のとおりだったのだが。

■著:吉田悠軌

吉田悠軌(よしだ・ゆうき)
1980年、東京都生まれ。怪談サークル「とうもろこしの会」の会長をつとめ、オカルト、怪談の研究をライフワークにする。著書に『現代怪談考』(晶文社)『一生忘れない怖い話の語り方』(KADOKAWA)『オカルト探偵ヨシダの実話怪談』シリーズ(岩崎書店)『新宿怪談』『恐怖実話 怪の遺恨』(竹書房)、『日めくり怪談』(集英社)、『禁足地巡礼』(扶桑社)、『一行怪談(一)(二)』(PHP研究所)など多数。

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それではまた、一服の時間にお会いできますことを。

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