2022年も終わりですね。こんにちは、炎上ウォッチャーのせこむです。
思えば今年も、さまざまな炎上がありました。
今ざっと今年1年間の炎上を見返してみると「うわあ、こんなのもあったっけ……」という気分になることこの上なし。
炎上って、本当に「喉元過ぎれば熱さを忘れる」ものなんだなと実感している師走のひとときです。
いや忘れちゃダメなんですがね。
個人的に、心に残った炎上を挙げてみたいと思います。
2022年に起きた炎上ニュース
auの大規模障害との記者会見の差で「謝罪力」の差をまざまざと見せつけてしまった尼崎市USB紛失事件、「生娘をシャブ漬け戦略」という流行語大賞にも入って良さそうなパワーワードがいかんせん強すぎた吉野家常務の舌禍、そして現在進行系でお家騒動が続いているTwitter買収騒動。
1位以外は気がついたらもう他の炎上にまぎれて記憶の彼方に行きかけてました……本当にいろいろ燃え盛ってたんだなあ。
では。2022年を締めくくる、12月下旬の炎上を見ていきましょう。いつものように独断と偏見で付けた炎上度合いは星5つが満点です。
【★★★・・】
②ドン・キホーテ「ドンペン」キャラ交代は炎上商法?
【★★★・・】
③樋口毅宏氏の小説が出版前に回収騒動に、社内の編集者のツイッターが発端か
【★★★・・】
今回はちょっと小粒なものの、裏側を考えると興味深い炎上が多いのが特徴です。
個人的には特に③、「表現規制問題」として考えると実は結構おおごとなんじゃないかと思ってるのですが……。
どうにか書籍を手に入れたいと思ったのですが初動が遅かったため手に入れることができず。
ネット上に読んだ人の感想が上がっているのを見る限りでは「出版社の対応には疑問がある、しかしこれを『誤読』する人の存在は考えると……」というものが多い印象です。
実はこの問題、今回取り上げようと思った⑤にも通じるものな気がします。
今回の「たいへんよくもえました」
はい、というわけで今回は⑤。「M-1グランプリ」をめぐるあれこれです。
経緯はとてもシンプル。
12月18日に行われた「M-1グランプリ2022」の優勝者・ウエストランドが披露したネタが、アイドルやYouTuberなどさまざまな人をあげつらう「悪口漫才」だとしてネット上で賛否が別れた……という話です。
漫才の内容はまだM-1グランプリの公式チャンネルで見ることができるのと思うので(2022年12月28日現在)、よろしければそちらでご確認を。
簡単に説明してしまうとボケ担当の河本氏が「あるなしクイズ」を出し、その内容に対してツッコミの井口氏がめちゃくちゃな持論を展開していくというもの。
例えば最終決戦のネタでは「アイドルにあって役者にないもの」という問いに井口氏が「向上心!」とたたみかける……そんな感じのやり取りが次々と続いていきます。
これが「悪口」ではないか、また彼らが優勝した後に審査員長のダウンタウン・松本人志氏が向けた「こんな窮屈な時代でもテクニックとキャラクターさえしっかりあれば毒舌漫才も受け入れられることに夢がある」という言葉に「審査員がコンプライアンスに窮屈さを感じていたから優勝したのでは」「ただの悪口でつまらない」という声も。
近年まれに見る「審査内容にTLが荒れる」M-1グランプリとなった印象でした。
ウエストランドのネタに対し、「否」の反応をまとめると主にこんな感じ。
◯「人を傷つけない笑い」へのアンチテーゼになってるのがイヤ
◯漫才のスタイルやキャラクターとして好きではない
◯「世の中の流れへの警鐘」として優勝させたのでは、的に思えるのが引っかかる
優勝後の人生の変わりっぷりやSNSを使った観客の盛り上がりといい、年々単なる「漫才の大会」という枠を超えた一大コンテンツになっている感があるM-1グランプリ。
放送中から放送後まで、審査員やお笑い界の人々、そして一般視聴者まで入り乱れて審査や評価について喧々囂々と言い合うのまでがワンセットになっているのは誰もが認めるとこだと思いますが、今回のウエストランドのネタはそんな「お笑いファンの分析」や毎年大会後に放送されるメイキングドキュメント「アナザーストーリー」までまさかの決勝の舞台でイジるという内容だったため、「分析や反応をイジっている人をまた分析する」という何重もの入れ子構造になっているのがややこしい。
ぼやき漫才
個人的には今年のウエストランドのネタは「悪口」ではなく、後日TBSラジオスペシャルプログラムで審査員である博多大吉氏が語っていたように「ぼやき漫才」の形式というのが正しいと思います。
別に井口氏の言っていることが「普段言えないけど正しい」わけでもない。
もちろん少し共感するような人もいるとは思いますが、だからといって「“みんなが”言えないことを大声で言ってくれた!快哉!!」というわけではないと思うのです。
ですが、これを後者のように取ってしまう人が中にはいて、それがSNSでは可視化されてしまう……これが難しいところ。
そもそも井口氏の言っていた「恋愛映画はパターンばっかり」「Youtuberはウザい」などの言葉も、よく聞けば「いやいやそれはどうなのよ(笑)」という非常に偏った内容が多いのですが……この「偏った内容を一生懸命語る人」の矮小さ、滑稽さを「なんでそんなふうになっちゃったの(笑)」と笑う、という構造が本来のこの漫才のカタチな気がします。
また、確かに「ちょっとそう思ってた」という人もいそうな内容で、絶妙ではあるんですよね……。
この状況、「ネトウヨをいじる」内容として「ヘイトスピーチを入れた」樋口毅宏氏の小説が「ヘイトスピーチが書かれている」と批判されている状況(他にもいろいろ論点はありますが)とちょっと似たものを感じるのです。
もちろん人の感じ方や好み、理解の仕方には個人差がありますから、「そう思えた」のなら仕方ない。
また、ウエストランドの漫才はとても繊細なテクニックでこの「一見悪口に聞こえるものを笑いに昇華する」ということをやっていたため、そこが個人の感覚と合わないと「否」になってしまうのも仕方ないなと。
ただ、じゃあ他のネタが「悪口」ではなかったかと言われると違うと思うんですよね……2位となったさや香の決勝ネタは完全なる下ネタでご家族で観てた人は気まずかったでしょうし、1stRoundの「お父さんが48歳のときの子供」は審査員もイジってましたがあれは受け取る人によっては「悪口」でしょうし。
今後の展開に注目!
ただ1つ言えるのは、ウエストランドの漫才は今回M-1で優勝してしまったことで「この形式の漫才ができなくなる」可能性がある……ということです。
どう見ても色々なことに卑屈になっている人が「下から」毒を撒き散らす、そこに観ている人が一緒に乗っかって溜飲を下げる……実はこの形式はとても古典的で、そもそも「寄席」がなぜ必要だったかという話です。
世の中のマジョリティ、権力を持っている人たちに向かって少しでも「笑い」という形で反旗を翻す、それはお笑いの持つ1つの役割だったのではないでしょうか。
しかし、寄席というリアル空間で共犯者意識をほんの一瞬共有していた時代とは違い、SNS時代ではいろいろな形で可視化され、記録に残ってしまう……その難しさを実感しています。
「M-1グランプリ優勝者」という冠を手に入れたウエストランドは、これまでのような「下から目線」は不可能になるでしょう。
なぜなら、あれは「どう見ても権力を持っていなさそうな人がマジョリティへ毒を吐いているように見える」から笑えるものだから。
どんどん認知度を増していくウエストランドが、果たしてどういう形のお笑いを見せてくれるのか。
他のネタを観ている身としてはまあ大丈夫だろうなと思うのですが、今回の優勝に「否」と思った人もぜひそこは注視して観測を続けてほしいなと思うのです。
というわけでウエストランドさん、優勝おめでとうございました!!