宮台真司 『特別講義”タバコと孤独の社会学”』ボッチはまずタバコを喫え! 直撃取材「#たばこのことば」

愛煙家の方々がけむりを通して見えたもの・考えたことを語る直撃取材です。今回の愛煙家は、社会学者・宮台真司氏です。

喫煙は孤独な現代の希望…?

「クソ社会」「ケツナメ右翼」など、過剰に鋭利な言葉を使いながら論を展開し、物議を醸し、方々に敵を作り、だが常に冷静かつ的確に日本社会を論じ続けてきた男がいる。

1990年の学位論文「権力の予期論 了解を媒介にした作動形式」発表以降、ブルセラ、援助交際、オウム真理教、酒鬼薔薇聖斗事件…といった実に幅広い社会問題を論じ、かと思えばサブカルチャーや映画評論などもやってのける。
社会学という学問の懐の深さと同様に、その鋭い眼差しの視野と射程は極大である。

そしてなにより、愛煙家。

タバコと社会を考えるなら、この人に話を聴かないわけにはいかない。

宮台真司氏、ケムールに登場です。

『喫煙者で得をしてることは結構あると思いますよ。煙草は、喫うことによるコミュニケーションが割と大事という気がしています。喫煙者ってどこでも知り合いが作りやすいんですよね。』

……と言っていたのは、「#たばこのことば」に登場してくれたひろゆき氏でした。

ひろゆき ”タバコを存続させる方法”をゆるく発明してみましたw |直撃取材「#たばこのことば」

実際、愛煙家であれば誰しも少なからず「得」――喫煙所で生まれる奇妙な縁やつながりを実感したり、そんな話を耳にしたことがあるだろう。

この”タバコミュニケーション”が僕らの孤独を癒し、日本社会を救うかもしれないとしたら、煙たがられる僕らにだって何か価値があるのかもしれない。

今回の「#たばこのことば」は、禁煙運動が社会から削ぎ落してしまった”希望”のお話です。

タバコで測るホンモノの愛?

――宮台さん、普段は加熱式タバコなんですか?

宮台真司(以下「宮台」) 紙巻きも喫うけど、家族がギャーギャー言うんで家じゃ無理。使っているのはIQOSの「lil HYBRID(リル・ハイブリット)」。普通の加熱式より風味がいい。リキッドのカートリッジを買わないといけないけど、加熱式ではこれがベストかな。
 ただ、それでも紙巻きには適わない。とはいえ、家族の健康と平和のためには仕方ない。健康被害の問題は、自分だけなら自己決定・自己責任の問題だけど、家族や同僚の健康への影響になると、公共心の有無という問題になるからね。

――紙巻きは何を?

宮台 アメスピのライトですね。

――僕も昔は喫ってました。今はケムールをやるようになってから、自分で巻くようになったんです。これはドミンゴというシガーがブレンドされたシャグです。よかったら、1本どうぞ。

宮台 マジですか…これはホンモノですね。

――紙巻きはずっと変わらずアメスピのライトですか?

宮台 最初はショートホープでした。キック感がある。つまり、ガツンとくるのがいい。

――鳥居みゆきさんも最初はショートホープだったそうですよ。「短い希望」がかっこいいって。ライターにこだわりはありましたか?

宮台 今はありえないけど、昔はジッポをお誕生日プレゼントにもらったりして。自分で買ったりはしなかったけど、貰ったものを使ってました。

――古舘伊知郎さんは、若い頃にカルティエやデュポンのライターにこだわっていたと仰ってました。火を点けるときの”カチン”という音で、モテるんじゃないかって。でも、いくらかっこいいライターを持っても女性にモテるのとは別だと気づいたそうです。

宮台 性愛においては「自分を盛る」っていうのは最悪な選択(笑)。デートをお洒落な場所で盛ると、場所が楽しかったのか、相手が楽しかったのか、分からなくなる。モテ系女子に最近よかったデートを聞くと、「川越に出かけた」「シーシャに行った」と答えるけど、ダメ。
「それだと、場所にワクワクしただけで、男にワクワクしたわけじゃないぜ?」と僕が返すと、「あ、そうかも」って(笑)。ゼミの女子がそうした答えをするときは、「何年宮台ゼミにいるんだよ!」と怒ります。盛らなくても、自分に魅力があるってのが、肝腎なこと。

――自然体が1番ってことですね。

宮台 自分を盛るのを「厨二デート」とか「テンプレデート」と呼びます。中高生が恋愛しようと思ったら、経験がない分どうしても属性主義になる。「自分をどれだけかっこよく・かわいく盛れるか」を考えがちだけど、成人になってもその価値観なら、見込みはない。
 タバコも同じでね。「タバコ臭いから、もう無理」ってなるようじゃ、そもそも見込みがないわけ。タバコを喫うっていうのは、いわゆるハンディキャップです。ハンディキャップがあるのに好かれるっていうのが、本当の愛でしょ(笑)

――タバコをやめたら好かれるかって言われたら、それもまた違う話で、そんなことはないですし。喫煙具も分相応に、自然体でということですかね。

宮台 ただ、ジッポは音がすごくいい。僕はADHDなのもあって、やたら音に敏感だから、音にこだわる気持ちが分かる。でも、それは自分だけの快楽だよ。着火は一瞬の営みで、それがなかったら自分の魅力が半減するというんなら、もともと魅力がないんで、諦めな(笑)

喫煙所問題の社会学的考察

宮台 喫煙所問題って、(この連載で)もう話題になりました?

――須田慎一郎さんの回で少しだけ。

宮台 そうですか。でも「少しだけ」じゃないほうがいいんですよ。

――ほう…といいますと?

宮台 禁煙運動は80年代から始まります。きっかけは70年代末、アメリカの影響で国鉄が禁煙車を設けたこと。ただ、90年代までの旅客機は喫煙可で、禁煙ゾーンがあった。要は「禁煙車」「禁煙ゾーン」みたいに、喫煙可がデフォルトで、禁煙側をマークしたんです。
 ところが、90年代後半に入ると急展開し、新世紀になるころには禁煙がデフォルトになりました。それまではベンチがあれば必ず灰皿が置いてあったのが、灰皿が次々に撤去されて、マークされたところだけで喫煙できますよ、というように変わっていったんです。
 アメリカのケツを舐める嫌な流れだな…と思っていたら、うちの大学(東京都立大学)でも、喫煙所が10箇所になり、7箇所になり、5箇所になった。僕が大学生だったころ(1978〜1982年)、火災予防条例で禁煙だった映画館でも、平気で喫煙していたのに(笑)

1973年 越後交通・栃尾線での1枚。
出典:津軽軽便堂写真館

――あれ、ここって前はタバコ喫えなかったっけ…っていうのは現代の喫煙者あるあるです。

宮台 禁煙ブームは、96年からのセクハラ告発に似て、アメリカで問題になったから日本でも問題にしようという、日本あるある。ヒラメ・キョロメで上や周囲を忖度するので印籠としてアメリカを持ち出す劣等性と、「アメリカは進んでいる」というケツナメ問題がある。
 喫煙と肺がんとの関係は以前から分かっていたけど、副流煙による非喫煙者への健康被害が科学的に証明された以上、公共的に見て禁煙化は仕方ないとも見える。でも、そこにだけ注目するのは、逆に科学的じゃありません。その話は「深い」ので(笑)、あとに回します。
 その伏線として興味深いのは、禁煙ブームで、90年代には男の喫煙率がものすごい勢いで下がったのに、女の喫煙率は上がったことです。自他への健康被害を承知の上で、それでも喫煙する合理的な動機が、女にはあったということだよ。

男性は右下がりであるのに対し、女性(特に20代【緑】と30代【水色】)は90年代(平成元年あたり~平成9年ごろまで微増傾向にある。
出典:健康ネット|成人喫煙率(JT全国喫煙者率調査)

――女性の喫煙率は上がってたんですか。

宮台 はい。第一の要因は、85年に男女雇用機会均等法が施行され、行政が男女共同参画を唱ったことで、微々たるものではあれ女性の地位が向上して、社会進出の機会が増えたこと。それで、「男がやっていることは、女がやったっていいはず」となったんですね。
 第二の要因は、社会進出の機会が増えたことで生まれた、自己防衛の必要です。喫煙って自己防衛の姿勢なんだよ。何もしてないと無防備だけど、喫煙していると何かしている感じになるでしょ? つまり、周りから見て、突っ込みにくい安定した存在になれるわけ。
 関連するけど、喫煙することで、「舐めたらいかんぜよ」みたいに(笑)、女というものに対する期待に応じる私ではないんだよという意思表示もできた。こうして女性喫煙者が増えたんだけど、ゼロ年代からそれもなくなり、喫煙は非常に面倒な営みになっちゃった。

社会のインデックスとしてのタバコ

宮台 喫煙者が狭い喫煙所に押し込まれたテン年代に気づいたのは、「喫煙所は社交場だ」ってこと。大学でも、教員と職員が雑談する機会がなかったのが、喫煙所だと教員も職員も集まるので雑談の機会が生まれた。専門が違う教員同士が仲良くなる機会も生まれた。
 ダースレイダー氏と2年続けているPARCOのSuperDommuneでの映画トーク「Dommuneラジオペディア」でも、会場近くに喫煙所があり、会場だとオーディエンスと雑談できなかったのが、休憩時に喫煙所で雑談できるようになった。ぶっちゃけの感想も聞けて活かせます。
 今、多くの人たちが人間関係がなく、孤立・孤独で悩み、世界中のどの国よりも孤独死しまくっているでしょ? そんな中では、「タバコを喫ってりゃ良かったのに」ってことが、冗談でなく、科学的に言えるんですよ。これもあとで深めますね。

――喫煙者同士のつながりは、たしかにある種の連帯というか、独特のものを感じます。

宮台 ここまで肩身の狭い思いをしながらも、タバコを喫い続ける人は、安全・便利・快適化を金科玉条とする社会に、少なからず違和感を持っています。だから仲間になりやすい。実際、「職員室で教員がスパスパ喫えた昔は、よかったな」みたいな話題が出ますからね。

1959年の古丹別小学校(北海道苫前町)
画像出典:じゃんくまうすTwitter(X)

――新幹線の喫煙室付近はもはや椅子取りゲームですし、旅行者のあいだでは飛行機のなかでタバコを喫ったことがあるっていうのが自慢になるそうです。

宮台 90年代までは旅客機で喫煙できたのに、今は空港でも喫煙室を探すのが大変じゃないですか。小さな空港だと、ターミナルビルに喫煙所がなくて屋外だけのところがあって、雨風がひどい時は使えません。僕も酷い目にあったことがある。

――本当に、喫煙を取り巻く環境は激変しましたね。一般的には禁煙がらみの大きな転換点として、2003年の千代田区の路上禁煙や2019年から段階的に施行された公共施設などでの屋内原則禁煙などが挙げられると思うんですが、先生の見立てでは90年代も大きな転換点だったんでしょうか?

宮台 はい。副流煙問題などを素材に、禁煙運動がメディア・キャンペーンになったのが90年代から。それで旅客機も禁煙になったわけ。実は、ひきこもりの出発点である「登校拒否」をマスコミが話題にしたのも同時期で、これって重大なシンクロなんですよ。
「拒否しているんじゃなく、行きたくても行けないんだ」ということで、90年代半ばに「不登校」と名称が変わり、ゼロ年代には90年ごろに不登校だった中学生が社会人になって「引きこもり」と名称が変わる。精神医学的には「対人不安を伴う孤立・孤独化」だ。
 つまり「対人不安を伴う孤立・孤独化」が拡がる90年代に、禁煙運動が急に盛り上がったわけ。そこから推定できるのは、孤立・孤独化が禁煙運動の重大な背景だということ。これは「知らない人が出す音が騒音に感じられやすい」という実験心理学のデータに関係する。

――そんなところに繋がるんですか。

宮台 遡ると、60年代から、団地化(※)という「地域の空洞化」の流れが始まり、そこで育った子どもが親になる80年代から、コンビニ化と新住民化(※)という「家族の空洞化」が加わり、「一つ屋根の下のアカの他人」化が進んで、今日の孤独・孤立化に至ります。
 そして80年代の「新住民」である親たちが、危険遊具撤去、エロ自販機撤去、組事務所撤去、店舗風俗撤去、そして禁煙運動を推し進めた。僕の幼少期は当たり前だった「よそんちで御飯を食べたり風呂を使ったりする営み」も消え、地域が不信ベースになったんだね。
 ちなみに、85年に生まれた世界初の出会い系であるテレクラは、今の匿名メディアと違って、地元の旦那衆が「角の豆腐屋のおかみが…」「あのマンションの奥さんが…」と盛り上がる「旧住民が新住民の淫靡な情報を共有するための媒体」で、80年代を象徴しました(笑)
 60年代の団地化と、80年代の新住民化に続き、80年代の小学生が成人する90年代後半からケータイ化が進むと、「KYを恐れてキャラを演じる」営みで、腹を割って悩みを話せる友達がいなくなり、性的退却が拡がる。つまり、ケータイ化は「全関係の空洞化」なのね。

※編集部注:
団地化:土地の文化と連続性がないニュータウン的な団地の登場により、地域社会・共同体が空洞化。家族は内側へ閉じたものへと変容していく。
新住民化:団地化で生まれた世代(土地にゆかりのない者たち)がマジョリティ化することによって生じる「合理的な非合理」(たとえば、危険遊具・組事務所など)の徹底排除。宮台先生はこれにより「クソ社会化」が生じたと指摘する。

宮台 若い人が言う「友達」って、僕らが言う「知り合い」に過ぎないの。悩みを話せず、空気を読んでキャラを演じるだけだからね。友愛も性愛も、全関係が入れ替え可能な「キャラとテンプレ」。互いに深く知らないから、相手をかけがえのない存在だと感じないわけ。
 マッチング・アプリで取っ替え引っ替えするうちに心を病む人も増えた。カワイイ・イケメン・勝ち組は、もっとカワイイ・もっとイケメン・もっと勝ち組と入れ替え可能。「入れ替え可能なモノ」ならぬ「入れ替え不能なヒト」として見てもらえない。それが「つながり孤独」。
 この流れが放置されたのは、生活形式の変化に伴う違和感に鈍感だからだ。その鈍感さは、倫理がないからだ。一例。80年代まではマンションに引っ越したら上下左右に挨拶した。でもそれは90年代に廃れはじめ、ゼロ年代には挨拶に行くとキョトンとすらされます。
 ここまでアカの他人化が進むと——共同性が失われると——不寛容がデフォルトになり、他人のあらゆる営みがノイズになります。今では近隣騒音でも話しに行かずに警察が呼ばれます。そんな流れを指し示す、目に見えるインデックスとして、タバコがあるんだよな。

――喫煙・禁煙の問題は社会や人間関係の問題にまで広がっていくと…。

宮台 さっきの喫煙所コミュニティもそうだけど、タバコは社会関係と密接に結びつく。その意味でタバコをやめて失われるものが沢山あることを、みなさんどれだけ自覚しているのかな? そんなに孤独より健康が大切なの? 襲撃されちゃうことだってあるしな(笑)

――(笑っていいのかな…)

宮台 「人間にとって大切なのは絆」というのは、多くの国で倫理なの。三島由紀夫が「からっぽ」と呼ぶけど、日本人にはそれがない。だから一夜にして天皇主義者が民主主義者に豹変したあと、何事もなかったようにヘラヘラ。そんな「民主主義国」はどこにもないんだ。
 この劣等性は時間観の問題でもあるんだね。孤独になる人はたいてい”先延ばし”します。中高生では受験のために恋愛を先延ばし。以降は仕事が大事な時期だからと恋愛を先延ばし。でも、これって「未来は無限だ」っていう前提がないと、あり得ないことだよね。
 80年代後半から途上国を回ったけど、多くの国でローティーンからタバコを吸っていた。リテラシーが低いから? 逆だよ。高いからだ。普段から周りで死を目撃して、自分も明日死ぬかもしれないと思うから、美味しい酒やタバコを我慢してどうすんだって話になるの。
 日本も昔は違った。僕は大学までに葬式に8回出ていて、自殺した中学の空手部仲間の葬式も、事故死した年少の従姉妹の葬式もあった。でも地域の空洞化で、地元を挙げた葬式が消え、かわりに会社が出してくれた大きな葬式も、90年代後半の平成不況で消えちゃった。
 だから最近は有名人の葬式でさえ、参列者がいない家族葬。となると、子ども時代に葬式に出まくる体験が消える。それが消えると「人はいつ死ぬか分からない」という感覚も消えて、「未来は無限だ」という前提にヘバりつく。若いときから未来は有限だと思うべきなの。

――先生が仰ると重みが違います、ほんとに。

孤独はタバコ1箱分の有害さ

宮台 意地悪く言うと、実証研究による定説では、「私は孤独だ」と慢性的に感じる人は、1日1箱タバコを喫うのと同じくらい寿命が縮まる。タバコを喫わないので孤独になっているんだったら、タバコを喫わないことで寿命が短くなっているとも言えるんだよ_(笑)

――それくらい孤独っていうのは、人間の寿命に影響する負荷なんですね。

宮台 タバコの有害さが何かと引き合いに出されるけど、僕らにとっては好都合。タバコより孤独のほうが死ぬんだよ~、ざまあ(笑)。孤独にならないためには仲間を作ろうよ。アカの他人と仲間になるなら喫煙所。孤独な非喫煙者には「タバコを喫えば」と提案しよう。

――(笑)

宮台 要は、当たり前の倫理の問題です。長生きして孤独死するくらいなら、多少短くても、仲間に見守られ、弔われ、悼まれる人生がいい。この倫理的価値観には、ゲノムの基盤もある。未来は永遠という前提で、健康という評価軸だけで生きるのは、単にさもしい。

――健康や命に優先されるような価値基準の存在を許さない空気がありますよね。

宮台 健康以外に考えるべき合理性は他にもある。文筆家や漫画家や映画監督や演出家などの表現者には喫煙者が多いよね。考えに行き詰ったところで一服っていうのが合理的だからだ。それで多少寿命が短くなっても、いい作品を作るほうが大事だって思うわけだ。

――落合陽一さんも、喫煙と思考時間について書かれていましたね。先生がタバコを喫い続けているのも物書きであることに影響していますか?

宮台 めちゃくちゃしてますね。

宮台 芝居とか映画の界隈に入れば、最初は驚くけど、昔はどこにいっても紫煙で前も見えないくらい。大学で映画製作サークルに入ったときも「明日から俺はここに来るのか」って思ったけど、一週間もしたら自分も喫っていた。自分も喫えば気にならないからね。
 子ども時代を思い出すと、エロ本と飲酒と喫煙は似ていて、手を出すと「真ちゃん、大人になってからだな」って言われて、大人になるのが待ち遠しかった。演劇共同体・映画共同体・大人共同体を含めて、喫煙には、共同体への加入儀礼としての機能もあったんだね。

――ケムールでは70年代の映画を紹介する連載「シガレット・バーン」もやっていて、当時は映画館でもタバコが喫えたことなどを振り返っています。もちろん映画スターは喫っているし、銀幕のなかでも外でも喫ってましたから。

宮台 僕が中二で初めて若松孝二監督作品を観た新宿文化地下「アンダーグラウンド蠍座」も、高校で通った池袋文芸地下劇場も、紫煙でプロジェクター・ビームが鮮明に見えた。友達と観た後は、近くのジャズ喫茶でタバコを喫いながら、延々深い話をしたもんだよね。

――タバコは深い話がしやすくなるツールとも言えますね。

ドラッグの問題はやりすぎること

――喫煙所の問題って、こんなに奥が深かったとは…。目から鱗です。

宮台 それに比べて、CBD(カンナビジオール ※)の問題って、先進国の大半がTHC(テトラヒドロカンナビノール ※)を医療用として合法化し、アメリカの一部の州を含む一部の先進国が、嗜好用さえ合法化した現在、「日本は頓馬」という以上の深い話はなくてね。

――先生はCBDも使用されていらっしゃいますよね。

宮台 ええ。社会的には2015年前後が転機です。各大学やWHOから、THCを含む医療用大麻がてんかんや原因不明の痛みやガン細胞の抑制に効くという実証データや、嗜好用として使った場合の中毒性のカフェインやニコチンに比べた低さを示す実証データが示されます。
 Netflixの『クッキング・ハイ:マリファナ料理対決』が、お互い警戒的で自己防衛の意識ゆえに仲良くなれないヤツらが、THCで結構がっつりキメると仲良くなれるよ、みたいなメッセージを広く流すことで、アメリカの一部の州での嗜好用の合法化を後押ししました。

※編集部注:
CBD/カンナビジオール:大麻草の「茎・種子」。向精神作用はなく、合法である。

CBDリキッドを使った使い切りタイプのVAPEもあり、嗜好品としてのCBD製品は日本でも気軽に楽しむことができる。

THC/テトラヒドロカンナビノール:大麻草の「葉・花穂」。いわゆる麻薬とされ、向精神作用のある違法な”大麻”。ニコチンよりも依存性は低く、世界的には解禁の兆しがあるものの日本では以前として違法。

★2023年8月現在、日本では大麻は所持しただけで逮捕されます。本記事はTHCの使用を推奨するものではありません。絶対に法を犯さないでください!!(ケムールは一切の責任を負いかねます)

THCの効果で完全にキマッてしまった審査員が次々に料理に高得点をつけていく。地上波ではもちろん、YouTubeでも絶対に楽しめない番組と言える。
画像出典:Netflix番組「クッキング・ハイ:マリファナ料理対決」

宮台 昔から知られた実証データでは、1本分のマリファナタバコだと反射神経が上がって車の操作などに適した状態になる。多くのミュージシャンがマリファナを使ってきたのも高音に敏感になるから。逆に、ビール1杯で、反射神経も演奏の正確さもすごく落ちちゃう。

――ミュージシャンのマリファナ使用も、ある種の合理的な側面があったというわけですか。

宮台 もちろん何事もやりすぎはダメ。それは酒もタバコもマリファナも一緒。じゃあ何がやりすぎなのか。それを議論する必要がある。ケンカも「絶対にダメ」っていうからヘラヘラしたヘタレが育つんで。どこから先がやりすぎなのかを議論して、集合知を形成しなきゃ。
 あと、歴史の知識も必要。コットナイゼーション(市場を輸入木綿で席巻すること)が目的だという説が有力だけど、GHQが大麻使用・所持全面禁止を打ち出したのに対し、厚生省が麻酔いがつきものの麻農家を保護するために、所持のみ禁じる大麻取締法を作ったのね。
 日本で麻と言えばもともと大麻。伊勢神宮の奉納儀式から、着物から家屋の部材まで、日本の文化や生活形式と切っても切れなかった。それを忘れちゃダメ。歴史の知識があるだけで、「大麻、絶対ダメ」があり得ないと分かる。日本の保守がいかにインチキかという話。

宮台 以上のように、ドラッグ単体の有害性の実証データに加えて、「どんな社会関係があるか」「どんな社会関係に変わってきたか」ということと、「何をどこまで許されるのか」「どこから先がやりすぎなのか」ということは、学問的に密接に関係するんだよ。
 各国の合法化論が参考になる。第一にTHC単体の有害性がアルコール・ニコチン・カフェインより高いと言えないこと。第二にゲートウェイドラッグ(ハードドラッグへの入口)になるという見解が反証されたこと。違法だからプッシャーにハードドラッグを押し込まれる。
 第三にTHC入り飲料や食品の巨大市場が見込めること。合法化が遅れると他国ブランドに市場を奪われちゃう。関連して第四に酒やタバコと同じく強力な収税ツールになること。以上は、日本の政治家や科警研を除けば誰でも分かるが(笑)、さらに重大なことがあるの。
 第五に統治コストの低減ツールになること。THCでフレンドリーでハッピーにさせれば、モノやカネの再配分を最小限にできるし、変なカルト宗教へのドハマリも押さえられる。その点、国民をドラッグ化druggingとゲーム化gamificationに取り込むのは機能的に等価なの。
 サマー・オブ・ラブの60年代後半にはマリファナもLSDも「国家政治からの解放」だったけど、80年代後半のレイヴみたいなセカンド・サマー・オブ・ラブの「行政管理からの解放」を経て、今はどうしようもない格差と孤独ゆえの「生きづらさからの解放」の時代になった。
 だから、国家がむしろ好んで、単体では比較的無害なドラッグを解禁したがる。そこには両義性があるんだね。ドラッグは解放ツールなのか統治ツールなのか。無自覚に統治権力に操縦されないように、ドラッグが他の選択肢のなさの隠蔽じゃないか、と疑わなきゃダメ。
 いずれにしても、ドラッグ単体で議論できると思っている科警研的インチキ学者は話にならない。合法化を視野に入れて初めて、どんな社会関係が条件になるのか議論できるわけ。この議論は、頓馬な政治家や役人に任せちゃダメで、自分達で集合知を形成しなきゃね。
 THCやアナログ(※)については、知識が乏しく、友達がいない孤独な状態でやると、危険が増す。実際、合法なアナログにはTHCの40倍を超える酩酊作用を持つのもある。これだとLSDと同じで、単独で使うのはヤバイよ。運転なんかしたら大変なことになるからね。

※編集部注:
アナログ:オリジナルのドラッグの化学構造を変化させて作る合成ドラッグのこと。アンフェタミンから作られるMDAなどが例。規制した薬物とは異なるが類似した構造や作用を持つアナログの登場が繰り返され、法規制とのいたちごっこを繰り広げている。
「危険ドラッグ」「デザイナー・ドラッグ」とも。

――そっちの危険性なんですね。ちゃんとした受け入れ方が啓蒙されていない状態なのに、出回っているものを手軽に買えちゃう現状だから、そこまでいってしまうと。

宮台 共同体の空洞化でタバコがダメになったけど、孤立・孤独化した状態で、今はCBD、やがてはTHCも「各国に倣う形で」合法化される。他方、合法化が遅れると、合法なのにヤバいアナログやエンハンスメントドラッグが、集合知を欠いた状態で拡がることになる。
 でも、孤独ならば「ここからがやりすぎだよ」って止めてくれるヤツは周りにいないし、孤独ならば、やりすぎを止める理由も見つからない。「まずは、THCでフレンドリーになって仲間を作ろうよ」という『クッキング・ハイ』の明確なメッセージは、実は貴重なんだ。

――もちろんやったことはないですが、映画などを観ていると大麻はみんなで回しながら喫っているイメージがあるので、一人で喫う絵はあまり想像できませんね。

タバコ(あるいはドラッグ)×仲間で映画と言えばやはり思い浮かぶのは名作青春映画「トレインスポッティング」
画像出典:NYLON JAPAN

宮台 家族や仲間のために、僕も危ない橋は渡らない。やってきたのは、合法のLSDアナログやTHCアナログだけ。でも合法の線引きが都度都度変わる。信頼できる仲間との情報交換が必須だし、ものによっちゃ1人でやっちゃいけないから仲間のサポートが不可欠になる。
 学問的には、社会関係が病理的だと、SNSも悪用され、ドラッグも有害になる。科警研的な「絶対ダメ」とは逆に、どんな社会関係ならば何がどう作用するのか、量的・質的データを元に議論すべきだ。ドラッグ単体でなく、社会関係との対《ツイ》で議論するんだね。

”何が適正か”を論じるために

――直近で言えば、新型コロナウイルスの流行は人と人を分断した、孤独や孤立に拍車をかける現象でした。

宮台 感染が始まった2020年の段階では、新入生も新入社員も「対面がないのが辛い」って話だったのが、感染が落着いた2022年後半になると、新入生も新入社員も「なんで対面でやるんですか」と、訴えが「リモートのストレス」から「対面のストレス」に変わった。

――喫煙が禁煙に傾いた構図と似てますね。

宮台 そうなると思ったけど、ここまで劇的だと日本はいよいよ終わる。助け合えない社会になって、社会関係の中で適切さを論じ合える文脈が消えた。だから今の学生ってつまんなそう。つまんなそうなヤツって、大抵そいつ自身がつまんないヤツで、ものを考えていない。

――考えてない?

宮台 つまらない人生をどう工夫しようかって発想がない。仲間内で好き放題やったらいいのに。合法の枠内での話だけどね。タバコにしろCBDにしろ実際やれば、仲間と情報収集し、漠然とした有害観念を抜けて、何を重視して生きるのかを考える縁《よすが》になる。

――なるほど。考える人が増えていけば、議論もできるようになりますね。

宮台 だから仲間を作るのが大事なの。でも単なる知り合いじゃなく、何かあったときに助けてくれるヤツね。そして、何かをやるたびに仲間と考えるんだ。仲間がいなくて考えないヤツは、集合知から見放されたまま、つまらない人生を生きて、孤独死する。自業自得(笑)

■宮台真司

社会学者。映画批評家。東京都立大学教授。至善館大学院客員教授。兵庫県立芸術文化観光専門職大学客員教授。1959年仙台市生まれ。京都市育ち。東京大学大学院博士課程修了。東京大学助手。東京外国語大学講師を経て1993年から現職。権力論、国家論、宗教論、性愛論、犯罪論、教育論、外交論、文化論などの分野で単著30冊ほど、共著を含めて100冊ほどの著作。『14歳からの社会学』『日本の難点』『〈世界〉はそもそもデタラメである』『絶望から出発しよう』『正義から享楽へ』『崩壊を加速させよ』など。

公式Twitter:@miyadai
公式HP:MIYADAI.com-ミヤダイドットコム-

タバコより孤独のほうが死ぬんだよ~、ざまあ(笑)ーー 宮台真司


ライター:小梅之々(こうめこれこれ)
Twitter(X):@korekore_koume
ケムール編集部員。前は古着屋。潰れたソフトケースのなかにあるしわしわの煙草がすき。担当連載は「鳥居服装学院」「Talk at Fillers」「ネオホームレス-自由と稼ぎの流儀-」
株式会社アクロスソリューションズ所属。
HP:https://www.acrossjapan.co.jp/

あわせて読みたい